(2)
渡し場の近くには村があるらしく、洗濯をしている女達が話し込んでいる。アスランは、ミトゥーに行くのにいい道はないか、彼女らに話しかけた。彼女らは彼が話しかけた途端答える代わりに嬉しそうに悲鳴を上げて、クスクスと笑った。そのなかの一人がやっと教えてくれた。
「村のサントルじいさんに聞いたらええだよ。あの人ならミトゥーにはよく行くし、いい人だで」
「ありがとう」
「あそこのでっかいブナ樹の下にある家だよ」
一人の少女が自分の後ろにある家を差した。途端に先を越された女達の口から不満の声が漏れ、黄色い悲鳴の渦になった。
「あんた、男なのかい?」
「綺麗だねぇ!」
「ミトゥーに何しに行くだ」
「うちに寄って昼飯どうだい」
アスランは彼女らに閉口して、急いでサントルの家へ走った。
太陽は南中より少し西に傾きかけ、昼間の暑い日差しがさんさんと地上に降り注いでいる。ブナはそれを受け、その下にある家に大きな影を作っている。家の横には小さな畑があり、鶏とアヒルが騒ぎ回って、地面をつついている。
「サントルさんはいるかい!」
アスランはできるだけ大きな声で呼んだ。返事がないので、開け放たれた戸口から中を覗きこんだ。
小さな背中の男が椅子に座って、かすかに揺れたりブツブツつぶやいている。
最初、アスランはその言葉がわからなかったが次第に合点がいった。
「サントルさん。あんた、魔法をやるのかい? それは『アイロルーンの書』――初級魔道書――だろ?」
「だれだね、わしのじゃまをするのは。昼から午後いっぱいはわしに話しかけるな、と……!?」
サントルはくるりと振り向き、彼を見て絶句した。
「ラグナロク……さま……!? いや、あの方は……」
「サントルさん、あんた、ラグナロクって人を知ってるのか?」
「知っとるも何も……わしが19年前に魔道師の市販をしとった時の、黒の王の后じゃ。
しかし、あんたは神と瞳の色以外、本当にあの方にそっくりじゃ」
「この人か?」
アスランは新しい情報に有頂天になり、肖像画を出して彼に見せた。
「たしかに……ラグナロク様じゃ。これは、もしや、ティリアズからお輿入れなさる時に描かれたものじゃなかろうか」
「この人はもしかするとオレの母さんかもしれないんだ。オレが育ったシュバツァ寺院に隠してあったんだ」
「……何を言っておる。ラグナロク様のお子様は、ただお一人。それに、ラグナロク様は16年前に酷い死に方をされたのじゃ」
「こんなに似ていて、違うだって?」
「いや……ありえるかもしれん。あの時、マルロス大賢人が一人の嬰児を連れて逃げたのじゃからな」
しばらくの沈黙が続き、やがてアスランが口を開いた。
「マルロス大賢人……?」
「うむ……わしの師であり、この四国一、いや最果ての地の誰よりも優れた魔道師……。しかし、もうすでに八十は過ぎておろう。坊主、おまえがここに来たのは肖像画のことだけか?」
「あ、オレ、ルチアに行くのにミトゥーに寄ってから行きたいんだ。良い道を教わりたくて……」
「何のために?」
「肉親を探しに。今やっとこの肖像画の人がだれなのか知ったんだ。町に行けばもっと分かるかもしれない。そのためにミトゥーに行くんだ」
「おまえは魔法はできるのか?」
「できる」
「ならば、忠告しておこう。この四国中、ミトゥーほどいい加減な都市はないからの。魔法は一切使わんことじゃ。むかし、ある男が魔法を使って名を馳せて、ラスグーの黒の王に招聘されたことがあった。変わった男じゃった。
ほれ、『ラ・ホマーラル書』――上級魔魔道書――に書いておる、”闇魔道”の資質を充分にもっとたのじゃ」
「大丈夫だよ、オレは魔道の基礎中の基礎しか知らないから」
「それでは、道を教えようか……。ミトゥーに行くにはこのまま北に向かうほうが良い。問題はミトゥーからルチアじゃ。丁度ミトゥーのタンタロス通りに、古馴染みの息子でアスランというのが一人おったわな」
「オレと同じ名前だ」
「ほぉ、まぁ、この国じゃありふれた名前じゃ」
アスランはふと、太陽の差す方角を見た。
「何を急いでおる?」
「なんだか、早くいかなくちゃいけないって思うんだ……。2日でルチアまで着いてしまいたい」
「2日!? ミトゥーまでならともかく、ルチアは無理じゃろう。砂漠越えじゃからな」
「2日しかない気がするんだ」
「そうか、坊主、いい旅を」
「サントルさん、ありがとう」
アスランは走りながら例を言った。彼はそのまま村を北へ突っ切った。
トーマはのんびりと船に揺られて、ライマ河を下っていった。丁度ナイラを10テス(約10キロ)ほど通りすぎた。ヌー湖に入る河口から歩くことにしていた。そこ体と馬が買え、歩くよりも早くミトゥーに着くのだ。トーマは何としてでもアスランに追い付くつもりだった。彼は使命感に燃えていた。理由はわからない。心の奥底で、アスランについていくように、という運命を感じたのだ。




