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071話 命を賭けた囮

「ガルドさん。」


 アベルは短聖剣を握り締めたまま静かに言った。


「俺が囮になります。」


 ガイルはすぐに意図を察した。


「……メイを引き付ける気か。」

「はい。ポチは必ずメイを守ろうとします。その一瞬に勝負をかけましょう。」

「無茶だ。だが……。」


 ガルドは苦笑する。


「お前は止めてもやるんだろ。」

「はい。」

「分かった。」


 ガルドは仲間たちへ視線を送る。


「アベルが合図したら、一斉に動くぞ。」


 三人も力強く頷いた。

 アベルは一人、メイへ歩み出る。


「あら?」


 メイは嬉しそうに微笑む。


「今度は一人で来てくれるの?」

「俺がお前の相手だ。」


 メイの瞳が妖しく輝く。


「それじゃあ……もう一度、幸せな夢を見せてあげる♡」


 甘く囁く声が塔の最上階を満たす。

 精神へ直接侵入する魅了。

 先ほどアベルを幻へ引き込んだ、メイ最大の精神攻撃だった。


 アベルの視界が一瞬揺らぐ。しかし足は止まらない。


「まだ歩けるの?」


 メイは首を傾げる。


「面白い人。」


 その言葉と同時に、ポチが攻撃へ転じる。

 漆黒の身体が膨れ上がり、強酸性の水弾を撃ち出した。


 ドシュッ!!



 鎧が焼ける。

 肩当てが溶ける。

 胸当ても、籠手も、次々に腐食して崩れ落ちた。


 それでもアベルは前へ進む。


「じゃあ、これは?」


 ポチの触手が鋭く変形する。まるで黒い槍のように。


 ズンッ!!


 一本目が左腕を貫く。


 ズンッ!!


 二本目が右腕を貫く。


 ズンッ!!


 三本目が左脚を。


 ズンッ!!


 四本目が右脚を。


 アベルは立ったまま四肢を完全に地面へ縫い止められる。鮮血が床へ滴った。


 アベルは抵抗しなかった。


「……。」


 メイは満足そうに笑う。


「やっぱり…もう心が折れているのね。だから抵抗しない。」


 完全に勝利を確信したメイは、ゆっくりとアベルへ近付いていく。


 その瞬間、


 アベルの瞳が鋭く開かれた。


「今です!!」


 その叫びを待っていた。


「行くぞ!!」


 ガルドが吼える。宵闇の月の四人が同時に飛び出した。


 狙うのはポチ本体ではない。

 アベルの四肢へ突き刺さる四本の触手。


 ガルドの剣。

 トーヴの魔法のナイフ。

 リックの大斧。

 バルドの槍。



 四つの攻撃ほぼ同時に実行される。


 ザンッ!!


 触手が一斉に切断された。自由になった四肢。アベルは痛みに顔を歪めながらも、その場で踏み込む。


「はあああああっ!!」


 白銀の光を纏った短聖剣が一直線に走る。

 メイは初めて表情を変えた。


「えっ――」


 しかし、もう遅い。短聖剣はメイを守ろうと集まったポチの中心へ吸い込まれる。


 狙いはただ一つ。

 ポチのコア。


 ブシュッ!!


 メイの鎧の胸元に移動していた黒い眼球を白銀の輝きを放つアベルの短聖剣が貫く。


(ギャアアアアアアッ!!)


 ポチが絶叫のような音を立てた。

 さらに、勢いの止まらない短聖剣の切っ先は、その奥にいたメイの胸元にも届く。わずかに掠めた程度ではあったが。


「きゃあっ!!」


 浅い傷。致命傷には程遠い。

 だが、ポチとの繋がりを断たれた反動と、その一撃が同時にメイを襲う。


 漆黒の鎧が音を立てて崩れ始める。ポチの身体は液状となり、床へ流れ落ちていく。


「ポチ……!」


 メイは胸元を押さえ、苦しげに膝をついた。

 アベルもまた大量の血を流しながら片膝をつく。

 それでも短聖剣は離さない。


 初めて…


 四天王メイの美しい顔から、余裕の笑みが完全に消え去った。

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