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第四話 忠心と懸想③

 ◆

 翌日、約束通りロザリーはフロレンツィアとルートヴィッヒに付き添って湖畔(こはん)へと出かけた。湖畔は領主の屋敷の裏手を少し歩いた先に広がっていて、


「わあ、本当に綺麗だわ」


 快晴の空を映す磨かれた鏡の様に澄んだ水面(みなも)は圧巻の一言に尽きた。反対の岸辺では水鳥が(たわむ)れ、近くの木々からはらりと舞う黄色や臙脂(えんじ)の落ち葉が一面の絨毯(じゅうたん)を作っている。


「この辺りも一応屋敷の敷地内になるんだが、何分広すぎてね。民たちにも開放しているんだ」

「本当に、素敵な場所ですわ」


 フロレンツィアは上機嫌でルートヴィッヒに微笑みかける。二人が仲睦(なかむつ)まじく語らう様子を後方から眺めるロザリーもその様子に笑みを浮かべた。


「あそこが管理人の小屋です」


 湖畔の一角に船着き場とそれに付随(ふずい)する小さな小屋が見える。小屋の側に()の囲いがあって静かな湖畔に(せわ)しない鳴き声が響いていた。小屋の前では陽に焼けた肌が若々しい老人と、子供が五人ほど集まって楽しそうに戯れている。


「こんにちは、バムルさん」

「おお、領主様。お久しゅうございます」


 バムルと呼ばれた老人はルートヴィッヒの顔を見ると、以前ブドウ畑で垣間見た領民たちと同じように嬉しそうに手を振った。周りにいた子供らもわらわらとこちらに駆け寄ってくる。最近ロザリーがよく遊んでいる子供たちとはまた違った顔ぶれの少年少女たちだ。


「ここに来るのは珍しいですな。鵜飼猟をなさりに来たので?」

「ええ。私、というか彼女に是非教えてやっていただけないかと」


 ルートヴィッヒは後方に控えていたフロレンツィアを指しバムルに告げた。バムルは目を白黒させて小綺麗なドレスに身を包んだフロレンツィアを一瞥(いちべつ)し、


「ああ! ひょっとして領主様のお嫁さんですか!」


 嬉しそうに手を叩いてフロレンツィアに握手を求めた。


「えっ、領主様のお嫁さん⁉」「領主様結婚したの?」


 子供たちも興味津々でルートヴィッヒに詰め寄る。ルートヴィッヒは勢いに()まれそうになって苦笑いで頬を()いた。


「まだ婚約中だよ」

「こんやく? なにそれ?」

「将来結婚しましょう、って意味だ。だからまだお嫁さんじゃない」

「よくわかんないけどいつか結婚するんでしょ? それなら一緒じゃない?」


 ルートヴィッヒの説明は大して理解されなかったらしく、ルートヴィッヒはまた苦笑した。

 子供たちはフロレンツィアにも(むら)がってあれやこれやと質問を投げかける。たちまち賑やかになった湖畔で、鵜の鳴き声がかき消された。


「お姉ちゃん、私が鵜の(あつか)い方教えてあげる!」

「これ、お嫁さんに失礼だろう! さあさあ、お嬢様。どうぞこちらへ」


 結局婚約と結婚の違いは無視されたまま、フロレンツィアは子供たちに手を引かれ、バムルに鵜の(あやつ)り方を教えてもらい早速鵜飼猟に(きょう)じ始めた。あとにはロザリーとルートヴィッヒが残され、


「お前はやらなくていいのか?」


 湖に面したテラスのテーブルに座ったルートヴィッヒがロザリーに笑いかける。


「私は結構です。鵜飼猟って貴族の娯楽でしょう?」

「別にそうとも限らねぇけど。……じゃあ、そんなところに突っ立てないで座ったらどうだ?」


 ルートヴィッヒが自分の座っている長椅子を叩いた。隣に来い、とでも言いたいのか。


「私は従者ですので、旦那様と同じ椅子になんて座れません」

「……」

「そんな物騒な顔で睨んでも無駄です」


 断固としてその場から動かないでいると、ルートヴィッヒは渋い表情を崩した。


「……せっかくお前と二人きりで話せると思ったのに」


 ふいに聴こえた呟きにロザリーは耳を疑った。


「屋敷だとお嬢様に付きっきりだし、外に出ればいつの間にかガキどもと遊んでるし、本当に捕まらねぇんだよ、お前」

「……なんで私と二人きりになる必要が?」


 婚約者であるフロレンツィアとならともかく、従者のロザリーと屋敷の主人が二人きりで話していたら不審に思われるに決まっているだろう。


「私の事なんて気にせず、ルートヴィッヒ様はお嬢様と親交を深めてください」


 そっけなく言い放つとルートヴィッヒは苛々(いらいら)と眉を(ひそ)めたので、ロザリーは深いため息をついた。


「使用人の方々が心配してましたよ。ルートヴィッヒ様の縁談が上手くいくかどうか」

「……」


 ルートヴィッヒは苦虫をかみつぶしたような顔をした。その表情にロザリーは唖然(あぜん)とする。


「まさかルートヴィッヒ様、フロレンツィア様では不服だと?」

「……」

「お嬢様のどこがご不満なんですか?」

「いや、別に不満とかじゃなくて……」


 どうにも歯切れの悪い返答にロザリーのフラストレーションが()まっていく。確かにフロレンツィアは奔放(ほんぽう)我儘(わがまま)なところがあるけれど、心根は優しいし従者であるロザリーにも気を使ってくれる。気立てもよくて、可愛らしくて、


「あんな可愛らしい方に好意を寄せられてるのに」


 もしロザリーが男だったらフロレンツィアみたいな女の子に好かれたらきっと嬉しいに違いない。だが、当のルートヴィッヒはやはり渋い顔をして黙っている。――と、ふと昨日使用人の二人が言っていた事を思い出した。


「もしかして、他に想う方がいらっしゃるとか?」

「……っ!」


 その瞬間、ルートヴィッヒがあからさまに動揺した。露骨に目を反らすその横顔に、ロザリーはまたしてもズシリと心臓が重くなる。

 それはフロレンツィアが不憫(ふびん)だと思ったのか、それともこの男を(あわ)れに思ってしまったからなのか。

 ――あるいはまた別の理由か。


「……どんな理由があったって貴方はフロレンツィア様の婚約者です。大切にしてもらわなければ困ります」


 ロザリーだってフロレンツィアの幸せを願っているのだ。たとえ相手が別の人を想っていたって関係ない。だがそう言うとルートヴィッヒはあからさまに機嫌を悪くした。


「俺が誰を想おうが俺の勝手だ」

「なっ……そうかもしれないけど! でも――」

「お前は父親の劇団を再興させたいだけなんだろ? そのためにエルメルト卿と契約して、あのお嬢様に()び売ってるんだもんな」

「……っ!」


 ロザリーはカッとなって思わず腕を振り上げて、――ぎりぎりのところで理性が働いた。いくら気に食わないからと言って、この男を殴るわけにはいかない。だが、それでもロザリーの中に湧き上がる屈辱(くつじょく)と怒りは収まらない。


「……殴らないのか?」


 ルートヴィッヒはにやりと笑った。挑発的な言い方にロザリーは益々(ますます)頭に血が上ったが、それでもぎりぎりのところで何とか(こら)えて、


「お前になら殴られても文句言わないのに」

「――え?」


 それなのにルートヴィッヒはどこか悲しそうに吐き捨てる。その落差がロザリーを混乱させた。

 ルートヴィッヒの手がロザリーの腕に伸ばされる。


「ロザリー、お前は――」


 酷く弱弱しい声がロザリーを呼んだのでロザリーは握り拳を降ろした。(うつむ)いてロザリーを捕まえるルートヴィッヒは何故か(おび)えた様子でロザリーに(すが)る。

 気づけばこの人はいつも苦しそうな顔をする。それは大抵がロザリーに対し向けられるもので、どうしてそんなに思いつめているのかロザリーには理解できなかった。


 停滞する二人の間に――ひと際強い風が吹いた。

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