閑話58話 遠い距離と小さな一歩*
大規模蘇生魔法から数日後。
アベルとヒロイン達の関係は、少しずつ変化していた。しかし、自然な関係に戻ったわけではなく、むしろ、今の方が互いに距離を意識していた。
理由は明確だった。
アベルは彼女たちを責めていない。あれほど酷い扱いをしたり、酷い扱いをされていたのを見過ごしていたのにも関わらず、アベルは気にせず接してくれていた。だからこそ、彼女たちは、自分たちの罪を強く意識している。許されていることが、逆につらかった。
アベルがリハビリとして行っている軽い鍛錬から戻ってきた。そこへリシアが近付く。
「アベル殿。」
立場を考慮して、今では彼女はアベルをそう呼ぶ。ちなみにリリアのことは"主君"と呼ぶ。
「ああ、リシア。」
アベルは以前と同じように名前で呼ぶ。その呼び方にリシアの胸が少し痛んだ。
自分はまだ、その距離に戻る資格があるのか。
「どうした?」
「……その。」
リシアは少し迷う。今は言葉一つにも慎重になる。
「訓練場へ。もし時間があれば……。」
アベルは少し驚く。
「剣の稽古か?」
「はい。」
リシアは頷く。
「以前のように教えてほしい、とは言いません。」
刀を握る手に力が入る。
「私はアベル殿の剣を否定しました。本当は、何も見えていなかっただけなのに……。」
アベルは黙って聞く。
「だから、もう一度、自分で見たいんです。アベル殿が積み上げてきたものを。」
しばらく沈黙。そして…
「分かった。」
短い返答。リシアは顔を上げる。
「いいんですか?」
「ああ。ただし……。」
アベルは続ける。
「俺が一方的に教える形じゃなくて、一緒に確認するのでいいか?」
その言葉に、リシアの表情が少しだけ緩む。
「……はい。」
小さな一歩だった。
◇
訓練場。
リシアは刀を構える。日本刀に似た細身の刀。
以前から彼女が使っていた武器。
「行きます。」
踏み込む。
一閃。
鋭い斬撃。アベルは短剣で受け流す。
「少し力みがある。特に踏み込みの瞬間。」
リシアは驚く。
「……まだ分かるんですね。」
「何が?」
「私の剣の癖です。」
アベルは首を傾げる。
「ずっと(その剣を)見てきたからな。」
その言葉にリシアは一瞬、動きを止める。
ずっと?
見てきた?
自分は何を見ていたのか。
だけど、彼は見てくれていた。気にしてくれていた。ずっと…。
胸の奥に痛みが走る。そして顔が火照ってくる。
「もう一度。」
アベルが言う。
「今度は自然に。」
リシアは刀を握り直す。
再び踏み込む。
今度は少しだけ迷いが減っていた。
その後もリシアはアベルと鍛錬を繰り返した。
少しずつ、失ったものを取り戻す時間が始まっていた。




