030話 同行者
"嘆きの巌窟" 深層区画。
即席で張られた結界の中、焚き火の炎だけが静かに揺れていた。外では空間そのものが不安定に歪み、壁面がゆっくりと形を変えている。
「で、お前の名前は?」
リーダー格の男――ガルドが、焚き火越しに声をかける。
「アベル」
短い返答だった。
「俺はガルドだ。こっちがリック、それとトーヴだ。本当はもう1人いるんだが、そいつは今は怪我で暇を出してる」
順に顎で示しながら紹介する。全員、年季の入った装備を身につけた熟練冒険者。学院の若い学生とは明らかに違う“現場の空気”を持っていた。
「学院の生徒だよな、お前」
トーヴが腕を組みながら言う。
「そうだ」
「なんでこんなとこに一人でいる」
焚き火の音だけが一瞬強くなる。
アベルは視線を炎に落としたまま答えた。
「ソロ指定だった」
「……は?」
リックが素で眉をひそめる。
「学院の課題だ。深層区画の探索」
一瞬、空気が止まる。ガルドが頭をかく。
「おいおい、正気かよ……ここを単独って」
「普通は止めるレベルだぞ、それ」
トーヴも即座に続ける。
「無茶にもほどがある」
リックは苦笑する。
「生きてるのが逆に不思議だな」
誰も皮肉ではなく、純粋な事実として言っていた。
アベルは短く息を整える。
(構造変動は想定より高頻度。明らかに単独での攻略の利点がない)
「理解した」
それだけ答える。
ガルドはため息混じりに笑う。
「素直で助かるな、お前。普通は張り合うんだが」
トーヴが焚き火を見ながら言う。
「まぁ、戦えるならまだいい」
ガルドは立ち上がる。
「じゃあ決まりだ」
全員の視線が向く。
「お前、うちに入れ」
一瞬だけ間が空く。
「戦力としてじゃねぇ。生き残るためだ」
その言葉は冗談ではなかった。
この階層での経験から出た実感だった。
アベルは少しだけ間を置く。
「了解した」
短く答える。
それ以上の説明はない。ガルドは満足そうに頷く。
「話が早くて助かる」
リックが軽く笑う。
「まぁこれで死ぬ確率は減ったな」
トーヴが装備を確認する。
「次のセクターに行くぞ」
焚き火が小さく揺れる。
アベルは初めて、誰かと“同じ速度”で歩くことになる。学院とはまったく異なる、現実的な生存のリズム。
だがそれは不思議と悪くはなかった。




