027話 日常への帰還
迷宮攻略から一夜明けた学院は、いつも通りの朝を取り戻していた。
だが特別クラスの教室だけは、空気の質が少し違う。
「おはよう、レオニス」
リシアが自然に声をかける。
「資料まとめておいたわ」
エリスが机に紙束を置く。
「魔力同期の残留、まだ軽く出ています」
ルナが淡々と分析する。
「次の実習はどうする?」
フェリは椅子に座りながらも視線はレオニスから外さない。
「回復中心がいいと思います」
セレスティアが穏やかに提案する。
「私は模擬戦でもいいよ」
ミリアが軽く笑う。
「調整次第ですね」
クラリスも控えめに続く。誰も指示されていない。
それでも自然に一箇所へ集まっていく。
全員お揃いの指輪を左手の中指に嵌めていた。
(予定通りだ)
レオニスは短く返す。
「私を信頼して任せてほしい」
⸻
昼休みの廊下で、楽しそうに会話をしながら食堂に移動する特別クラスの生徒達――レオニスとヒロイン達と黒髪の一般クラス生徒――アベルが偶然鉢合わせた。
「ちょうどいいところにいたわね」
アベルに声をかけたのはミリアだった。隣にはエリスとクラリスもいる。
アベルは足を止める。そういえば、ここ数日は忙しくて迷宮の素材や薬草を届けていなかった。
「ごめん。最近忙しくてさ。でも明日にでも、また素材や薬草を持っていくよ」
それに対してミリアは淡々と答える。
「それなら、もう必要なくなったわ。暫くは研究しないから」
エリスも続ける。
「治療院の方も、もう必要なくなりました。レオニス殿下が他国からの輸入品を優先的に回してくださることになったので」
一瞬だけ間が空く。
アベルは静かに頷いた。
「そうか」
それ以上は聞かない。理由も問わない。
クラリスは少しだけ言葉を付け足す。
「回復薬の市場も安定してきています。じきに以前のように戻るでしょう。」
そう言ってクラリスは尊敬だけでなない熱い眼差しをレオニスに向ける。
彼女たちの言う事をまとめると要は、
“あなたがいなくても回るようになった”。
ということだった。
だがそれは排除ではない。ただの状況整理だった。
「分かった」
アベルは短く答える。そしてそれ以上、何も残さずその場を離れようとする。
その背中を、セレスティアは一瞬だけ見送る。何か確認したい事があったはずだけど、いつの間にか忘れてしまった。忘れてしまうぐらいだから、取るに足らない事だろうと思い直す。
リシアやフェリもアベルに言いたいことがあった気がするが、今はもうどうでも良いことだと感じていた。ルナが感じていた疑問も、レオニスさえいれば全て解決できると本気で信じるようになっていた。
「……変わらないわね」
エリスは小さく頷く。
「必要なときに動く人、というだけ」
それ以上の評価も否定もない。
⸻
教室へ戻ると、空気はすでに元の流れに戻っていた。
「昨日の連携、かなり良かったわよね」
リシアが話題を振る。
「誤差はほぼありませんでした」
ルナが即答する。
「次はもう少し攻撃寄りでもいいかも」
フェリが軽く言う。
「調整可能です」
エリスが返す。
「安定してきましたね」
セレスティアが穏やかに微笑む。
「やりやすくなったよね」
ミリアも笑う。
その輪の中で、アベルの名前は一度も出ない。
誰も意図していない。
ただ必要な話題ではなくなっただけだった。
教室の中心にはレオニスがいる。
その周囲で会話は自然に回っていく。
⸻
廊下の奥。
アベルは特別クラスの様子を遠目に一度だけ確認し、静かに歩き出す。
(問題ない)
そう短く結論づけて。
その背中は、誰にも止められることなく遠ざかっていく。




