役目
母屋は炎に呑まれ、母も祖父母も還らぬ人となった。
納屋に閉じ込められていた辰だけが、生き残った。
寄る辺を失った辰は、ほどなくして銀狼屋に引き取られた。
あの火事の、三日前のことだ。
銀狼屋には、一人の山伏が招かれていた。
嫡男である日左衛門は、生まれつき病がちで、床に伏すことも多かった。医者に診せても一向に快方に向かわず、咳と熱を繰り返していた。
夭折の兆しは、誰の目にも見え隠れしていた。
それでも家中の者は皆、その事実から目を背けていた。正妻が病弱で、次子を望めぬことは、暗黙のうちに弁えられていたのだ。
だからこそ、銀狼屋の主人は、藁にもすがる思いで山伏を招いたのだろう。
祈祷を終えた山伏は、主人と向かい合い、静かに告げた。
「病そのものが、命を蝕んでおるのではございませぬ。この御子には、夭折の相がございます。いかに祈りを重ねようとも、この相を祓うことは叶いませぬ。命数は、生まれながらにして短うございます」
助かる道はないのか、という主人の問いに、山伏はしばし黙したのち、答えた。
「お家を繋ぐ血と縁を、絶やさぬ備えをなさること。それが、御子のお命を繋ぐ唯一の道やもしれませぬ」
その三日後。
銀狼屋に、ひとつの知らせが届いた。
使え筋の家で火事があり、母と祖父母を失った庶子が、納屋に閉じ込められたまま生き残ったという。
その庶子が、辰であった。
銀狼屋の主人は、辰を引き取ることを決めた。
孤児に情けをかけたからではない。
父として、我が子を想ったからでもない。
日左衛門の命を繋ぐため。
それが叶わぬのならば、せめて、銀狼屋の血を絶やさぬため。
そのために、辰は引き取られたのだ。
辰がそれを知ったのは、銀狼屋に引き取られた後のことだ。
知ったところで、どうということはなかった。
誰かの役に立つために生かされる。
それは、至極当然のことだった。
これまでは、母のために生きてきた。結局、何の役にも立てなかったけれど。
母を失い、生きる意味も失った。このまま朽ちるのを待つばかりであった辰を、銀狼屋は必要としているらしいのだ。
ならば、今度は銀狼屋のために生きねばなるまい。
あの火事と、山伏の言葉。
それらが最初から繋がっていたのだとすれば、辰が銀狼屋に引き取られることも、あらかじめ定められていたことなのだろう。
辰は、そう思うことにした。
そうして、寄る辺を失った孤児である辰は、銀狼屋の下働きとして、迎え入れられた。




