10.火神様との謁見
「んー、やっと終わったな」
キャバクラの営業終了と共に俺たちの潜入作戦も終了した。
あの後、大臣に言い寄られて震えていたセリーネを安全な控え室に連れて行き、体調不良という理由でこの場から遠ざけた彼女をちゃんと裏で休ませていると伝えた後、結局閉店まで大臣たちの酒盛りに付き合った。あれ以上の情報は手に入らなかったものの、収穫としては文句なしと言える。
まあ、アランがクロウのせいで変態を大量に生み出していたのは予想外すぎたな。当の本人はすげぇげっそりした顔して「…………僕もうお嫁に行けない……」とかぼやいてるけど、お触りされただけだろ、俺なんかもう慣れっこだぞ。
【くくくっ、傑作だったなぁ?アラン】
「ほとんどクロウのせいなんだけど!?」
【早速レイシアへの土産話ができたなー、俺様が話しておいてやるよ】
「やめろ、絶対にするな、頼むから……っ」
めっちゃ虐められてんじゃん。アラン、強く生きろ。
それから、セリーネは店を出てから驚く程に大人しい。やっぱり俺が目を離してた時に大臣に酷いことでもされたのか?と心配になって声をかけてみる。
「セリーネ、お前大丈夫か?」
「……! だ、大丈夫だから! 近いのよあんた!」
「いてっ。お前、人が心配してんのに何だよその言い草!」
「うるさいわね! 宿に戻るんでしょ! さっさとしなさいよね!」
そう怒りながら足早に宿の方向に向かっていくセリーネを見て、彼女の不機嫌に疑問を抱きながらアランと共に後を追った。
宿に戻ってきた俺たちは、情報を整理する。
1つ目、2年前からへファイストスであるアウシュヴァイン様の性格が急変したこと。
2つ目、そのせいで犯罪が取り締まられるどころか、犯罪の推奨が行われており治安が悪くなっていく一方であること。
3つ目、家臣の扱いが酷く、王の意見に反論する者は死罪になっていること。
最後に、アウシュヴァイン様が肌身離さずに黒い剣を持っていること。
情報を見て、アランが真っ先に口を開いた。
「黒い剣のこと、軍曹も言ってた。柄も鞘も漆黒でただならぬ雰囲気を感じられるとかなんとか……」
「へぇ、あのド変態も言ってたのか」
「シアノ、やめて言わないで思い出すから」
「はいはい。……その話を含めるとだ。鍵を握ってんのは『黒い剣』だ」
アウシュヴァイン様が何らかの形で黒い剣を手に入れ、剣の効果もしくは魔術作用で彼の性格に変化が生じたと考えるのが一番妥当な推察だ。それはアランもセリーネも同意見だったらしく、俺の推察に頷く。
「実際に剣を見て何が施されてるのか調べてみないとだね」
「ええ。それに、もしその黒い剣のせいで国が今の状態ならへファイストス様から何としても奪わないといけないわよね?」
【そうだな、姫さんの言う通りだ。それに……俺様に一つ心当たりがある】
クロウがいつになく真剣な顔をしてそう告げる。俺がその心当たりについて聞こうとしたら、確信が持てたら話すと言われてしまった。仕方なく、俺たちは明日のアウシュヴァイン様との謁見に向けての計画を立ててから眠りについた。
翌日。
「おはようございます、シノアさ……ま………」
準備ができた俺たちは宿をチェックアウトしようと受付に向かうと、受付の人が俺たちを見ると、息を飲んだ。
「おはようございます、チェックアウトをお願いしたいのですが……」
「え……し、シアノ殿下!? サンカのシアノ殿下ではありませんか!? それに、ルナタレアのセリーネ皇女まで!? え!?」
受付の人の慌てっぷりがすげぇおもしれぇ。吹き出しそう。
受付の人が驚くのも無理はない。何せ今日の俺たちは、昨日とは違って正装に着替えて、さも王族という格好をしているのだから。昨日はフード被って、一般の人が着ている服と同じような服を着てここに来たもんな。それを見て王子だと思う奴がいたら逆にすげぇよ。
あたふたしている受付の人にセリーネが声をかける。
「申し訳ないけれど急いでいるの。アウシュヴァイン陛下にご挨拶の予定があって……。馬車を用意してもらえるかしら?」
「え、あ……馬車、でございますか? その用意は難しいかと……」
セリーネの言葉を聞いて、少し怯えた表情で小刻みに手を震わせながらそう告げた。他国からの王族への接待は相手国との争いの発端になる可能性があるので、できる限りの接待は行うというのがどの国も共通認識であるはずだ。なのに、「馬を用意する」という簡単な要求を断ろうとしている。
何故かと聞いてみると、ルアージュの法律が改正され、「貴族や他国の王族であれ、火神の許可なく彼らの要求を呑むことを禁止する」ことが加えられたらしい。それを破ると死罪に値するということも聞いた上で、俺はやっぱりこの国には重大なことが起こっていると実感する。国のトップによって国のあり方は変わるのだから当然だ。
他国の民を死罪にさせてしまうのは本意じゃないと思った俺が受付の人に断ろうとすると、俺より先にアラン……ではなくクロウが口を開いた。
【王との謁見を控えてる王子と姫様だ、用意しろ】
「し、しかし…………」
【あ? 誰がてめぇらに責任を押し付けるっつったよ? なぁ、殿下】
俺の方を見て不敵に笑うクロウに俺は勝手なことしやがってと思いつつも、受付の人には笑顔を向けて返事をした。
「ああ、もちろん。こちらの宿にはよくしていただいたからな。責任は俺たちが持つ。問い詰められたら俺の名前を出してくれて構わない」
それを聞いて安心したのか、受付の人はすぐさま馬車の用意をしてくれた。俺とセリーネは馬車の中に乗り込み、アランは御者台に乗って王宮に向かった。
王宮前にたどり着くと、警護隊によって検問が行われ、陛下への確認が取れるまで待たされた。5分後、俺たちはようやく王宮内に入ることができた。警護隊によって謁見の間まで案内されると、陛下が来るまで待つように指示を受け、また、アランは謁見の間に入ることを許されず、別室で待機という形になった。
まずいな、クロウが心当たりあるって言ってたのに、あいつが黒い剣を見られないのは痛手だ。かと言ってここで神力を使えば、性格が変わってしまったアウシュヴァイン陛下に気づかれた時に何をされるか分からない。そういえば、アランと別れる前に、四つ折りにされた紙切れを渡されたな。何かは教えてくれなかったが、クロウが持ってろって言ってたからってアランが言ってたし、何かに使えるんだろうけど……。
そうこう考えているうちに、アウシュヴァイン陛下が入室し、席についた。手に入れた情報通り、左手に黒い剣を持っている。アウシュヴァイン様は俺たちを見下ろしながら口を開いた。
「サンカ王国のシアノ殿と、ルナタレア皇国のセリーネ殿。ようこそ、ルアージュへ。用件についてはジャルシェから聞いている。我が国への挨拶が最初だということだが……」
「はい、以前からサンカとの交流が深く、そして何より我が父とご友人であらせられるアウシュヴァイン陛下に一番に挨拶すべきだと思い、急ではありますが、こうして参った次第でございます」
「……そうか、婚約おめでとう」
あれ? 今一瞬微笑んだ? いや、気のせいか。
そう感じるほどに、無表情で何を考えているのか分からない顔でアウシュヴァイン様は言葉を続けた。
「祝いの宴は明日の夜に行おうと思っている。それまでの間、我が王宮でゆるりと過ごすといい」
「感謝致しますわ」
「ありがとうございます」
アウシュヴァイン様は使用人たちに俺たち用の客室の用意と明日の宴の準備をするように指示を出した後、自室に戻ると言って謁見の間を出ていった。俺たちは謁見の間を出た後、別室で待機していたアランと合流し、アウシュヴァイン様の使用人によって客室まで案内された。使用人が出ていった後、俺とセリーネは、アランにアウシュヴァイン様の様子を報告した。
「黒い剣は持っていたけれど、会話していて変だと思うところはなかったわよ」
「ああ。情報で聞いていたような残虐的な面も感じられなかった」
「そう、なんですね……。あ、シアノ。謁見の間に入る前に渡した紙ちょうだい」
アランに言われて、そういえばそうだったと思い出した俺は懐にしまっていた紙切れを出してアランに渡した。
「ほらよ。でもそれ白紙だぞ?」
「さっきはね」
そう言いながらアランが折られた紙切れを広げると、クロウが急に出てきてぎりぎり俺たちが聞き取れるくらいの声でぼそっと呟いた。
【ちっ、やっぱりかよ】
「やっぱりって?」
俺が聞き返すと、クロウは俺とセリーネに、いつの間にか白紙から剣の絵が描かれた紙切れを見せながら、真剣な声色で告げた。
【間違いねぇ、へファイストスが持ってるのは『ダモクレスの剣』だ】




