062話 初めての謁見
王城の謁見の間。
魔王軍との戦いが一段落した後、アベルは正式に王の前へと呼ばれていた。以前は負傷のため対面が叶わず、これが実質的な初対面となる。
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重厚な扉が開く。玉座に座る王の視線が、まっすぐにアベルへ向けられた。
その瞬間、王はわずかに目を細める。
(……やはり、そうか)
戦場報告で聞いていた以上に、その青年には“ある人物”の面影があった。かつて王城に仕えていたメイド、マリア。その記憶が、確かに重なって見える。
「アベル」
王の声は静かで、重い。
「よく来た」
「はい。お招きいただきありがとうございます」
アベルは一礼する。
王はしばし沈黙したあと、続けた。
「そなたの母は健在か?」
「はい。問題なく暮らしています」
「そうか」
短い言葉だが、その奥には確かな安堵があった。
「お前自身の生活についても聞かせよ」
アベルは学院での生活について淡々と語る。アベル自身には気にしているつもりも、窮状を訴えたりするつもりもなかったが、聴いている側はその異常さに愕然とする。
実戦評価と日常評価の乖離。
機会の偏り。
周囲からの扱いの差。
王の表情が変わった。
「詳しく調べよ」
その一言は即断だった。
「学院とギルドの評価体系を精査せよ。必要であれば是正する」
執務官が緊張した声で応じる。
「で、ここからが本題だ。余は其方に勇者の称号を与えるつもりだ」
「父上、それは!」
謁見の間に大きな騒めきが起こり、レオニスが驚きの声を上げた。王は右手を前に出して、皆を静める。
「だが、貴族には余の決定に納得しないものもいる。嘆かわしいことにだ。」
王は少しだけ悔しさを滲ませた表情をしてから、アベルに告げる。
「そこでだ、其方には勇者の称号に相応しい実績を作ってもらいたい。」
「それは、どのような?」
「神杖グングニルの回収だ」
神杖グングニル。ゲームでは聖女だけが装備できる特殊な武器で魔物や魔族に特効を持ち、魔王戦でも大活躍する最終武装の一つだった。
「神杖の保管されている塔は現在、魔族の支配地域の中にあり容易に近づくことすら難しい。だが、其方ならきっと成し遂げられるはずだ。頼めるか?」
レオニスが情報を補足する。
「神杖を使える聖女が任命された今こそ魔王軍の襲来に備えて軍備を整えることが必要だと考える。しかも、最近の報告では付近に魔王軍が頻繁に目撃されており神杖の確保は急務だ。一方で、場所が場所なので軍は出せない。」
少し嫌味を込めた言い方でレオニスは続ける。
「なあに、貴殿は先の武術大会で反則を使用したとはいえ、私に打ち勝つほどの実力者だ。兵士が随行するよりも、1人の方がやり易いだろう。学院でもずっとソロで迷宮に行っていたようだしな。」
その裏には別の計算があった。王は知らないようだが、ゲームでは神杖は塔の最上階にある台座に固定され聖女にしか触れることができない。その仕様が同じであれば聖女であるエリスを連れて行かなければ神杖は回収できないのだ。
レオニスの狙いはアベルに露払いをさせた上で神杖を回収できなかったという失敗の実績を作らせること。あるいは、アベルが塔で力尽きるのでもよい。いずれにせよ、後でレオニスがエリスを連れて神杖を回収すれば神杖と勇者の称号をまとめて手にすることができる、と考えていた。
だが、その事はアベルもゲーム知識で把握していた。
「……単独では難しいですね」
アベルが静かに呟く。
「同行者を希望します」
「誰を求めるのだ?」
王が即座に問う。
「聖女のエリスさんです」
一瞬の沈黙。
レオニスは即答する。
「却下だ。聖女を危険に晒すなど許されるはずがない」
しかし、王の計らいでエリス本人からの話も聞く事となり、急遽エリスを呼び出すこととなった。
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暫くして教会からエリス本人が呼ばれてきた。早速王に塔への同行の是非を問われ判断を求められる。
「聖女エリスよ、其方の考えは?」
彼女は迷いなく答えた。
「私はレオニス殿下のご判断に従います。また、レオニス殿下から離れて、殿下に万が一何かあった時に直ぐに動けないのは困ります。」
その一言で、ほぼ同行しないことが決定したかに思われた。だが、その直後にアベルは食い下がる。
「では――エリスさんとレオニス殿下にもご同行いただけませんか」
「...なに?」
謁見の間が静まり返る。
「殿下にご同行頂ければ、エリスさんの希望も、私と殿下とで彼女自身の安全も確保できます。また、戦力としても最も合理的だと思います」
神杖の装備制限を知っていれば理屈としては悪くない提案だった。しかし、レオニスの表情は即座に硬くなる。
「それはできない。私には王都の防衛後処理、指揮、他任務がある」
もっともらしい理由が並ぶが、思惑は別にある。アベルの任務を失敗させるためには、エリスを同行させないのが一番確実だ。勿論、自分が同行するなど論外だ。ここでリスクを冒す必要は全くない。
王は黙ってそのやり取りを見ていた。そしてやがて結論を告げる。
「今回、レオニスとエリスの随伴は不可とする。だが、アベルよ。その代わりといってはなんだが、もし無事に成し遂げることが出来たら、余から其方の出生に関する秘密を一つ話す事を約束しよう。」
「…出生の秘密…ですか?」
「うむ。今はまだ詳しくは言えんが、勇者として皆に認められるだけの実績を其方が示せた時には必ず教えよう。どうだ?」
「…承知いたしました。必ずやご期待に沿える成果を持ち帰ります」
「期待しているぞ」
こうしてアベルが神杖グングニルの確保に向かうことが決まった。
(問題は、聖女不在で神杖をどう運ぶか、だが……とりあえず神杖を確保してから考えるしかないか…)
翌日、アベルは冒険者ギルドを訪れ、同行してくれるパーティを募集した。が、レオニスが事前に裏から冒険者ギルドに根回しまでしており、アベルと共に塔に同行することを申し出る冒険者は結局1人も現れなかった。
出発の朝。
王都の門をくぐるアベルの背は、一人だった。
その先に何が待つかを知る者はいないまま。




