不穏な噂 4
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「マルガレーテ、ほ、本当に、ここなんだよね?」
「そうよお父様、しっかりして!」
一週間後、わたしと父は迎えに来た馬車に乗って、フリードリヒ様のお邸であるシュベンクフェルト公爵邸へやって来た。
大きな門をくぐり、玄関の前で馬車が停まったので降りたのだが、お邸の大きさに早くも目が回りそうである。
……さ、さすが公爵家‼
使用人だけで百人くらいいそうな気がする。もっといるかも。
でーんと横に長いお邸の重厚な玄関扉から、執事と思しき品のいい初老の男性が顔を出した。
……ふ、服、大丈夫かしら?
仕立てる時間はなかったので、慌てて購入した既製品だが、わたしたちからすれば結構奮発したそこそこ上等な服である。しかし、目の前の執事の制服にも及ばないかもしれない。
……うぅ、マナーがなってないって思われたらどうしよう。
不安で仕方がないが、執事はにこりと優雅に微笑んで「お待ちしておりました」とわたしたちを邸の中に案内してくれた。
「旦那様とマクシム様はサロンでお待ちです。どうぞこちらへ」
「は、はい」
……一応手土産は持って来たけど、自作のアイスキャンディーじゃなくてどこか高級なお店で菓子折りを買った方がよかったかもしれないわね。
サロンへ向かうと、フリードリヒ様とマクシム様がお茶を飲みながら談笑していた。
わたしたちに気づくと、メイドを呼んでティーセットを入れ替えさせる。
「呼び出して申し訳ない。どうぞ」
フリードリヒ様が立ち上がって、父とわたしに席を勧めてくれる。
聖魔法騎士の詰襟の白い制服ではなく、薄いグレーのシャツを無造作に羽織ったラフな格好だが、これがまたとんでもなくカッコよかった。
マクシム様の方も半袖の黒いシャツだが、筋肉隆々としているので窮屈なのか、ボタンが上から三つもあけられている。
……前世にもいたわよね。こういう、ちょい悪おやじ。
「あ、これはつまらないものですが……」
冷凍庫事アイスキャンディーを渡そうとすると、フリードリヒ様が受け取る前に何故かマクシム様が受け取った。
「気ぃ使わせて悪ぃなあ!」
「おい!」
さっそく冷凍庫を開けてアイスキャンディーを取り出したマクシム様にフリードリヒ様が顔をしかめた。
「なんだ、お前も食べるか?」
「そうじゃなくて、あとにしろ! 失礼だろうが」
「堅苦しいこと言うなって! それにこんくらいの方が、伯爵もお嬢ちゃんも気を使わなくていいだろ? なあ?」
同意を求められてどう答えたものかと悩んでいる横で、父が「その通りです」と頷いた。
……お父様~!
緊張でカチンコチンに固まるよりはいいかもしれないが、そこで素直に頷いたらダメだろう! 気持ちはわかるけども!
マクシム様があっという間にアイスキャンディーを食べ終えて、新しいティーセットが運ばれてきたところで、フリードリヒ様が改めて呼びつけたことに対して詫びを言ってから本題に入った。
「言いにくいことを訊くようで大変申し訳ないのだが、ハインツェル伯爵、去年の投資話について覚えていることがあったら教えてくれないだろうか。どんな人物に持ち掛けられたのかとか、どんな内容のものだったのかなど、何でもいい」
「そうですね……」
お父様は記憶を探るように視線を少し上に上げた。
「あれは……初夏のことだったでしょうか。我が家に行商人が営業に来たのですよ。我が家には懇意にしていた行商人がいたのですが、その彼ではなく、はじめて見る顔で、海を挟んだ南の大陸だか島国だかの製品を輸入して取り扱っているそうで、我が家にもどうかと言われましてね。ただ、扱っているものが珍しい宝石だったのでねえ……。我が家には高い宝石を何個も買うような余分な金はなかったので、妻が欲しがった小さな耳飾りだけ買って、続けての取引は断ったんですよ」
「珍しい宝石?」
「ええ。私にはよくわかりませんがね、朝と夜で色が変わる宝石で……ええっと、今日、妻から預かって来ておりまして……」
父がシャツのポケットから無造作にイヤリングを取り出した。ポケットに無造作に宝石を入れるなんて父らしいが、落としたりしたら大変だと思わなかったのだろうか。
「借金を作った時に妻の宝石類もほとんど売り払ってしまったんですがね、これは、その……、欲に駆られて慣れない投資になんてもう手を出さないように戒めとして取っておこうと、売らずに置いておいたんです」
「というと、この宝石は投資にかかわっているのか」
「ええ。私が引き続きの取引を断ると、何故なのかとしつこく食い下がられましてね。ほとほと困りまして、我が家にはそんな金はないのだと正直に答えたんですよ。そうしたら、この宝石の輸入に関する投資話を持ち掛けられましてね」
フリードリヒ様とマクシム様が顔を見合わせた。父の話に何か気になる点があるのだろうか。
「耳飾りを見せていただいても」
「ええ。構いませんよ」
フリードリヒ様は使用人にルーペを持ってこさせる。
「カラーチェンジをすると聞いたからアレキサンドライトかと思ったが、違うな。詳しく鑑定させなければはっきりとしないがアンデシンの可能性が高い」
「カラーチェンジタイプのアンデシンか。アンデシンはこの近辺では取れない。他の大陸からの輸入つーのは間違いないだろうな」
「ああ、だが、流通量は極めて少ないはずだ」
「そこに目を付けたってことだろう」
「そうだな。……ハインツェル伯爵。この宝石の輸入について、どのような投資話を持ち掛けられたのか教えてくれないだろうか」
フリードリヒ様は耳飾りを父に返して、話の続きを促した。
父によると、持ち掛けられたのは、この宝石の採掘と流通に関する会社への投資だったそうだ。
行商人はその会社から宝石を買い付けているそうだが、採掘と運搬費に莫大な費用が掛かるため、その会社が投資家を探していると教えられたらしい。
この宝石は流通量が少なく、隣国でも人気が出はじめているので、莫大な利益が見込めるのはわかっている。必ず儲かる。今が一番投資するにいい時期だと勧められて、必ず儲かるなら将来家を継ぐエッケハルトのために頑張ってみようかと、昼行燈がいらぬ向上心を起こしてしまった。
「ですが、人気の投資先で、大きな事業でもあるから、投資は一口金貨一万枚だって言われましてね。そんな金はないので、諦めようと思ったんです。しかし、そのときちょうどヨアヒム君が来ていましてね」
「ヨアヒム?」
「マルガレーテの婚約者ですよ。あ、いえ、元ですがね。……この子にも申し訳ないことをしてしまいまして」
いや、ヨアヒムと婚約を解消できたのはむしろ万々歳だったので、父が気に病むことはどこにもない。
「そのヨアヒム君が、絶対もうかるなら金貨一万枚程度なら貸してやると」
「それはずいぶんと太っ腹なことだな」
フリードリヒ様が腕を組んで眉を顰める。
マクシム様も、がりがりと頭をかいた。
「普通はポンと出せるような額じゃあないよな。こいつんちみたいに馬鹿みたいな金持ちならいざ知らず」
「私でもポンと出せるような額ではない」
……まあ、日本円で十億円ですからね。いくらお金持ちでも、いいよ貸してあげるよ~と気楽に渡せる額ではない。
「ええ。ヨアヒム君も、貸してくれるとは言いましたけど、さすがに無担保で金貨一万枚も金を貸したら父に怒られると言いましてね」
「……それでお父様ったら、邸と領地を抵当に入れたのね」
「そうそう、そうなんだよ!」
……そうなんだよ、じゃないからねお父様。
貸してやると言われて「じゃあお願いします」と気楽に借りられる額でもなかろうに、父の能天気さにあきれてしまう。
……ま、おおかた、必ず儲かるって言葉をそのまま鵜呑みにしたんでしょうけどね。
「それで、その投資だけど、どうして失敗したの?」
「ああ、そうそう。宝石をこちらの大陸に運搬中にね、船が難破したらしいんだ。おかげで積んでいた荷物も全部海の底で、商談のために船に乗っていた社長さんも亡くなったらしくてね。大損を抱えて会社は倒産するしかなくなったんだって」
「それで、金貨一万枚どころか一枚も戻ってこなかった、と」
「そうなんだよ。投資って怖いねえ」
……怖いねえ、じゃないわよお父様‼
相手の会社が倒産したのだから文句を言うところもないのかもしれないが、だからって泣き寝入りするしかないのは情けなさすぎる。
がっくりと肩を落としていると、フリードリヒ様が何やら怖い顔でとんとんとこめかみのあたりを指先で叩いていた。
きっと、あまりに情けない話を聞いて、あきれているに違いない。
「ハインツェル伯爵、その時に交わした投資の契約書は持って来てくださいましたか?」
「ええ。事前にお聞きしておりましたので……」
投資先がなくなったのだから、この契約書なんて紙くずでしかないが、父は耳飾りと一緒に「戒め」として残しておいたようだ。
父がフリードリヒ様に投資契約書を差し出すと、マクシム様も横からそれを覗き込む。
「他のと似てるな」
「ああ。内容が似ているから、同じである可能性が極めて高い。伯爵、この契約書なのだが、しばらくこちらで預からせていただいて構わないだろうか」
「ええ、構いませんよ。ただ、その契約書は、もう何の価値もないと思いますがね」
すると、フリードリヒ様がにやりと笑う。
「案外、そんなことはないかもしれないぞ」
……ってことは、マクシム様が探っていた投資話に関係がありそうなのかしら。もしそうだとしたら、お父様にこんなふざけた投資話を持ち掛けて借金を抱えさせた犯人を捕まえてとっちめてほしいわね!
フリードリヒ様とのお話は以上で、わたしたちは帰宅していいと言われたので、フリードリヒ様が手配してくれた馬車に揺られて家に帰る。
……ふぅ、緊張して肩凝っちゃったわ! あとで湿布薬貼っておこうっと!
コキコキと肩を鳴らしながら玄関をくぐったわたしは、バタバタと慌ただしい足音に顔を上げた。
母とエッケハルトが、青ざめた顔で走って来たのだ。
「マルガレーテ、大変よぅ!」
お母様の手には、封筒が一通握られている。
何があったのかしらと首をひねったわたしの袖をつかんで、エッケハルトが興奮した声で叫んだ。
「王妃様から、お茶会の招待状が届いたんだ‼」
わたしはぱちくりと目をしばたたき――
「なんですって――⁉」
思わず、大声で叫んでしまった。
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