番外編 ラブリードッグ
GREEの小説部屋というコミュで期間限定企画「ごきげんアニマルパジャマ祭」参加作品です。6月いっぱいの企画だったので、こちらに移すことにしました。
本篇の内容とは全く関係ありませんのでご了承ください。
龍之介がそれを発見したのは偶然だった。
食事を済ませ、ぼんやりとテレビを眺めていると、視界の隅に違和感を感じて視線を向けた。クローゼットから淡いピンクの布が顔を覗かせている。おおかた洗濯物を取り込んだときにはみ出てしまったものだろうと見当をつけたものの、どうも気になった。
部屋の主を振り返れば鼻歌まじりに洗い物の最中で声を掛けるには躊躇われ、仕方なしに腰を上げてクローゼットを開いた。
案の定それはワンピースで、ハンガーからずり落ちかけていたのを直してやる。あとはとくに乱れがないかを確認するためにざっと見渡し、少々気になるものを発見した。無造作に置いてある箱である。その蓋の下からわずかに飛び出した純白の柔らかそうな質感のそれを取り出したのは、単純な好奇心からだ。
蓋を開けて触ってみれば見た目通りの質感で、ずるりと引っ張りだすと予想外に長さがあった。
それがなんなのか確認し、思わず持ち主を振り返ると、ちょうど終わったようで冷蔵庫を覗き込んでいる。それを体の影になるよう少し移動させ、龍之介は恋人を呼んだ。
洗い物を終えた花が缶ビールを手にやってきたところでそれを目の前に差し出した。
直後、ゴトンと缶ビールが落ちる音が響く。
落とし主は差し出されたそれがなんなのか瞬時に理解し、驚きに身を震わせた。
「……な、なんでそれ持ってるのよ!」
ふっくらとした頬を紅潮させた花に向かって、龍之介はさらにそれを押し付けるようにしながら上部とおぼしき部分の突起をつまんでみせる。
「偶然見つけた。……これ、趣味?」
ふわふわの質感の突起--おそらく耳と思われる--を弄びつつ花の反応を愉しむように尋ねた。
「違うもん!」
「へえ。じゃあなんでここにあるんだ?」
顔を真っ赤にした花はそう問われて言葉に詰まった。
「そ、それは忘年会の余興で使ったやつで、千紗が……」
もごもごと口の中で何か言っている風だが、龍之介にはさっぱり聞き取れない。
もとより彼は言い訳などに興味はない。それよりも偶然見つけたこれを着た花の方に興味があった。異常なまでに爽やかな笑顔で、
「着てみて」
途端に花は、トマトを通り越してパプリカもかくやと思わせるほどに赤い顔で頭を振る。
「無理!」
「どうして?」
「どうしても!」
とんでもないと首を振る。
その様子を見た龍之介に、わかった、と言われたとき、花は心の底から安堵したが、
「着ないなら、吉井さんにこのことをばらすけど、いい?」
そのひとことで凍りついた。
吉井さん--その名前は魔法の言葉かと思うほど有効だった。見開いた瞳を右往左往させる花の様子に龍之介は嗜虐心をそそられ、そっと耳打ちをする。
「このこと知ったら、あの人のことだから飲み会のときに全員分用意するだろうね」
そうなったが最後、厭というほど写真を撮られ--本人には決して悪気があるわけではなくむしろ好意からだろうが--知り合いという知り合いにばらまかれるに違いなく、即ち彼女の前の職場の知り合いの手元にも届くだろうと予想できた。それは龍之介も被害を被ることになるのだが、混乱している彼女がそこに気づくことはないと思われた。
涙を目に浮かべた花がこちらを睨みつけるのを冷静に見つめて次の言葉を待つ。
「絶対にムリ! 着れない!」
どこまでも頑なな態度に龍之介は眉をひそめる。付き合い出して半年ほどになるがここまで拒否し続けるのを見たことはない。適当なところで折れるのがいつものパターンなのだが今夜はどうも違うらしい。そう思って眉を寄せると、
「だってそれ、男性用だもの!」
半ば悲鳴をあげるように花が言った。
男性用、と龍之介は口の中で繰り返し手元のそれに視線を落とす。なるほど言われてみれば確かに花が着るには丈が長いようであった。てっきり花が着たものだとばかり思っていたが男性用とは。一体誰のものなのかと花を見れば、怒ったような表情にぶつかった。
「……着てよね」
地の底から響く声色で花が言う。
「……は?」
「それ。着ないと吉井さんに言うんでしょ」
だから着てよねと頬を膨らませる。
意味が違うだろうと口を開きかけたが、
「何か反論がある?」
「…………いや。すみません」
迫力に圧倒されたというかなんというか。こうして龍之介わんこ(紀州犬モデル)が誕生した。
その純白の毛並みにうっとりと顔を埋める花を見て、たまには悪くないかと龍之介が思ったのは秘密である。




