256話 剣士の選択*
アルセリア王城。
夕焼けが王都を赤く染める。
崩れた噴水。
砕けた石畳。
燃え残る建物。
外には今もなお響く剣尖と怒号、爆発音。
しかし、王城の廊下では二人だけが向かい合っていた。
アベルとリシア。
それを少し離れた位置で、固唾を飲んで見守るセレスティア。
リシアが納刀された刀を構える。
アベルも短聖剣を鞘に入れた。
互いに無言。
次の瞬間、二人が同時に地面を蹴った。
白銀と白刃。
二つの軌跡が正面から衝突する。
甲高い金属音が響き渡った。
居合いと居合い。
返しと返し。
逆袈裟と袈裟斬り。
流れるように刀が舞う。
その2本の剣筋は美しく、速く、そして重い。
アベルとリシアはお互いに一歩も引かない。僅かな隙も見せない。鍔迫り合いになったところで、アベルは静かに言った。
「……その癖…変わってないんだな。」
刀が止まる。ほんの一瞬だけ。
学院で木刀を使った稽古を2人でしていた時に、何度も鍔迫り合いになった。そして、その度にリシアは右手の親指で鍔を撫でていた。刀を強く握り過ぎて、柔軟性を失うのを避けるために自然にやっていたことだった。だが、それをアベルに指摘され初めてリシア本人も自覚したのだった。
リシアの瞳が揺れる。
夕暮れの学院の訓練場。
期間は短かったが、何度も何度も木剣を交えた充実した日々。
無駄のない踏み込み。
力ではなく重心を使え。
そう言って笑っていた少年。
記憶の奥底で、何かが軋む。
「違う……。」
小さく漏れる声。それでも身体は止まらない。
セレスティアの指示と指輪の呪縛がリシアを嗾ける。
刀が再び走り、鍔と鍔がぶつかる。
二人の距離が一気に縮まる。
再びの鍔迫り合い。
互いの息遣いが聞こえるほど近い。
その距離でアベルは静かに微笑んだ。
「強くなったな、リシア。」
たった一言だった。それでリシアの瞳が大きく見開かれる。その時、剣技大会で自分が口にした言葉がリフレインする。
『黙って。』
『あなたにそんなことを言われる筋合いはない。』
「ぁ……。」
喉が震える。刀を握る力が弱まる。
脳裏へ、封じられていた記憶が一気に溢れ始めた。
まだ指輪は着けたままだ。
それでも、もう心は誤魔化せなかった。
「私は……。」
刀がゆっくりと下がる。
セレスティアが声を強めた。
「リシア、戦いなさい。」
その声に、左手の指輪が淡く光り激しい痛みが走る。身体は命令へ従おうとする。
刀を上げろ。
勇者を斬れ。
そう命じてくる。
「……嫌。」
初めてだった。リシアが命令へ逆らう言葉を口にしたのは。痛みはさらに強くなり膝が震える。
それでも、彼女は左手をゆっくりと見つめた。
小さな指輪。
全ての元凶。
リシアは自ら刀を手放した。
「もう……。」
震える指先で、指輪を掴む。
指輪は激しく抵抗するように黒い魔力を放つ。
皮膚が焼ける。
血が滲む。
それでも。
「もう、これの命令には従わない。」
力いっぱい指輪を引き抜いた。
次の瞬間、指輪は石畳へ落ちる。
乾いた音。
そして、リシアは迷うことなく、その指輪を足で踏み砕いた。
パリン――。
小さな破砕音。
「――ぁぁぁぁぁっ!」
リシアの絶叫が王都へ響く。
膨大な記憶が、一気に心へ流れ込む。
アルセリアの兵士達を、
逃げ惑う市民を、
子供を庇う母親を、
……切った記憶。
身体が崩れる。
それでも、その表情に浮かぶのは苦痛だけではなかった。
涙だった。
後悔だった。
そして、ようやく取り戻した、自分自身だった。
アベルは静かにその姿を見つめ短聖剣を納めた。もう、彼女と戦う必要はないと判断した。
そして、その場に立っているのは二人だけ。
勇者アベル。
そして王女セレスティアだった。




