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078話 貫いたもの*

 このまま守っているだけでは勝てない。

 そのことは、アベル自身が誰よりも理解していた。


 フェリの双剣を受け流す。

 ルナの魔法を躱す。

 ミリアの錬成した鋼槍を短聖剣で弾き、

 クラリスの魔道具による援護射撃の隙間を縫って駆け抜ける。

 レオニスの周りには常にヒロイン達がいて、攻撃が難しい。


 であれば、狙いはただ一人……メイ。


(あいつを倒す。それしか終わらせる方法はない。)


 アベルはメイの方に向きを変え、一気に間合いへ飛び込む。

 メイは一瞬だけ目を見開き――すぐに妖しく笑った。


「ふふっ。そう来ると思ってた。」


 彼女は軽やかに後退する。すると、すっとレオニスがメイとアベルの間に割り込むように移動してきた。メイはレオニスの背後へ回り込み、その身体を盾にするように身を隠す。


 アベルは止まらない。


(幻だ。)


(全部、幻なんだ。)


 頭の中で何度も繰り返す。


(迷うな。レオニスが幻の核なら!)


「うおおおおおっ!」


 短聖剣を腰だめに構え、一気に突き出す。斬るのではない。一直線に貫く、最速の刺突。


 「――っ!」


 ヒロイン達の攻撃を掻い潜り、レオニスの胸を、心臓を狙った剣先は確かにそれを貫いた。


「グフっ」


 レオニスの口から血が吐かれ、さらにアベルが突いた剣を抜くと大量の血液が吹き出して返り血で真っ赤になる。これでヒロイン達の幻も消えるはず……そう思っていたのだが、胸に穴があいた状態で立ったままのレオニスにそっと寄り添うヒロインがいた。


 エリス。当代の聖女。


(《ライフ・トランスファー》)


 生命移譲、それは自らの命と引き換えにどのようなダメージでも、致命傷すら回復する聖女の秘技。彼女は何の躊躇もなく、聖女としての力を使って彼女自身の生命力を全て、致命傷を負ったレオニスに譲渡した。


挿絵(By みてみん)


「エリス、やめろ!」


 アベルは叫ぶ。しかし、生命力の移送はもう止まらない。そして生命力の譲渡が終了する。


 エリスの身体が小さく震える。

 その瞳がゆっくりとアベルを見つめた。

 そして……力なく崩れ落ちる。

 聖杖が石床を転がり、乾いた音を響かせる。


 カラン……。


「……。」


 エリスの身体が彼女自身から溢れた真っ赤な血で埋まり、一方でレオニスは破れた制服さえも完全に修復されて何事もなかったかのように立ち上がった。


 

 アベルは息をすることすら忘れていた。



 倒れたエリスは…


 消えない。

 黒い霧にもならない。

 幻が消えるような演出もない。

 ただ、そこに亡骸のように横たわっていた。


(また……また消えない。)


 ゲーム知識は叫んでいる。

 これは精神魔法。

 幻だ。

 メイの嘘だ。


 それでも、目の前の現実は、あまりにも残酷だった。


「あーあ。」


 メイはレオニスの肩越しから顔を覗かせ、くすくすと笑う。


「聖女様は健気だわねぇ。」


 その声はどこまでも楽しそうだった。


「勇者様ってば、また自分で、大切な人を殺しちゃったってことかしら?」


 アベルの握る短聖剣が震える。その刃先から、一滴、また一滴と血が床へ落ちた。それはレオニスのものか、置き換わったエリスのものなのか…。


 メイはその様子を見て、勝利を確信する。勇者の剣は、確かに彼女へ届いている。だが、それ以上に深く。


 勇者自身の心を傷付け始めていた。

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