不穏な噂 1
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ヨアヒム・アンデルスは苛立っていた。
それというのも、最近王都の話題を独占しているハインツェル伯爵家のせいだ。
ハインツェル伯爵家はこの春から突然商売をはじめ、そこで取り扱っている商品が世の中の関心を強く引きつけている。
というのも、それらすべてに「国王陛下御用達」という、普通ではあり得ない七文字が付けられているからだ。
国王陛下が好んで使っているものを、国民が興味を示さないはずがない。
おかげで、貴族平民問わず、ハインツェル伯爵家の作った商品は爆発的に人気が出た。
あの能天気なハインツェル伯爵だけなら、こちらとしても妨害工作が取れたが、背後にボーデ子爵家がついていれば話は別だ。
ボーデ子爵は商売っ気が強く、かなりの切れ者で、社交界、経済界の重鎮にも顔が効く。妨害しようにも、ヨアヒムでは手が出せない相手だ。
(くそ……、これもすべてマルガレーテのせいだ! あいつが何か入れ知恵したんだ! そうとしか思えない!)
マルガレーテが留学中に借金を背負わせて領地を取り上げ、婚約の解消までしたというのに、ハインツェル伯爵家はそんな社交界の醜聞をあっという間にひっくり返してしまった。
けれども、マルガレーテが戻って来るまではこうではなかったのだ。
あの女が――留学から戻って来たマルガレーテが、あの小賢しい頭で考えたことに違いないのだ。
ヨアヒムは昔からマルガレーテが嫌いだった。
祖父に決められて婚約したが、マルガレーテはいつもいつもヨアヒムの自尊心をひどく傷つける。
幼いころからやけに大人びていたマルガレーテは、あの能天気な夫婦の間に生まれたとは思えないほど頭の切れる女だった。
そのおかげで、ヨアヒムはいつもマルガレーテと比べられて、こう言われる。
――婚約者に負けないように頑張りなさい。女の子に負けたら格好悪いだろう?
ヨアヒムだって努力していた。
使い手が少なく難しい聖魔法も覚えたし、勉強だって頑張ったはずだ。
けれども、そんな努力を嘲笑うかのようにマルガレーテは先に行く。
――女のくせに出しゃばるな‼
何度そう言っても、あの女は改心しない。
ヨアヒムの不満と苛立ちは年月を経るごとに積もりに積もり、そしてあの日、ついに爆発した。
コーフェルト聖国への留学者を決める、選定試験の合否発表の日だ。
ヨアヒムは十六の歳のときから毎年毎年、何度も落とされながら今年こそはと意気込んで選定試験に臨んでいた。
結果はいつも不合格だった。だが、貴賤問わず募集される選定試験には、毎年二百から三百人近い受験者が試験に臨む。
合格者は、その中うちの三人だけ。
百人中一人しか受からないような狭き門なのだから、落とされるのも仕方がない。年齢に上限はないのだから、何度でも挑戦できるのだ。続けていればきっと結果が出るはず。
そう自分を鼓舞しながら、ヨアヒムは選定試験を受け続けていた。
しかし――
ここでも、マルガレーテは先に行った。
しかもはじめて臨んだ留学の選定試験で、首席で合格してしまうという快挙まで成し遂げて。
あの時だ。
マルガレーテとの婚約を解消しようと思ったのは。
あんな女と一生を共にするなんて、ヨアヒムには耐えられない。
しかし、婚約を解消しようにも、父と母は、亡き祖父が希望したことだからと許してくれない。
それならば、婚約を解消しなければならない状況に落とすしかなかった。
だから、あの能天気なマルガレーテの父ヘンリック・ハインツェルに投資話を持って行かせた。
人を疑うことを知らないヘンリックは、絶対に儲かるという言葉を信じ、そして、金を貸してやると言ったヨアヒムの言葉もただの親切として受け取った。
本当に、頭の中がお花畑な男だ。
アンデルス伯爵家の貸金庫から勝手に大金を持ち出したことがばれて、あとあと父からは大目玉を食ったが、その金をヘンリックが投資で刷ったと知った父は絶句した。
貴族は、善良なだけではやっていけない。
ヘンリック・ハインツェルという人間が、いかに伯爵として無能なのか、父はようやく知ったのだろう。
借金の際に抵当に入れさせていた領地を奪い取ればいいと言ったヨアヒムの言葉にも、意外にも父はあっさりと頷いた。
それはそうだ。
いくら父でも、金貨一万枚の損失に目をつむれるはずがない。
おかげで、そのあとのヨアヒムとマルガレーテの婚約解消の話はとんとん拍子にすすんだ。
父がヘンリックに、借金を返済したら領地を返してやると言ったときには余計なことをと思ったが、あの男にそんな技量があるはずがない。一生かかっても無理だ。
これでハインツェル伯爵家はつぶれたも同然だ。爵位自体は残っているが、名ばかりの爵位に興味を示す人間などいようはずがない。
マルガレーテは、ヨアヒムの企みによって何もかもを失ったのだ。
そう思うと、溜飲が下がるような気持だった。
留学から戻ってきたとき、さぞ驚くだろう。
ざまあみろ!
しかし、ヨアヒムのそんな優越感も、長くは続かなかった。
留学から戻って来たマルガレーテは、またしてもヨアヒムを嘲笑うように先に行く。
留学者ですら一発合格は難しいと言われる聖魔法騎士団の入団試験にあっさりと合格し、新人で第一聖魔法騎士団への入団を決めてしまったのだ。
それだけでもはらわたが煮えくり返る気持ちだったのに、マルガレーテが戻って来てから、落ちぶれていたハインツェル伯爵家が息を巻き返しはじめたのである。
先日なんて、父宛に、借金の返済の目途が立ったなどという手紙が届いていた。
父はヘンリックから領地を奪い取ったことに心を痛めていたようで、その手紙を受け取ってひどく安堵した顔をしていた。それがさらにヨアヒムの怒りに油を注ぐ。
なんなんだ!
これも全部、マルガレーテのせいだ!
ヨアヒムはぎりぎりと奥歯を噛んだ。
何とかしなくてはならない。
あの女が幸せそうに笑っているなんて、ヨアヒムは絶対に許せないのだから。
ヨアヒムはしばらく考え、そして笑った。
そうだ、あの男ならまた知恵を貸してくれるはずだ。
大丈夫、次はもっと――、決して這い上がれない奈落の底に、叩き落してやればいい。
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