261話 勝利の確信*
夕暮れの王都。
赤く染まる日が差し込む大通路で、二人はなお向かい合っていた。
風が吹く。崩れた石畳の砂埃が静かに舞い上がり、二人の間を流れていく。
アベルは短聖剣を握り直した。
その瞳から迷いは消えている。
助ける。そのために戦う。
たとえ目の前にいる相手が、自分がかつて憧れた王女だったとしても。その決意だけが、今の勇者を支えていた。
セレスティアは静かにその変化を見つめていた。
表情は変わらない。蒼い瞳も揺れない。
ただ、心の奥では小さく呟く。
(……ようやく覚悟を決めましたか。)
右手の細剣の刃先をゆっくりと持ち上げ、アベルの心臓に向ける。左手は右手に添えるだけ。だが、それだけで魔導手袋へ刻まれた魔法陣が一斉に輝いた。広場全体へ張り巡らされていた術式が共鳴し、膨大な魔力が空へ集まっていく。
王国中の魔力が、王女である彼女へ応えていた。
その光景は神々しいほど美しく、同時に恐ろしかった。
王族の外にいた魔族兵たちでさえ思わず後退する。
空気が重く、息苦しい。アベルでさえも、これほどの魔力を間近で感じたことなど、一度もなかった。
アベルは白銀の光を纏いながら地面を蹴る。
あと3歩。
その瞬間だった。
セレスティアの口から聞いたことのない言語で呪文らしきものが紡がれる。
「¥&#%*=+€$...」
その呪文に呼応して王城の上空に巨大な魔法陣が出現した。それは幾何学模様が何重にも重なり合う、王家秘伝の超高位術式。セレスティア以外の誰も、王である父ですら使えない本当の奥の手。
そして次の瞬間、光柱が天から降り注いだ。夕焼けさえ塗り潰すほどの眩い光が、王城を包み込む。
轟音。
通路の天井を貫通して、太い光の柱がセレスティアの目の前にいるアベルの頭上に落ちてきた。
アベルは短聖剣を両手で頭上に翳し、光の柱を受け止めた。全ての魔力、そして勇者の力を頭上に集中しても、アベルには光を受け止めるので精一杯だ。
「これで終わらせます!」
その完全に無防備なアベルの身体に、セレスティアの細剣による渾身の突きが放たれる。狙うはアベルの心臓、ただ一つ。
2歩。
1歩。
カキン!
アベルはセレスティアの細剣を思いっきり蹴り上げた。セレスティアの手を離れ宙に舞う細剣。だが、思いっきり踏み込んだセレスティアの身体は、そのままアベルの元へ。
0歩。
アベルとセレスティアの距離が無くなったとき、天からの光の圧力は消失した。魔法の行使者であるセレスティアが領域に入ってしまったことで、魔方陣に組み込まれた危険防止プロセスが作動したのだ。
アベルとセレスティアの目線が至近距離で交差する。お互いの呼吸が感じ取れる距離で。急いで身を引こうとしたセレスティアの突き出した右手を、アベルの左手が捉えた。
それに一瞬驚いた様な表情を見せたセレスティアだったが、次の瞬間、彼女は妖艶な笑みを浮かべた後、逃げるのをやめ更にアベルに向かって踏み込む。
アベルの顔とセレスティアの顔が…今、交差する。
「《スリー……プ》。」
セレスティアは唇をアベルの唇に重ねていた。
突然の事に驚くアベルだったが、その意図は明らかだった。唇の…粘膜経由での魔法の行使。常に魔力に覆われていて、外からの魔法に抵抗をもつ皮膚と違い、粘膜経由での魔法の行使はより強力に作用する。
アベルの唇から自らの唇を離したとき、セレスティアは勝利を確信していた。あとは眠りに落ちたアベルを安全に始末するだけだと。
セレスティアの表情の変化がポイントでした。
結構頑張ったつもりですが、難しい……。
m(_ _)m




