第9章 全国統一模試 記述式 1
「どうすんだ、少年。夏休み終わっちまうぞ? ほら。プロット、早く書き始めちゃおうぜ☆」
松本先生は椅子にまたがった格好、親指をぐっと立てる。すると柚木は真っ白なプロット用紙に落とした視線を上げ、んなこたぁ分かってるんだよ、と言いたげなような目で松本先生を睨みつける。松本先生は思わず窓の方に目をそらした。
「でも、もう夏休み入って一か月よ……」
「絵の練習ばっかしてたからね。ほら見て。このスケッチ、すごいうまいよ」
そう言いながら弦は机の上から一枚のスケッチを取る。
「ちょ、やめろよ!」
柚木は弦が手に掛けた紙を手で抑えようとするが、柚木が抑えきる前に弦がピッと取ってしまう。そこに描かれていたのは、飛竜・ギガレウスが空を羽ばたく姿だった。練習の成果が出た、全体のバランスが取れた体躯。羽ばたく翼の動き。そして、こだわりの鱗の書き込み。松本先生とカトケンはそれを見て「ほー」と声を揃える。すると、柚木はまた視線を机の上に落とす。素直に褒められてうれしかったのだろう。
「けど、どうすんのよ。夏休み、あと四週もないよ?」
瑠美がそう言うと、四人は黙り込む。美術室に響くのは、参考書の問題を解くために歩が鉛筆でノートに書きこむ音だけだ。
八月第二週の金曜日、柴高祭実行委員メンバーと松本先生は、総出で「絵本を作る会」に参加し、柚木のプロット作りの相談に乗っていた。
柴高祭の準備は高木の件が落ち着いてからは順調に進んでいた。出店内容もほぼ確定し、出店に向けての役割分担、クラスシンボル、看板、申請手続きも一気に進み始めた。ギスギスしていた実行委員の仲も高木の件が解決してから一変、今ではちょっとした談笑もできるようになっている。疲れた顔を見せていた弦も、今日はいつものさわやかな笑顔に戻っていた。
それに対し、柚木の絵本作りは全く進んでいない。絵の練習期間は終わり、ずっとプロットを書くよう柚木に言っているが一向に進まない。挙句には気分転換と言って絵の練習をする始末。まあ、描く方が楽しいし、その気持ちは分からなくはないが。
そこで、今日は弦たちと松本先生に相談に乗ってもらうよう依頼した。ずっと歩と話しているより、何かアイデアが出るかと思ったからだ。しかし、本人がどういうことをやりたいか決まっていない状態では弦たちもどうすることもできない。そのため、もうアイデア出しはもう諦め、次、どうするかを話し合い始めていた。
「もう絵だけでもいいんじゃねえの。プレゼント。いいじゃん。うまいし」
カトケンが半ば諦めたように言うが、柚木は「嫌だ」とそれだけは断固としてしない意思を見せる。
「前と一緒じゃ嫌だ……」
いじけるようにそういう柚木を見て、カトケンは困ったような顔をして腕を組む。カトケンが困る、というシチュエーションはかなりレアだ。カトケンにも気を遣うときがあるのだ。
弦は柚木のスケッチを机に置き、椅子に座る柚木の正面にしゃがみ込む。
「柚木君、ワークショップの時は、一回シート埋めたんだよね。その時はどんなの描いたの?」
「……」
「ん?」
「……いや、あんまりいい感じじゃなかったから」
弦が目線を合わせ、現実的な案を柚木に提案するが、柚木は曖昧に答えを返す。
「でも、一回そこから膨らましていくのもいいんじゃないかな」
「うん……。まあ……」
そんなやり取りに業を煮やし、瑠美が急に席を立ち上がる。そして机の上にある柚木のクリアファイルをパラパラめくり、一枚のシートを取り出した。
「これ、前のシート」
そう言いながら瑠美は隣の机にバンとシートを出す。柚木は「おい、やめろよ!」と取り返そうと立ち上がるが、瑠美が柚木の頭を片手で抑え机から離す。
「お、どれどれ」
そう言いながら松本先生は立ち上がり、机のシートを覗き込むように見る。それにつられて、弦、カトケン、もシートを囲んだ。
お話の流れ(プロット)
①新米ハンターが新しい村に来る。
②いろいろあって、洞窟に行くことになる。
③いろいろあって、ドラゴンを倒す
④なんか、宝ものを見つける。
おわり。
「……ぅおぉ」
カトケンは思わず変なうなり声を出す。シートに数行だけ書かれた物語のあらすじ、というか、メモ。弦と松本先生も黙り込んでしまった。
「ワークショップ中はもっと書いてたんだよこの子。でも、途中で全部やり直しにしちゃったんだって」
そのまま終わらしちゃえばよかったのに、と瑠美はため息をつく。その間に抑え続けられている柚木はもう半泣きになっていた。松本先生が「豊橋、もうやめたれ」と瑠美の手を払い柚木を席に座らせる。
「ワークショップじゃどんなの書いてたんだよ」
カトケンが柚木の前にヤンキー座りでしゃがみ込みながらそう聞くと、答えづらそうにしながらも、涙を手で拭きながら答える。
「書いてたって言っても、思いついたシーン書いてただけで、話はあんまり考えてない」
「おめぇ……うぅん、そうか。まあでも、ここから膨らませればいいだろ」
カトケンは考えるように腕を組んだが、ものの数秒で手に負えんと諦め、それでもポジティブな方向に行くよう発言する。しかし弦は「今日中は無理だね」と切り替えるように言って立ち上がった。
「図書室とか行ってみる? 他の本、参考にできると思うし」
弦の提案に、他の三人も頷き同意する。
「じゃあ行こっか。歩? それでいい?」
「……」
瑠美が歩にも同意を求める。が、返事が返ってこない。ずっと、机の上の参考書を睨みつけながら、問題を解き続けている。
「歩?」
「……」
「歩!?」
返事のない歩に我慢できず、瑠美は自分の手を歩の顔と参考書の間に入れて振る。
「……ごめんごめん。聞いてる聞いてる」
「聞いてないでしょあんた」
歩の適当な返事に、瑠美は一喝入れる。
「ちゃんと話入ってよ。夏休み中に終わらしたいんでしょ」
「ごめん」
歩は顔を上げ謝罪するが、それでも参考書を斜めに見る。本当に瑠美にも弦にもカトケンにも申し訳ないと思っている(松本先生は協力して当たり前だと思っているが)。ただ、どうしても、勉強に集中したい理由があった。
「歩さん、模試、明後日だもんね」
弦が横から歩をフォローする。しかし瑠美は納得しない。
「それ、弦君もそうでしょ。歩だけじゃない」
「そうだけど、俺と違って歩さんはちゃんと受験に向けてやってるから、重要度が違うんだって。俺とかは塾行ってるから受けさせられるだけだし。それに、歩さん、記述式の模試、初めてなんだよね?」
「うん、まあ」
弦の問いかけに、歩は微妙な反応を返す。
「まあだから、そんなに怒んないであげてって」
「……ふん」
弦は瑠美の怒りを収めようとなだめ続ける。しかし、瑠美は最後まで納得がいかなかった様子だった。
歩は外部の模試を受けたことがない。模試自体は学校が全員に受けさせるものなどで受けたことがあるが、ちゃんと外部の塾に申し込み、本格的に大学受験を見据えた模試は今回が初めてだ。しかも、初めての記述式。マークシート方式のテストとは勝手が違う。
そういうことで、歩は今回の模試にはかなり思い入れがあった。高校に入ってから、今までの勉強が試されるようで。
とはいうものの、瑠美の言い分はごもっともだ。歩が本来やるべきことを、三人や松本先生にお願いしているのだ。話に入らず自分だけ勉強はないだろう。
「ごめん、図書室行こう」
そう言いながら、歩は参考書を閉じ、机の上のものをバッグの中に入れ始める。弦たちも自分の荷物を手に取り始めた。
柚木はそんな歩たちの様子を見渡す。途中、手ぶらでその様子を見ていた松本先生と柚木の目が合った。松本先生は柚木と目を合わせが、なんの意図か分からず首を傾げる。
「いやだ。図書室行きたくない」
突然、柚木が美術室にいる全員へそう言い放つ。図書室へ行く準備していた四人は手を止めた。
「なんか、兄ちゃんたちと一緒に本読むの。集中できないし。それだったら一人で図書館行って読みたい。というか、高校の図書室なんてたかが知れてるでしょ」
柚木は歩の腕を握る。
「え、ちょっと何?」
「だから、今日はもう解散。帰ろ」
柚木はそう言いながら、歩の手を引っ張って教室の外へ連れていく。
「え、待って本当にいいの? 別に今日まだ時間があるし」
「いいの! 早く図書館一人で行きたいし。だから解散」
「え、ちょっと何なのよ」
腕を引かれ、動揺する歩。そんなことお構いなしに手を引く柚木。結局、二人は美術室の外に出て行き、本当に帰ってしまった。
残されたのは実行委員メンバー三人と松本先生のみ。
「……何、あれ?」
瑠美がそうポツリと呟くと、カトケンは「分かんね」と返すようにまた呟く。三人がぽかんとする中、松本先生だけは、何か感慨深いながらも困ったような顔をしていた。
「なんか似てきちゃったな、あいつら。まあ……」
「? なんです先生」
「いや、何でもない」
弦の問いかけに、松本先生は一言で受け流す。
「まあ、あいつも自分でやるって言ってるし、いいんじゃないの」
「でもあいつら、その結果進んでないんですよね」
カトケンの辛辣な突っ込みに、松本先生は「いや、まあ、そうなんだけど」と続ける。
「とにかく今日は解散解散、美術室、閉めとけな」
そう言いながら松本先生は美術室のドアから出ていく。去り際に、「悪いけど、来週も手伝ってあげて、じゃ」と付け加えた。
今日できることは何もない。残された三人も各々帰る準備をし始める。カトケンは何やらスマホで調べ物をしているが、弦と瑠美は荷物をまとめながらも、柚木の件について話していた。
「あの子、ほんとに終わらせる気あるのかな」
「あるとは思うけど、あのままだと厳しいね」
「歩もあれはあれで忙しいし、どうすんだろ」
二人がそんな子を見守るように話していると、カトケンはスマホを見ながら突然叫ぶ。
「これ! これいいんじゃね? 一緒に行こうぜおい」
そう言いながらカトケンは二人にスマホの画面を見せ付ける。すると二人は「ほー」と声を出し、珍しくカトケンのアイデアを褒めたのだった。




