259話 届かない一歩
アルセリア王城の大通路。
わずか10歩。
それが今、アベルとセレスティアを隔てる距離だった。だが、その10歩はあまりにも遠い。セレスティアは一歩も動いていない。それでも勇者は近づけない。
理由は単純だった。彼女の魔法が、その全てを拒んでいる。右手は細剣でアベルそ牽制し、左手だけで印を組んで術式を完成させる。また、ここにきてセレスティアは詠唱も使い始めている。
「……《ダイダル・ウェーブ》」
印による術式で目の前に発生させた水の壁の存在座標をパラメーター化し、それを動的に変更することで、擬似的に津波の様な効果をもたらす魔法だ。
強烈な水圧がアベルの全身を押し流そうとする。直ぐさまアベルは腰を下ろして床に短聖剣を刺した。そして短聖剣の柄を両手で掴んで身体を支え、乗り切った。だが、それに何とか耐え切ったアベルに追撃が迫る。何十枚、何百枚と砕けた石畳が魔力へ引かれ、空中へ舞い上がった。
アベルは思わず目を細めた。セレスティアは淡々と右手の細剣を振る。それを合図に石畳の破片が一斉に射出された。
一枚一枚が砲弾のような速度で迫る。
アベルは短聖剣を振るいつつ《ファイヤー・ボール》で次々と撃ち落とす。石畳は容易に砕け散るが、その破片すら新たな凶器となって再びアベルに襲い掛かった。
身体を捻り、肩を掠める。
頬が裂け、血が飛び散る。
だからこそ、止まれない。止まった瞬間、押し潰される。
前へ。
ただ前へ。
飛んでくる大きな石畳は叩き割り、小さな破片はファイヤーボールで焼きながら進む。
あと八歩。
セレスティアの瞳が静かに細められた。その視線は勇者自身よりも、その足運びに向けられていた。
アベルは歯を食いしばる。無数の石の刃が身体中に突き刺さっても歩みを止めない。止めるわけにはいかなかった。
あと7歩。
セレスティアの左手が再び動いた。
その瞬間、アベルの足元から巨大な岩の槍が生えてきた。それが、まるでバリケードのようにアベルが近づくことを拒む。
それをアベルは短聖剣で横薙に鎧袖一触。全て切り捨てた。
あと6歩。
セレスティアは初めて小さく息を吐く。
心の中だけで呟いた。
(予想以上ですが……ここから先へは進ませません。)
あと5歩。
セレスティアの右手の細剣を握る圧が上がる。それに連動して、その場の魔力が一点へ集束していき。空気そのものが震え始めた。アベルもそれを感じ取る。
(この魔力……。)
今までとは違う……この一撃で、勝負が決まる。
勇者アベルは短聖剣を両手で握った。そして、白銀の光を刃に集める。
あと4歩。
それでも届かない。その距離の中へ。
セレスティアの最後の魔法が、静かに完成しようとしていた。




