いきなり騎士団長直属の団に入団が決まりました 1
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合格発表日の三日後が初出勤のため、仕事がはじまるまでの三日の間に、わたしは猫の手を販売してくれそうな商会を探すことにした。
あては、あるにはある。
お母様の実家であるボーデ子爵家だ。
ボーデ子爵家は、十年ほど前に輸入品を扱う商会を興している。
母方の祖父母はまだ存命だが、ボーデ子爵家は数年前に伯父が代替わりをしていて、伯父夫婦は仕事の関係で年中王都暮らしをしていた。
まあ、ボーデ子爵家は領地を持っていないので、商いをしていなくてもほとんど王都暮らしだったのだが。
ちなみに、わたしの父ヘンリック・ハインツェルが投資で大損したときに借金の肩代わりをそれとなくお願いしに行ったらしいが、伯父様は「馬鹿に貸す金はない!」と激怒したらしい。
……うん。まあそうだよね。他人にお金を借りて慣れない投資をした挙句、金貨一万枚の借金を抱える羽目になったとか、普通は怒るわ。いくら身内でも、「仕方ないなあよしよし、私が何とかしてあげよう」なんて言うはずがない。何とかしてもらえるかもしれないと考えた父が甘いのだ。
伯父様は、何故投資をはじめる前に相談に来なかったと怒ったそうだが、まったくその通りだと思う。
お父様が頼るべくは、どう考えてもアンデルス伯爵ではなく伯父様だったはずである。
妻の兄に散々怒られたお父様はすっかり委縮してしまって、ボーデ子爵に頼るに頼れない状況に陥っているようだが、今のこの状況で一番頼れるのはやっぱり身内しかいない。
……あのおんぼろな邸も、なんだかんだで伯父様が口利きしてくれたんでしょう? お金は貸さないけど、路頭に迷わなくてすむように、安くて比較的よさそうな家を探してくれたって言うじゃない。感謝したほうがいいわよ~、お父様。
しかも、ほぼ無一文だった父たちを憐れんで、こっそりとお母様に金貨を数枚渡してくれたらしい。それがなければ食べるものにも困っていたはずだ。
そんなわけで、お金を貸してほしいとか、借金の返済を手伝ってほしいとか、そういう無茶なお願いでなければ伯父様は話を聞いてくれるはずだ。
わたしはお父様が作った「猫の手」を数本抱えて、王都のボーデ子爵家の邸へ向かった。
ボーデ子爵家は王都の貴族街に、子爵家にしてはかなり大きな邸を構えている。
顔見知りの門番がすぐに門を開けてくれて、玄関へ向かうと、好々爺然とした執事が迎えてくれた。
「マルガレーテお嬢様ではないですか。留学から戻られたんですね。しばらく会わないうちに、大人っぽくおなりで」
「ふふ、ありがとう。それから急いでいたから突然来ちゃったんだけど、伯父様はいらっしゃるかしら?」
「ええ、いらっしゃいますよ。呼んでまいりますので、サロンへどうぞ」
執事に通されてサロンで待っていると、伯父様より先に伯母様と、それから従兄である伯父夫婦の息子二人がサロンへ乗り込んできた。
「まあ、マルガレーテ! お帰りなさい。それから、大変だったのではなくて? 驚いたでしょう? それで、今はどうしているの?」
「マルガレーテ、あの馬鹿に婚約を解消されたんだってな。何ならうちの弟と婚約しとくか?」
「お帰りマルガレーテ。帰って来たなら連絡の一本くらいしろよな。まあ、それどころじゃなかったのかもしれないけどさ」
三人がわたしを囲んで同時にわいわい言いはじめる。
お願いだから順番に喋ってほしいのに、この一家は昔からこんな調子だ。商売をしていると押しが強くなるのだろうか。
とりあえず近況を聞いてきた伯母様に、聖魔法騎士団への入団が決まったと伝えると、三人がまた口々に「おめでとう!」と言い出す。
ただし、「おめでとう」だけでは終わらない。また三人が三人とも別々の質問を投げてきて、わたしが途方に暮れていると、ゴホンと咳払いの音がした。
……救世主!
扉を見たら、伯父様が苦笑して立っている。
「お前たち、マルガレーテは私に用があって来たんだ。ほら、部屋から出ていきなさい」
「久しぶりに会ったんですのに……」
「積もる話は今度すればいいだろう? マルガレーテも、聖魔法騎士団への入団が決まったなら忙しいはずだ。無駄な時間を使わせてはいけないよ。時間は無限ではないからな」
伯母様と従兄たちはむーっと口をとがらせるが、家長である伯父様の指示に逆らうつもりはないのか、素直に部屋から出て行った。
ホッとしつつ、わたしは伯父様に挨拶をして、それから留学から戻って来てすぐに連絡を入れなかったことを詫びる。
「気にしなくていい。驚いただろうしな」
「驚いたなんてものじゃないですよ……」
「私からもきつく説教をしておいたが、ヘンリックのあの性格では自分で領地を取り戻すことはできんだろうな。それで、ヘンリックに頼まれて来たのか?」
「まさか。いくらなんでも、お父様が作った借金を伯父様に肩代わりしてくださいなんて言えませんってば」
「理解してくれて助かるよ。さすがに金貨一万枚は、ぽんとやれるような金額じゃないからな」
「まったくです」
「ただまあ、何もしてやらないのはさすがに良心が傷むからね。一応、ヘンリックが作った借金が妥当なものだったのか、それから投資話がまっとうなものだったのかについてはこちらで調べさせている。調べた内容によっては借金の減額が叶うかもしれない。ただし、ヘンリックには言うなよ。あれはもう少し反省させるべきだ。いつまでも子供のようにのほほんとして、困った義弟だよ」
なるほど、それに関しては頭が回らなかった。
確かに、金貨一万枚という大金だ。普通はぽんと貸すようなお金ではない。伯父様の言う通り、何かおかしな点があるかもしれなかった。
……さすが伯父様、頼りになるぅ!
多少なりとも借金が減額されれば、それだけ返済が楽になる。この件は伯父様に任せておこう。いいようにしてくれるはずだ。
「それで、借金の話でなければ今日は何の用事なんだ? 連絡もなく突然訪ねて来るなんて、マルガレーテらしくないじゃないか」
「聖魔法騎士団への入団が三日後なので、それまでにお話を通しておきたかったんです。突然来てすみません。実は、借金返済のためにアイディアグッズ……じゃなくて、いくつか商品を開発して、それを売りたいと思っていまして。伯父様のお力が借りたいんです」
「何を売るつもりか知らないが、売れる見込みのないものは、いくら身内の頼みでも取り扱わないぞ」
「そう言うと思って、試作品を持ってきました」
わたしは持って来た袋の中から、試作品の猫の手を五本ほど取り出した。家にはまだ十本ほどの在庫があるが、全部は持って来ていない。まずは感触を見るためだ。好感触であれば追加で持ってくるように言われるはずなので、その時に在庫がなければ焦ることにもなるし。
「木の棒? にしては少し妙な形をしているが、これはなんだ?」
「これはこうして使うんです」
孫の手ならぬ猫の手をもって、わたしが背中をかく仕草をすると、伯父様がますます不思議そうな顔になる。
「そんなことをして何になる?」
「この商品の売りは『かゆいところに手が届く!』です。ほら、背中って自分じゃ搔きにくいでしょう? これ、結構気持ちがいいんですよ。お母様も気に入っているんです。ほら、試して試して!」
伯父様は怪訝そうな表情のまま猫の手を手に取ると、わたしと同じように背中をかりかりしはじめた。最初は半信半疑な顔をしていた伯父が、だんだんと「ほう」と感心したような顔になる。
「なるほど、単純だが、悪くはない」
「でしょう?」
「それで、これを売ると? 販売の仕方によっては売れなくもないとは思うが、ただの木の棒だ、高値はつけられないぞ。こんなものをちまちまと作って売っても、金貨一万枚を稼ぐには程遠いだろう」
……ふふふ、伯父様もまだまだ甘いわね!
主婦の知恵グッズは、一つ一つの金額が小さくともヒットしたら大金を稼ぎ出すのよ!
そしてこれは第一弾。これが軌道に乗れば第二弾、第三段も考えますとも!
わたしはにっこりと笑った。
「伯父様にお願いしたいのは、まずこれが売れるかどうか試してほしいのと、それから、伯父様が売れると判断したら、工場を作って量産して売ってほしいんです。そのうちの一部を権利として回してもらえれば、あとは伯父様の好きにして大丈夫ってことで」
「つまり、国内で販売するなり国外に輸出するなり好きにしろと?」
「そういうこと」
題して、全部丸投げして特許収入だけいただこう作戦だ。
伯父様は目を細めると、ふっと息を吐き出す。
「お前は昔からちゃっかりしているな」
「賢いって言ってください」
「ああ、賢いよ。ヘンリックとコルネリアの間に生まれたとは思えないほどしっかりしている」
伯父はふと真顔になって、じっと猫の手を見つめた。
「たったこれだけだと判断しにくい。感触を見るために先にこの五本だけ店頭に並べておくが、できるだけ早めに追加の在庫を持ってきなさい。最低でもあと三十本ほどはほしい。どのくらい動くか見てみたいからな」
「それだったら、店頭で実演販売……じゃなくて、使い方をレクチャーしながら売ってください。何なら見本として一本置いておいて、実際に使ってみてもらうのがいいと思います」
「そんな販売の仕方、はじめて聞いたぞ」
「はじめての商品だから、はじめての方法ですよ。使い方がわからなかったら売れないでしょうし、この気持ちよさがわかったら買ってくれるかもしれないじゃないですか」
「ふむ、一理ある。で、価格設定は?」
「お任せします。ただ、現在うちは厳しい状況なんで、できれば一本当たり銅貨三枚くらいの利益があると嬉しいです」
銅貨一枚でだいたい千円。今回は材料費もこっちで持って、製作も請け負っているので結構高めの設定だ。ちなみに銅貨だけ、その下に小銅貨という単位がある。小銅貨一枚でおよそ十円ほどの価値だ。それ以下の価値に相当するお金は存在しない。小銅貨一枚以下で売られているものはないから、必要とされていないのである。
もちろん一本当たり銅貨三枚程度の儲けでは金貨一万枚には遠く及ばないが、商品がヒットして量産体制が整えばまとまった収入が見込める。
「銅貨三枚か。こちらの利益も入れると銅貨五枚が妥当なところか。これ以上上げると平民相手にはちょっと厳しいからな」
伯父様が頭の中で素早くそろばんをはじいているのが見える気がした。
伯父様はもうからない商売はしない。猫の手は銅貨五枚なら売る自信があると言うことだ。
「わかった。一本を見本に、残り四本をすぐに店頭に並べさせよう。売れ行きは追って連絡する」
「伯父様、ありがとう!」
「可愛い姪の頼みだ、このくらいのことならなんてことないよ」
持つべきものは頼りになる伯父様である。
猫の手の販売ルートをゲットしたわたしは、ほくほく顔で家に帰ったのだった。







