閑話50話 母として
翌朝。
王都は戦後処理に追われる兵士たちの足音。遠くで続く瓦礫の撤去作業。王都はまだ傷を抱えたまま、それでも少しずつ日常を取り戻そうとしていた。
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アベルは客室を出る。ティアことセレスティアはまだ寝ていた。
身体の傷はまだ完全には癒えていない。
ティアの乱入で結局、あまり眠れなかったのだが、休んでいる場合ではなかった。
様子がおかしかったマユミとメア、二人を取り戻す方法を考えなければならなかった。
「アベル様。」
廊下の先から声がした。
振り返るとそこにいたのは王妃だった。
「おはようございます。」
「おはようございます。昨晩はお楽しみだったのかしら?」
アベルは一礼する。
王妃は穏やかに微笑んだ。言動とは裏腹にその表情には疲れが浮かんでいる。
昨日一日で、国の未来。
娘同然に育ててきた少女の罪。
そして王族としての決断。
あまりにも多くを背負ったのだろう。
「少し、お時間をいただいてもよろしいですか。」
「はい。」
二人は王城内の小さな談話室へ移動した。
窓から見える庭園には、まだ戦火の影響が残っている。
折れた木々や崩れた石像。それでも、春に植えられた花だけは懸命に咲いていた。
王妃は静かに紅茶を注ぐ。
「アベル様。昨日のことについて、まずお礼を言わせてください。」
アベルは首を振る。
「俺は……。」
「いえ。」
王妃は優しく遮った。
「あなたがいなければ、セレスティアは今、生きていません。」
その名前を聞き、アベルは少しだけ視線を落とす。
「私は…」
王妃はカップへ視線を落とした。
「ご存知かと思いますが、セレスティアの実の母ではありません。」
アベルは黙って聞く。
「彼女を産んだのは亡くなった第一王妃のシルビア様です。私が側妃として、この王城へ入った時には、すでにセレスティアは幼い少女でした。」
王妃は少し微笑む。
「最初は、どう接すればいいのか分かりませんでした。母親ではない自分が、どこまで踏み込んでいいのか。
……ですが。シルビア様とは、とても親しくさせて頂いていたこともあり、シルビア様が亡くなった後、私は、あの子を一人にしたくありませんでした。」
王妃の声が少し震える。
「だから、私は母親ではなくても、シルビア様のように、あの子の成長を見守ってきたつもりです。」
アベルは静かに頷く。
「だからこそ。」
王妃は続ける。
「昨日、あの子を見た時、魔王軍を率いている姿を見た時には胸が引き裂かれるようでした。」
しばらく沈黙が流れる。
王妃は顔を上げた。
「私は王妃です。アルセリア王家の一員です。セレスティアが犯したことを、母親の感情だけで否定することはできません。」
その言葉には強い覚悟があった。
「民は傷つきました。兵士たちは命を懸けました。王女だから許される、などということがあってはいけないのです。」
アベルは静かに聞いていた。
王妃の声が少しだけ柔らかくなる。
「それでも私は、あの子に死んでほしいわけではありません。セレスティアは間違えました。ですが、間違えたまま終わってほしくないのです。」
アベルは顔を上げる。
王妃は真っ直ぐアベルを見る。
「あなたにお願いがあります。セレスティアを救ってください。」
アベルは少し驚いた。
「俺が……ですか。」
「はい。あなたなら……罪を見ずに許すこともしない。かといって、その罪だけで彼女を切り捨てることもしない。」
王妃は静かに微笑む。
「昨日、あなたがそうしていたように。」
アベルは目を伏せる。
「……正直、どうすればいいのか分かりません。」
王妃は頷いた。
「それでいいのですよ。簡単に出来ることではありません。簡単に忘れられることでもありません。ただ、いつか、あの子自身が自分の罪と向き合い、もう一度、自分の足で歩けるように……。貴方がそのきっかけになってくれることを期待したいのです。」
アベルはしばらく黙っていた。
やがて……
「分かりました。俺は俺ににできることをします。ですが、俺からも王妃様に一つお願いがあります。」
「えっ!?一体何かしら?」
「それは、……………。」
王妃は小さく相槌をうった。
「わかったわ。それは任せておいて。」
「ありがとうございます。」
◇
その時、扉の向こうから声が聞こえる。
「……お母様。」
二人が振り返ると、そこにリリアが立っていた。
「話は終わりましたか?」
少し不機嫌そうな表情。
「リリア?」
リリアは視線を逸らす。
だが、その視線の先にはアベルがいた。
王妃は小さく微笑む。
「どうやら、あなたにも言いたいことがあるようですね。」
「……はい。」
その後にリリアから語られた新たな爆弾発言は王宮全体を震撼させるのだが、それはまた別の話。
◇
戦いの後、失われたものは多い。
まだ解決していない問題もある。
それでも少しずつ。
人と人の関係は、新しい形へ変わろうとしていた。




