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俺が主人公のはずなんだけど、王子様に全部持っていかれたんですが。  作者: 踊りすがりのおっさん
第4章 奈落の迷宮

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050話 奈落の魔女vs勇者

奈落の魔女と勇者(再構成)


 奈落の最深部。


 そこはもはや「地形」ではなかった。空間は歪み、重力は不規則にねじれ、呼吸すら魔力に侵食される。そしてその中心に、五人は立っていた。


 《宵闇の月》。


 ガルド、バルド、リック、トーヴ。

 そしてアベル。その全員が、満身創痍だった。


「……冗談きついな。」


 ガルドの声はかすれている。


「これが四天王、ってやつか。」


 視線の先。そこにいるのは一人の女。

 銀髪のアラクネ。

 魔王軍四天王の一柱。


 《奈落の魔女》ルシィ。


 彼女は、まるで散歩の途中のようにそこに立っていた。


 傷一つない。

 呼吸も乱れていない。

 戦闘の痕跡すら、彼女には存在しない。


「思ったより粘ったわね。」


 ルシィは楽しげに微笑む。


「でも、ここまで。」


 その瞬間、空間が「鳴った」。

 最初の一撃は見えなかった。

 見えたのは結果だけだった。


「ガルドさん!!」


 アベルの叫びが遅れる。ガルドの身体が、壁ごと吹き飛んでいた。


 音がない。衝撃すら遅れて追いつく。


「な……に……?」


 バルドが反応するより早く、地面が割れた。

 次の瞬間、見えない“何か”が彼の防御ごと貫く。


「ぐっ……!」


 膝が落ちる。リックが斧を振り上げた瞬間…

 その腕が「消えた」。


「え?」


 気付いた時には、後方へ吹き飛ばされている。血が遅れて噴き出す。


 トーヴが結界を張る。


「防御魔法――!」


 だが、展開した結界は、形を保てなかった。

 まるで紙のように裂ける。


「馬鹿な……これは……!」


 ルシィは微笑んだままだった。


「防御って、遅いのよ。」


 指が軽く動く。それだけでトーヴが地面に叩きつけられる。


 何が起きたのか、誰も理解できない。

 理解できないまま、戦線は崩壊していた。


 アベルは剣を構えたまま、動けなかった。


 違う。

 動かないのではない。

 動けない。

 認識より速い。

 反応より速い。

 予備動作が存在しない。


(これが……四天王……!?)


 ルシィはアベルを見た。

 その瞬間、空間が歪む。

 アベルの視界が途切れる。

 次に見えたのは、喉元に触れる指先だった。


「っ……!」


 反射で剣を振るう。だが、手応えがない。

 そこに“いるはずの身体”が存在していない。


「残像でもない……!」


 トーヴの声が震える。


「空間そのものを……ずらしている……!」



 ルシィはため息をついた。


「面倒ね。」


 指を軽く弾く。

 その瞬間、アベルの身体が地面に叩きつけられる。

 衝撃ではない。重力が“追加された”。


「ぐっ……!」


 呼吸が止まる。

 立てない。


 ルシィはゆっくり歩く。蜘蛛脚が地面を撫でるたび、空間が軋む。


「四天王ってね……強いから四天王なのよ。」


 その言葉には誇張も虚勢もない。

 ただ事実としての重さがあった。



 ガルドがかすかに笑う。


「……笑えるな。これ、勝ち目あんのか?」


 バルドが歯を食いしばる。


「ねぇよ。」


 リックは息を吐く。


「化け物だ。」


 トーヴも静かに呟く。


「格が違う。」


 アベルはゆっくりと立ち上がった。


 膝が震える。

 呼吸が乱れる。

 それでも剣を握る。


 ルシィは少しだけ目を細めた。


「まだ来るの?」


 言葉の代わりにアベルは剣を構えて応える。


 次の瞬間、ルシィの周囲が消えた。

 いや、消えたように見えただけ。

 現実には、数十の攻撃が同時に放たれている。


 見えない糸。

 空間切断。

 多重方向からの殺意。


 アベルは剣を振る。

 一撃。

 二撃。

 三撃。


 しかし防ぎきれない。


 肩に裂傷。

 脚に貫通痕。

 血が落ちる。



「遅いのよ。」


 ルシィの声が耳元で響く。次の瞬間、腹部に衝撃。


 意識が飛ぶ。

 地面が遠ざかる。


 だが倒れない。倒れる前に、剣を地面に突き立てている。


 ルシィは静かに見下ろした。


「ここまで来た人間は久しぶり。でもね…」


 蜘蛛脚がゆっくりと持ち上がる。


「ここまで。」


 その一撃は、確実に終わらせるためのものだった。



 その瞬間、アベルの中で何かが「鳴った」。


 倒れている仲間たち。

 動けない身体。

 それでも消えない意志。


(守る。ここで終わらせない。)


 黄金の光が漏れ出す。



 ルシィの目が初めて見開かれる。


「……なに、それ。」


 アベルの周囲に光が満ちる。初めて見る得体の知れない力の奔流にルシィは初めて、ほんのわずかに後退した。


「勇者……?」


 呟きは初めて揺れた。


 アベルは剣を握る。血に濡れながら、静かに立つ。


「終わらせます。」


 ルシィは笑った。

 だがその笑みは先ほどとは違う。

 楽しさではない。


 警戒。

 そして、わずかな高揚。


「いいわ。ようやく、遊びがいが出てきたじゃない。」


 奈落の最深部。


 ここからが本当の戦いだった。

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