266話 戦いの終わり
魔王軍が去った王都には、重苦しい静寂だけが残っていた。炎はなお各所で燃え続け、黒煙が夕暮れの空を覆っている。
崩れ落ちた建物。
灰となった日常や思い出の品々。
倒れている兵士と市民。
そんな絶望的な光景が王国中に広がっていた。
アベルは駆けつけたリリアと彼女の護衛サーシャが用意したポーションで意識を取り戻す。全身の傷が脈打つように痛むが、まだ休む訳にはいかなかった。
(マユミ……メア……。)
最後に見た彼女達の姿が頭から離れない。
特にマユミの黒い魔力と頬へ浮かんだ紋様。そして、自分を「偽物」と呼び続けた悲痛な叫び。胸の奥へ重いものが沈んでいく。
そこへ足音が近付いてきた。王の居室から姿を現したのは、ボロボロの近衛騎士団で、その後ろにはミスリル製の鎧を纏ったアルセリア国王と王妃がいた。国王の左腕には包帯が巻かれており、足も少し引きずっている。アベルがヒロイン達と戦っている間、王も居室に忍び込んだ魔王軍の暗部と戦っていた。
「お父様、お母様!」
「リリア!無事だったか!」
2人の元に駆け寄るリリア。抱き合って無事を喜び合う王と王妃と王女。だが、喜んでばかりはいられない。それほど、被害は大きかった。
国王は大通路へ足を踏み入れた瞬間、眉を寄せた。王の視線はすぐに唯一立っているアベルへ向けられた。
「勇者アベル。」
国王は真っ直ぐ歩み寄る。
「よくぞ…来てくれた!よくぞ……護って…。」
その言葉は途中で止まった。視線の先。石畳へ横たわる金色の髪が目に入ったからだ。
「……セレスティア!」
国王は思わず駆け出そうとする。しかし、その前へ近衛兵が立ちはだかった。
「陛下、お待ちください!」
国王の動きが止まる。
「まだ安全が確認できておりません。」
国王は悔しそうに拳を握る。理性では理解している。だが父としては、一刻も早く娘のもとへ駆け寄りたかった。王妃もまた、セレスティアを見つめたまま唇を震わせていた。
「……生きていますか。」
「はい。身体には傷一つつけていません。ですが、心のダメージは大きいかと。魔王軍がセレスティア様を操る目的で使用していたと思われる指輪も、既に破壊してあります。」
アベルのその一言に、王は目を見開き、王妃は胸へ手を当て、小さく安堵の息を漏らした。やがて近衛兵たちが慎重に周囲を確認し始める。その中の一人が報告した。
「陛下。周囲に敵影や罠はありません。」
「ご苦労。」
別の兵士が王に駆け寄る。
「陛下。周辺国からの援軍がまもなく到着予定です。」
国王は静かに頷く。
「……そうか。」
そして、ようやくセレスティアのもとへ歩き出した。
その途中、セレスティアと共に行動していた6人の少女たちも、それぞれ疲弊しきった様子で座り込んだり倒れている。
誰も抵抗する気配はない。
誰も武器を握っていない。
ただ、俯いたままだった。
国王は彼女たちを静かに見つめる。その眼差しに怒りはない。だが、王としての厳しさだけは確かに宿っていた。
「近衛兵。」
「はっ。」
「全員を……保護せよ。」
一瞬だけ兵士が戸惑う。それでよいのかと。
「……保護、ですね。」
国王は短く答える。
「そうだ。今はまだ、な。」
兵士たちは命令へ従う。しかし、その手には魔力封じの手枷が握られていた。
リシアは何も言わず両手を差し出す。
フェリも静かに従う。
クラリスは目を閉じたまま抵抗しない。
ルナも、ミリアも、エリスも、誰一人として異議は唱えなかった。
カチャリ。
乾いた金属音が一つ、また一つと広場へ響く。
魔力封じの手枷が少女たちの両手首へ嵌められていく。セレスティアにも同じように手枷が掛けられた。だが、彼女はまだ意識を失ったままだ。
その姿を見つめるリリアは、小さく俯いた。
何かを言おうとして、結局何も言えない。
ただ両拳を強く握り締めるだけだった。
アベルは、その光景を静かに見守っていた。
今の彼女たちは、アルセリア王国にとっては魔王軍へ加担した者たちだ。事情を知らない者から見れば、それ以外の何者でもない。
日が落ちて夜空に星が瞬く王都を見上げた。
長かった戦いは終わった。
だが、本当の意味で全てが終わるのは、まだ先だった。
次の話からは戦後処理に入ります。お楽しみに。




