九月二日 その2
亜悠の足取りに合わすように慎重に正面玄関を出た。秋空は高く広がっている。僕は深い深呼吸をして風を吸い込んだ。これから亜悠と下校できるなんて。今までの見慣れたはずの校庭が違う景色のように感じられる。世界が変わって見える。あの不思議な空の絵を描いていたのと同じような感覚だ。やっぱり亜悠といるといちいち小さなことが少し特別に感じる。
「二週間後の体育祭だけどなんの種目に出るの?」
亜悠は僕に聞いてきた。
「うん。八百メートル走だよ」
「中距離なんだ」
「短距離や長距離は僕には似合わないよ。ゆっくり走ればいいだけだから気楽なもんだよ。亜悠は?」
「私は百メートル走とクラス対抗千六百メートルリレー」
「げー、そんなにでるのか。大変だなあ」
「今から気合入りまくり! 絶対うちらのクラスが優勝してみせるんだから!」
やや荒げて気合を入れる亜悠。やっぱり彼女は体育会系の人間なんだなあ。僕は少し苦笑いをする。
「あ! もしかして少し引いてる?」
「ま、まあね」
「……恥ずかしいこといっちゃった」
「そんなことないよ。勝負にはいつも真剣なところが亜悠らしいよ」
ボーイッシュな部分の亜悠も好きだ。つまり僕は彼女の色んな部分が好きだ。普段のかわいい姿だけじゃなく。
「なんか部活動が終わっちゃってから少し気が抜けちゃったな。でも受験だから仕方ないよね。だからその分、体育祭が楽しみ」
「亜悠はどこの高校受けようと思っているの? 僕は北山なんだけど」
「先生はスポーツ推薦で私立の徳樹高校にいけるって後押ししてくれるんだけど、実はまだ迷ってるんだ。バスケの他にやりたいことがあるし」
「へえ……」
亜悠とは一緒の高校だったらいいのに。寂しいな。
「もし普通に考えるならそうなるかなあ」
亜悠がぽつりと言う。僕は公立で彼女は私立。進む道は違うなら、余計今この瞬間を大事にしたい。
そして僕は亜悠と光村の関係についていつまでも振り払えずにいた。遠回しに聞いてみることにした。
「光村ってかっこいいし、モテるよね」
「うん」
「亜悠も仲良いみたいだし」
「……うん」
少し亜悠の返事の響きが重い。やっぱり詮索いれるようなことを言うのはよくないか。
「僕よりも全然かっこいいし、男らしいし。女子じゃない男子の僕でもはっきり言ってすごく魅力的だと思う」
「そうだね」
うっ……。あっさり彼女にそう言われると少しつらい。女子の憧れの的、光村。そして男子に惚れられる存在の亜悠。
「浩也は確かにかっこいいよ。私小学生の頃、同じクラスだった彼にラブレター渡したことあるの」
「え」
確か光村は亜悠と幼馴染だと言っていた。やっぱり亜悠も光村の事が好きなんだ。複雑な気持ちが湧きだす。
「でも、それは浩也がスポーツ万能だからとか、かっこいいとかじゃないの。浩也の優しさに私は惚れたの。ラブレターを受け取るときに、俺も好きだよ、て返事をその場で返してくれてとても嬉しかった」
「そ、そっか。よかったね」
ショックで簡単な言葉しか返せない。やっぱり僕なんかが光村と亜悠の間に割り込むことなんてできっこない。
「でもあの返事は本当だったのか、嘘なのかよくわからなくなった。中学生になった浩也は小学生の頃と違って、もっと男らしくなったけど私にとって優しかった頃の彼とは違うんだ。普段は仲良くしているけれど……。どこかすれ違いを感じるようになったんだ」
「え?」
「浩也は好きだよ。だけど、それは幼馴染として。今の浩也はどこかが違う」
「そうだったんだ……」
亜悠と光村の本当の関係をそこで知った。光村は僕にどっちが亜悠を振り向かせられるか勝負だと言っていたけど。もちろん僕は亜悠にとって大事な存在になりたい。だけど、光村は亜悠の事を本当はどう思っているのだろう。
「浩也は最近東京によく行ってて。東京の高校に行きたいといってたし、その関係かもしれない」
「うん」
二人で校門を通り、通学路である一本道に出た。
「そういえば油絵がうまくなってきたんだ」
「おー! すごい成長だ! 君は着実にレベルアップしてるみたいだね。はやく新しい絵が見たいなあ」
彼女が新しい絵を見たいと言ってくれて僕は力が湧き出るような感覚を覚えた。こんな彼女のセリフだけで勇気づけられるなんて、僕は彼女の存在に感謝せずにはいられない。
「それで、さっきふと自分の夢が見つかったんだ」
「当ててもいい?」
「いいよ。当ててごらん」
彼女は笑顔でこう答えた。
「画家でしょ!」
「え! なんでわかったの」
「私は創太くんがそうなることはとっくの前からわかってたもん」
「本当に?」
「本当だよ!」
彼女は嬉しそうに前を向いて歩く。その視線の先に僕も視界を向けた。こうして一緒に歩いていることの喜び。一番彼女にその気持ちを伝えたくてしょうがない。
「そういえば亜悠にも幼いころからの夢があるって前言ってたね」
「うん! そうなんだ。私、ダンスがしたくて」
「え! ダンス!?」
「うん」
亜悠がダンスかあ。バスケの試合であれだけピボットやジャンプやステップを踏んだ彼女の動きを思いだすと活き活きとダンスをするイメージができる。似合ってるかもしれない!
「いいかもしれないね! ダンスのセンスありそうだよ!」
「そうかな」
「うん。でもバスケは続けないの?」
「バスケを続けるなら推薦入試で高校受けるつもりだけど、そうなるなら三年間ずっとバスケ部で活動しなくちゃいけなくなるから、ダンスができなくなる。だからストリートダンス部がある隣の県の高校に通いたいんだ」
「ストリートダンス?」
「そう。ストリートダンスでLAスタイルのヒップホップていうジャンルなんだけどね。まだまだストリートダンスの認知度は低いから周りには教室はないし部活にも当然ないけど、隣の県のその高校はストリートダンス部が有名なの。入試はそこの高校にしたいって両親に無理いってお願いしてる」
「そっか……。でもそこに通えたらいいね!」
「うん」
いや、亜悠がバスケで私立に行こうと他県の高校に行こうと結局僕には北山高校しかない。一緒の高校に行ければなんて淡い期待をしていたけれど。浅はかな考えに救いを求めてもしょうがない。僕は亜悠を応援したい。
「でも、なんでダンスなの?」
「小学生の頃、高校生のストリートダンスのショウを見たことがあって一人だけすごく私の目に映っていた女性ダンサーがいたの」
「うん」
「その人のダンスだけとても光っているようにみえて、あんなダンス踊れたらとひそかに憧れてたの。その時からいつか絶対ダンスをやろうって胸に決めていたの」
「そうだったんだ」
「でも中学は勉強と部活を頑張って自分を鍛えるって決めてたから!」
その話を聞いて、亜悠は目標をちゃんと考えて行動してたんだなと思った。ただ好きで絵を勉強してるだけの僕とは違う。辿る過程を自分で考えて先を見ている。その将来設計は計画的でしっかりしている。なんだろう、おかしな話だけど僕は亜悠にはかなわない。
「すごいね。そんなにしっかりしてて。亜悠は僕なんかより先に進んでる気がしてならないよ」
「……創太くん。もっと自分の可能性信じてよ。私は君の絵を見て夢を追いかける決心がついたんだよ」
「え」
「私の夢に一番勇気を与えてくれたのは創太くんなんだよ。不安で仕方なかった私の背中を押してくれたのも。創太くんの絵は素晴らしいそんな力があるんだ」
「亜悠……」
「そう感じたのも初めてなんだ。創太くんは創太くんの特別な力を信じて! 私も自分を信じる。画家とダンサーになれますようにおまじないしようよ」
そういって亜悠は僕の右手の小指に彼女の左手の小指をかけた。そうしてお互いその腕を掲げてこう言った。
「私と創太くんの願いが叶いますように! 神様きっとだよ!」
そうして小指を離す彼女。心が暖かくなるのを感じた。好きな人とするおまじないはとても不思議だった。おまじないを信じない僕だけど、君には本当にご加護がありますように。
「お互い頑張ろうね!」
「うん! やってみるよ! ありがとう亜悠!」
「男なんだからそうこなくっちゃね! じゃあね!」
そう言って僕らは別れた。
この帰り道の岐路のようにお互いの進む道は違っても、将来の不安が絶えなくても、亜悠と交わした言葉達は僕の真実だ。その想いを油絵とノートに刻んでいき日々は過ぎた。




