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ラグナロク  作者: 藍上央理
第4章 ミトゥー
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(5)

 アスランは西の地平線に浮かぶ太陽を眺めていた。彼はトナ山の麓にある村で馬を買い、それに乗ってムトゥーを目指していた。

 白い、幅の広い道が、北東へ延々と続いている。自然に出来た道であった。何千、何百年も昔から、商人たちが草地を踏みしめているうちに、いつしか草も生えなくなり、砂漠の砂も混じって白い道となったのだ。

 アスランは、すでにミトゥーの南門が見える所まで来ていた。

 門の前には門兵が立っていた。

 交差している鷹の羽の紋章をレリーフしている胸当てをしているので、このふたりがホスマークの兵だとよく分かる。声が届く場所へ、アスランが差し掛かった時、背の高いほうの門兵が陽気な声で呼び止めた。

「よぉ」

「こんにちは」

 アスランは馬から降りた。

「いつものことではないんだが、どこのだれか名乗ってくれないか」

「どうしたんだ? ミトゥーはやけに用心深いね」

「さっきまでラスグーの兵が来てたんだ。万一のことがあったらいけないと命令されたんだ」

 もう一人の門兵が声を潜めた。

「オレはトグノ山のアスランだ」

「アスラン!?」

「お、おまえ、運が良かったな……。ミトゥー中のアスランという若者が、昼過ぎ頃、ラスグーへ無理やり連れて行かれたんだぜ?」

「なんだって!?」

 アスランは顔色を変えた。門兵を押しのけ、急いで町中に入った。

「クソッ! 黒の王だ。あの女だ。どういうつもりなんだ? オレとは関係ない人を巻き込むなんて。なんて下劣なやり方なんだ!」

 網目のように広がっている通りを、何度も曲がって、やっとのこと、コマス通りの突き当りに辿り着いた。裏町のようで、人通りも露店も殆ど無い。殆どの店が門を閉めきっていた。

 馬がやっと通れるくらいに狭い。

 駒素通りに限ってはなんとも辺鄙な場所だった。大通りの一部とは思えない。それでも、建築と芸術に優れた町だ。よくあるじゃり道ではなく、小道でも色とりどりのレンガが敷かれている。

 しかし、アスランはそんなことには目もくれず、タンタロス横丁を探し続けた。

 道の先には井戸がある広場があり、髪を布でたくし上げた太った女が、洗濯板とオケに入った服を持って出てきた。井戸のそばにしゃがみこむと水を桶に注ぎ込み、洗濯を始めた。

 アスランは女に近寄ると、愛想よく話しかけた。

「すみません、ここはコマス通りですか?」

「そうだよ」

 女が怪訝そうに顔を上げた。

「あの、タンタロス横丁ってのはどこにあるんでしょうか?」

「あんな床に何の要があるんだい」

「しってるんですか」

「あそこに立ってる女に聞きな」

 といって、広場の向かい側に立っているしどけない女を差した。

「ありがとう」

 アスランは女に向かっていった。

「すみません」

「ん?」

 ぼんやりと他所を見ていた女がアスランに顔を向けた。

 やたらと化粧が濃い。

 香水の匂いを芬芬とさせている。

「こんばんは、タンタロス横丁って知ってますか?」

「あんた、若いのに、タンタロス横丁に何の用があるのさ」

「アスランという男を探しているんです」

「……アスラン? あのこの事? あんた、あんな厄介な子のどこがいいのさ」

「どういう意味ですか?」

「何もわかっちゃいないようだね……。タンタロス横丁ってのは、春を売るとおりだよ。あの湖に用があるってことは、あんたはあれなのかい?」

「は、春を売る!? オレは道を案内してもらいたいだけだよ」

「まぁ、いいわ……。この前にある一番地味な戸口がそうだよ」

 アスランは馬を連れて、道の奥に入っていった。

 奥へ行くほど、二階窓から女達が顔を出し、いちいち呼び止められた。

 香水と安い化粧の臭いが辺りに充満している。

 ようやく地味な戸口に行き当たった。

 アスランが戸口を押すと簡単に開いた。

「アスランはいるか? サントルさんからの紹介なんだが」

「そんなやついないよ」

 部屋の中は薄暗く、無抜けのからだった。それなのに声だけが聞こえてきた。

「アスラン?」

 アスランは声をかけながら、声がした方向へ歩いて行った。

「アスランなんていないよ! あんたこそだれさ」

 今度は声が背後から聞こえた。アスランは振り向いたが、やはり誰もいない。

「魔法か。オレはお前に危害を加えようと思ってきたんじゃない。用があるだけだ」

「ホント?」

「ああ」

「僕はね、ここにいるよ」

 声は真上から聞こえた。アスランは上を見た。

 ニコニコ笑いながら、少年の首だけが浮いている。

 それを見たアスランは、シルヴィアをベルトから抜き、後ろを振り向くと戸口にあった椅子を叩きのめした。

「ぎゃあ!」

 いすが……いや、椅子であった少年が叫んだ。

「いったぁい! いったあ!!」

 少年がむこうずねを押さえて、あらん限りの声で泣いた。

「おまえが悪戯をするからだ」

 アスランはベルトにシルヴィアを収めながら、鼻で笑った。

「うう、なんだ、わかってたんだ。そんならぶつんじゃなくて、撫でればいいのに!」

 少年はアスランより年下に見えた。可愛らしい丸っこい顔に細い首。ちょっと見は少女のようだ。栗色の巻き毛をいじりながら、少年は涙を拭った。

「今日はもう散々。あんたにはぶったたかれるし、知らないおっさんには殴られるし」

 確かに少年の右頬が赤く腫れている。少年はどっかと床に座り込んだ。

「そりゃ災難だったな。それより、ここにアスランという知り合いはいないのか?」

「知り合い? ここには僕とおやっさんしかいないよ」

「じゃあ、アスランて言うのは、そのおやっさん?」

「それも違う。多分、名前が似てるから間違えたんだ」

「どういう意味だ?」

「僕の名前はアシュトルーンっていうんだ、あんたは?」

「オレはアスラン」

「あんたがアスランっていうんじゃないか。とにかく、この家にはアスランはいないよ」

「うむ……、じゃあ、おまえに兄貴か何かいるのか?」

 アシュトルーンがキョンとしていった。

「だから、ここには僕とおやっさんしかいないって」

「じゃあ、俺の聞き間違いか? サントルさんはこんな子どもにルチアまで案内させる気だったのか?」

 すると、アシュトルーンがいきりたった。

「子ども!? 僕はあと2日で成人するんだぞ!」

「おっと、それは悪かった。そんななりでオレと同い年なのか」

「あんたも? それにそんななりなんて言うけど、僕は正規の初級魔道師なんだぞ!」

 アシュトルーンが顔を真赤にして叫んだ。

「甘いな……すぐにバレるようなまやかしを使うな。じゃあ、ここにアスランはいないんだな」

「うん。でも、僕のことをアスランって呼ぶのはお師匠さんだけだ」

「なんだ、やっぱりアスランなんじゃねぇか。それにしてもお師匠というのはサントルさんのことなのか?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、話は早い。さっさと旅支度をしてついてきてくれ」

「はぁ!? ちょっと、どこに行くのさ」

「ルチアだ」

 アシュトルーンが慌てて外套を着込み、小さな革袋をポケットに押し込んだ。

「ちょっと待ってよ、自分だけ馬なんてズルいよ!」

「急いでるんだ。馬くらい買ってやるさ」

「ま、待ってよ!」

 アシュトルーンは慌てて彼を追いかけていった。

 日はすでに沈んでいた。

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