9.女顔のくせに
「ちょ、ちょっと……」
シアノの隣で大人しく大臣の話を聞いていた私は今困っていた。
さっきまで酒を注いて普通に話すだけで満足してたのにどうしてなの? 何でこんなに近寄ってくるの!? シアノからどれがどの人だということを聞いているから、この人が財務大臣だということは分かるのだけれど、急にいやらしい目付きで私を見始めている。
「さて、もう真面目な話はお終いにして、我を楽しませてくれんかのぅ、セレンたん♡」
何を言ってるのよこのおっさん!! セレンたん!? 何よそれ、気色悪い呼び方をしないでちょうだい!気持ち悪い!!
なんて口が裂けても言えないことだけは理解した私はぐっとその言葉を飲み込んで、愛想笑いを向けた。
「お、お酒をお注ぎしましょうか?」
「お酒より、ぬしといちゃいちゃしたいのぅ」
そう言った財務大臣が私の手を掴んだ。知らない男の人から触れられて不快感と鳥肌が止まらない。
この人は客よ客。私は今姫じゃないのよ、落ち着きなさい、セリーネ。そう言い聞かせた私は、動揺しながらも不快な思いをさせないように笑顔を繕いながら少し力を入れてなんとか逃れようとする。しかし、それも無駄で、私の力では全然振り解けないことに気づく。
「セレンたん、ほれ、照れるでない。我を楽しませてみよ」
そう言って逃がすまいと寄ってくる大臣。私が手を振り解こうとしてもビクとも動かず、初めて男性の力を実感した私は、どうすればいいのか分からなくなって混乱し、恐怖すら抱いて声も出せなくて目を瞑った。
嫌だ。気持ち悪い。離してよ。触らないでよ。怖い。やめて。お願い、誰か……。
助けて……っ。
そう心の中で叫ぶと同時に私は本当に小さく声を発した。
「…や……っ」
その瞬間、ぐいっと腰を抱かれて大臣の手が離れた感覚がして、そっと目を開けると耳元で心配する声が聞こえてくる。
「やだセレン、酔ってるじゃない。あれだけお酒飲んじゃダメって言ったのに……」
「へ…………」
顔を上げると、ルシアンヌことシアノの顔がすぐ目の前にあった。彼の言葉に大臣は心配そうな声を上げる。
「なんじゃと? セレンたん、大丈夫かのぅ?」
「え、あ……」
「ちょっと休んだ方がいいわ。私、セレンを裏の休憩室に連れて行ってすぐ戻りますわ。大臣様、少々お待たせしてしまっても構いませんか?」
「ああ、構わぬぞ、無理はいかんからのぅ」
その言葉にシアノはお礼を言い、私の手を掴んで席を立って、私は呆然としたまま早足の彼に身を任せて先程待機していた部屋に辿り着いた。シアノは誰もいないことを確認してから、普段の声でため息をついた。
「はぁ、ったくあのジジイ、油断も隙もねぇ。セリーネ、大丈………夫そうじゃねぇな、何された」
「え…………?」
「……泣いてる」
頭をぽんぽんしてくるシアノの言葉に私は驚いて自分の目に手をやると、涙が出ていることに初めて気づいた。あの場で泣くまいと気を張っていたのに、シアノのせいで一気に緩んで本心が涙と一緒に口からこぼれて、無意識に彼に抱きつく。
「…………こ、怖かった……っ……」
「……!…………もう大丈夫だから。だから泣くな」
一瞬強ばったものの、私を安心させてくれようと優しく抱き締めて背中をぽんぽんとしてくれる彼。あの大臣に触れられた時は気持ち悪かったのに、どうしてかシアノにこうして触れられても気持ち悪いと感じないし、むしろ安心している自分がいる。
私が少しずつ落ち着いてきたのに気付いたシアノは心配そうな声をかけてくる。
「落ち着いたか?」
「…………うん、ありが、と…………」
顔を上げると思いのほか、彼の顔が近くにあって驚いて彼を突き飛ばしてしまう。
「痛っ……おい、急になんだよ?」
「う、うるさいわね! 近いのよバカ!」
「はぁ? お前が抱きついてきたんだろ?」
「し、知らないわよ! どさくさに紛れて抱きしめてきたのはあんたでしょこの変態! むっつりスケベ!」
「さっきから聞いてりゃ……人が心配してやったのに変態呼ばわりかよ!? 巫山戯んな、このわがまま女!」
しばらく言い合いした後に、シアノは「終わるまでここで待っとけ!」と吐き捨てて部屋を出ていった。
相変わらず腹立つ奴。言われなくても大人しくしてるわよ! あんな奴に抱きしめられて照れた私も私よ! 女みたいな男なのよ!? しっかりしなさい!
小さい頃に会っているとはいえ、あの頃と今は違う。あの頃の感情はもう10年も前に思い出にしてしまった。だからこそ、自分の中で感じたことに腹が立つ。
少し頭を冷やそうと部屋にあったジュースを飲みながら、シアノにちゃんとお礼を言えなかったことを思い出した。とても不本意だけれど、助かったのは事実、後でちゃんとお礼はしようと思う。
だけど、女顔のくせに一瞬でもかっこいいとか思った、なんて絶対に認めてやらないんだから!!




