251話 もう1人の天才*
リシア、ルナ、ミリア、エリス。
そして、後ろにセレスティアが立っている。
アベルはゆっくりと息を吸い込んだ。
漂う血の匂い。焦げた石畳。
一部、壁も崩れ外からの風に晒されている。
王国の運営と発展を担うはずの王城は、既に戦場そのものだった。
ルナの魔法陣が広がる。少し離れた石畳に幾何学模様が何重にも刻まれ、淡い紫色の光を放っていた。先ほどまでとは違い、魔方陣はアベルから視認しにくい場所に展開している。
「《ローズ・ウィップ》。」
静かな声。魔方陣から伸びた棘のある蔦が地面を這い、アベルの足元を埋め尽くす。アベルは飛んで蔦をかわすが、蔦は上に伸びでアベルをさらに追いかける。
その上空にはミリアがすでに、いくつもの小瓶を投げていた。正確には、魔眼による念動力で射出していた。
アベルが近づくとミリアは待機していた瓶を潰す。すると、周囲に濃い紫色の煙を撒き散らした。それらは、即死毒、麻痺毒、神経毒、魔力吸収毒など、ありとあらゆる毒が混ざった煙。アベルは直ぐに口を腕で塞ぎ、全身に魔力の防御膜を構築した。
アベルは、なんとか煙を吸い込まずに、棘の生えた蔦を切り捨てながら何とか着地する。しかし、着地の瞬間、床から閃光が走った。
爆発が起こり煙幕が広がる。その煙の向こうからエリスの黒い魔力が静かに迫ってきた。煙幕へ紛れて接近してくるため、避けるタイミングが掴みにくい。
アベルは咄嗟に後退する。しかし、そこへ待っていたのはリシアだった。
刀が鞘から抜き放たれる。一瞬で間合いが消え白い刃が閃く。
甲高い音が響く。
アベルはその刃をギリギリ短聖剣で受け止めた。だが、腕へ衝撃が突き抜ける。さらにリシアは止まらない。流れるような連続斬撃で、アベルを翻弄する。アベルは受け流しながら、ほんの僅かに視線を左手へ向けた。やはり中指には指輪があった。
だが、リシアも刀を握る左手を身体の内側へ隠し、決して不用意に晒さない。そこへ…
「右。」
ミリアが告げる。リシアは即座に動きを変えた。アベルが回避した先へ刀が待っている。
完全に読まれていたアベルは強引に姿勢を崩し、転がるように斬撃を避ける。頬へ浅い傷が走った。血が流れるが立ち止まっている暇はない。
ルナの魔法の蔦とエリスのエナジードレインが再び押し寄せる。そして、遂にセレスティアの魔法がアベルに向けられた。これまで指揮に集中する為に自分では手を出してはいなかったが、既に2枚のカードを失い決め手に欠ける状況を打破するために動いたのだ。
セレスティアは詠唱も魔方陣の構築も行わない。両手で手順を追っていくつかの印を組むだけで、その印に紐付けられた魔法が発動する彼女オリジナルの方法で魔法を発動することが出来る。
印が完成し大量の魔力を両手に込めればアベルの頭上に黒雲が発生し、稲妻が落ちる。アベルは咄嗟に予備のショートソードを頭上に投げて、転がるように回避した。
轟音。
電撃がショートソード経由で床に落ち、石畳の床に大穴を開けた。冷や汗の止まらないアベル。冷静に次の一手を考えるセレスティア。ルナとは方向性こそ異なるもののセレスティアもまた魔術の天才なのだ。
また別の印を組み始めるセレスティア。しかも、この方法は詠唱が不要なため、
「Bの1」
セレスティアの指示が魔法発動と同時にヒロイン達に飛ぶ。再び、動き出すヒロイン達。
(駄目だ。この人がいる限り何度でも立て直される。)
フェリを失っても、
クラリスを失っても、
戦線は崩れなかった。
それはセレスティアがいるからだ。
アベルはゆっくりと呼吸を整える。
狙うべきものは皆の左手の指輪だが、セレスティアの指揮そのものを崩さなければ、この状況を打破できない。
アベルの視線が、静かに彼女を捉える。
その瞬間、セレスティアもまた勇者を見返していた。
二人の視線だけが、戦場の喧騒を越えて静かに交差した。




