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253話 総力戦*

アルセリア王城。


 王の居室に繋がる通路に奇妙な静寂が落ちていた。それまであった剣戟の音も、魔法の炸裂音も、一瞬だけ途切れている。


 石畳には三人の少女が倒れていた。

 フェリ。

 クラリス。

 ルナ。


 三人とも命に別状はなさそうだが、その瞳は何も映していなかった。


 砕けた指輪と引き換えに、封じられていた記憶の奔流と呪いの装備による耐えがたい激痛を受け止め切れず、完全に戦闘能力を失っている。


 アベルは短聖剣を静かに構え直した。既に肩で息をしている。衣服は裂け、頬や腕から血が流れていた。勇者の力が戻りつつあるとはいえ、ここまでの連戦で消耗は決して小さくない。それでも、その瞳だけは揺らいでいなかった。


 視線の先には、残る四人。

 エリス。

 ミリア。

 リシア。

 そして、その後方に立つセレスティア。


 セレスティアは倒れた三人を見つめることなく、静かにアベルを見返していた。その蒼い瞳に感情はなく、ただ、戦況だけを見ている。


 やがて、小さく右手を動かした。


「Aの7」


 その一言だけでヒロインたちが一斉に動く。


 リシアとエリスが左右へ展開する。

 ミリアとセレスティアが前へ詰める。


 それだけで包囲陣は完全に作り直された。

 全員攻撃のための陣形。


 アベルは思わず息を吐く。


(やっぱり……。この人が一番厄介だ。)


 ヒロインたち一人一人は強い。だが、本当に脅威なのは、それを最大限に活かしているセレスティアの指揮だった。


「ミリア。」


 短い命令でミリアが静かに前へ出る。彼女の赤い瞳が妖しく輝いた。


 魔眼が起動し、アベルの全身を赤い光がなぞる。


 筋肉の動き、

 呼吸、

 視線、

 剣先。

 全てが解析されていく。


「勇者因子活性率、上昇。」


 淡々とした報告。その内容を聞き、セレスティアは僅かに頷く。


「これ以上長引かせるのは危険ね。一気に決めます。」


 その言葉に、リシアが刀を構え直した。左手は身体の内側へ隠し指輪を絶対に晒さない構え。アベルの狙いを完全に理解していた。


「推して参る。」


 リシアが低く呟き、地面を蹴る。


 神速での居合のための踏み込み。

 刀が白い閃光となって走る。


 だが、アベルも今までのように受けるのではなく撃ってでた。踏み込んで短聖剣で迎え撃つ。


 これまで以上に大きな火花。大きな衝撃。互いの武器がぶつかり合い、周囲へ金属音が響き渡る。


 それでもリシアは止まらない。その流れるような連撃をアベルは受け流すだけで精一杯だった。


 その横から黒い魔力が伸びる。エリスの掌から放たれたエナジードレインが蛇のように地面を這い、アベルの足元を狙う。それを避ければリシアの刀が待っている。

受ければ生命力を吸われる。


挿絵(By みてみん)


 アベルは後者を選んだ。黒い魔力が右足を掠め身体の奥から力が抜ける感覚。


「っ……。」

「今。」


 ミリアが呟いた。無数の爆薬が入った小瓶が魔眼による念動力で自在に操られ、アベルを中心へ円を描くように配置されていく。明らかに逃げ道を消す配置だった。セレスティアは印を最後の一つ前で止めて、直ぐに次の術が展開できるように待機しながら、ただ静かに戦場を見つめている。


 アベルは短聖剣を握り直しながら、今までとは違う空気を感じていた。もう指輪狙いだということは知られていて、同じ奇襲はまず通じないだろう。


 ならば……真正面から、この包囲網を破るしかない。


 夕陽がゆっくりと王都を赤く染める。


 勇者と王女。その間に残る距離は、まだ遠かった。

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