閑話36話 オークション*
アベルがアルセリア王国に旅立ってから数日後のある日。
王都商業区にあるローゼン商会本店では、普段では考えられないほどの厳重な警備が敷かれていた。
入口には王国騎士。
建物の周囲には商会が雇った護衛。
さらに、会場の内外には結界魔術師まで配置されている。
「準備は整いました」
支配人が静かに告げる。ローゼン侯爵家の令嬢であり現場を取り仕切る代表者でもあるクラリスは一つ頷いた。
「お客様は?」
「全員到着されています」
「では、始めましょう」
今日、この地下競売場で扱われる商品は一つだけ。
勇者アベルがドラゴン討伐で手に入れた素材だった。
◇
数日前。
クラリスは王城へ呼び出されていた。応接室にいたのは第一王子レオニス。
「ドラゴン素材の件だ」
机には、討伐後に回収された素材の一覧が並んでいる。学院祭で展示予定だった素材も含まれている。
「勇者が所有していても宝の持ち腐れだ。王家で接収して有効活用する」
当然のような口調だった。
クラリスは表情を変えない。
「アベル様には、お伝えになられるのでしょうか」
「必要ない。そもそも今は国内にいないし仕方ないだろう。」
レオニスは書類へ署名する。
「勇者であっても国民、国民が国へ貢献するのは当然だ。そもそも、この素材を売った時の税金を試算したら売却額の90%だ。残りの10%は処分の手数料として我々が貰い受ける。」
そして顔も上げずに続けた。
「もう見たくないんだ。適当に早く売れ」
あまりにも乱暴な命令だった。
しかしクラリスは静かに一礼する。
「承知いたしました」
部屋を出る。廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。
「……適当に、ですか」
口元に商人らしい笑みが浮かぶ。
「でしたら、商人らしく『適当』に売らせていただきます」
◇
そして今日。
地下競売場には王国中どころか近隣諸国からも一流の商人、貴族の代理人、鍛冶師、魔道具師が集まっていた。
全員が同じ目的である。ドラゴンの素材。
市場に出回ることなど、生涯一度あるかどうかの品だ。壇上へ立ったクラリスは静かに一礼した。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。」
会場が静まり返る。
「本日出品いたしますのは、王太子であられるレオニス様とその仲間達が命を賭けて戦い、最終的に勇者様が討伐されたドラゴンの素材です。」
まるでレオニスが戦って勇者がトドメだけさしたような言い回しだが、それを気にする人はここにはいない。
「売却は王家から正式に依頼されたものです。」
それ以上の事情には触れない。
「ですが」
クラリスは穏やかに微笑んだ。
「これほどの素材、次に出品されるのは1000年は先だと思われます。張り切って落札下さい。」
その宣言に、参加者たちの目の色が変わる。
競売が始まった。
最初に運び込まれたのは、巨大な竜鱗。
黄金色に輝くその一枚だけで、一流の盾が何枚も作れると言われる。
「開始価格、一千万ゴルド」
「二千万!」
「三千万!」
「四千万!」
開始から十数秒で四倍。誰も躊躇しない。ようやく落札された価格は、開始価格の七倍を超えていた。
続く竜牙。
竜爪。
竜角。
竜骨。
どれも異常な価格で競り落とされていく。
途中、鍛冶師が頭を抱えた。
「欲しい……!」
「諦めろ!国庫でもなければ払えん!」
競りに参加する資格すらない。
そんな伝説級の競売だった。
やがて最後の商品が運ばれる。
透明な水晶容器。その中で黄金色に輝く液体。
「ドラゴンの血液です」
一瞬で空気が変わる。
錬金術。
魔法薬。
魔道具。
用途は計り知れない。
「開始価格、一億ゴルド」
そこからは、もはや競売ではなかった。
「一億二千万!」
「一億五千万!」
「二億!」
「二億五千万!」
国内外の役人
大商会
魔術師協会
互いに一歩も譲らない。
最後は、開始価格の三倍を超える価格で落札された。
「以上をもちまして、本日の競売を終了いたします。」
鐘の音が響く。参加者たちは興奮冷めやらぬまま帰路についた。
◇
帳簿を閉じた支配人が感嘆の息を漏らす。
「これほどの売上は、商会創設以来初めてです」
「ええ」
クラリスは静かに頷く。
「予想以上でした。これで最近、落ちてきている売上の補填には充分なったでしょう。」
「ところで、この利益は勇者様へ納めるのでしょうか?」
その問いにクラリスは首を横へ振る。
「いいえ」
帳簿の表紙へ、レオニスの名前を記載する。
「これはレオニス殿下の個人資産です。」
「ですが、王子殿下は——売却を依頼されただけでは?討伐されたのは勇者様ですよね?税金を国庫に納める以上、残った利益は勇者様が得るべきでは?」
クラリスは穏やかに微笑んだ。
「必要ありません。勇者は止めをさしただけで、それはレオニス殿下のパーティの戦いで弱らせていたから成せたことです。戦功の大部分はパーティリーダーであるレオニス殿下にあるといって過言ではありません。また、レオニス殿下はその個人資産の一部からもオークション開催の手数料としてローゼン商会に還元すると仰ってます。」
支配人は困惑するも、王子の名前を出されて、これ以上の反論はできなかった。
「では、この資金はこちらに記載の通りに管理します。」
◇
後日、学院の食堂。
「魔王を討伐するための部隊が編成され、学院からも徴兵されるらしいぞ。」
「ふーん。」
ルドルフの言葉に、アベルは学食で一番安い日替わり定食を食べながら顔を上げた。
「いよいよか」
「緊張してる?」
「いや、まだ実感がないな」
そんな他愛もない会話を交わしている。
もちろん、アベル本人は、ドラゴン素材が競売に掛けられたことすら知らない。
そして、その事実を知るのは、レオニスとクラリス、そしてごく限られた関係者だけだった。




