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後編



 一年後、ケヴィンとアンは結婚式を挙げた。

 身分の問題はあったが、アンが反乱を鎮圧して武勲を上げ、騎士団の副隊長にまで昇格したため、国王がその働きを認めて許可を出したのである。



 二人の結婚式にはもちろんベアトリスとダニエルが招待され、幸せな式を特等席で見ていた。

大勢の人がアンとケヴィンを祝福する中、遠く離れた場所で一台の馬車が止まっていた。

 すすけた茶色の地味な馬車は誰にも気に留められない。


 中には一人の老人と一組の夫婦が座っていた。若者という年ではなかったが顔かたちは整い、庶民の服を着ているがどことなく品が漂う。


「パトリシア。もう泣くな。この喜びの日に涙は相応しくないぞ」

 優しさに溢れた男の声が馬車の中に響く。


「だってだって、もう二度と会えないと思っていたあの子がそこにいるんですもの……これが泣かずにいられますか。それにあなただって泣いているではありませんか」

 パトリシアと呼ばれた女性はハンカチを目元に当てながら言う。

 

「……ああ、バレてしまったか。あまりにも嬉しくてね」

 男は照れながらも目を真っ赤にして小さく笑った。


 向かいに座る老人も同じように目を真っ赤にしている。

 彼はヒュアード公爵、パトリシアは彼の娘で隣にいる男はデルシアナ国王の王弟である。


 18年前、ジェシカはパトリシアの生んだ娘を攫ったのである。

後に捕まった彼女は「パトリシアが産んだ子は人間の姿かたちをしていなかった。お前は化け物を産んだのよ!! このお腹にいる子こそ王子の子供よ!!」と複数の男性と関係して孕んだ腹を王子の子だと言って憚らなかった。

 力づくで赤子の居場所を問いただそうとしたが、ジェシカの心酔者が大勢いたためそれもできず、罰を与えるにしても国外追放がやっとだった。ジェシカは裁判官までも篭絡していたのである。


 ヒュアード公爵はケヴィンに連れられてあのパーティに出席して初めてアンを見た時、愛娘の面影を見たのである。もしかしてと一縷の希望を抱きながらアンを調べたところ、年周りも同じで孤児、さらにあの見た目に反して腕っぷしが強く騎士にまでなったという。

 その強さは聞けば聞くほど『剛拳の王子』と謳われたパトリシアの夫、アレックス王子にそっくりだった。そして彼女は下町の娘とは思えないほど完璧な礼儀作法と品格を身に着けたらしい。それはきっと、赤子の時に触れあった母パトリシアとの思い出があるからかもしれない。そう思うとヒュアード公爵は年甲斐もなく、嬉しくて涙をこぼした。


 ヒュアード公爵はさっそくパトリシアたちに伝えてその夜は祝杯を挙げた。

 パトリシアは娘をすぐにでも迎えに行きたいと言ったが、アレックスはそれを渋った。

「もちろん僕もいますぐ迎えに行って抱きしめたいよ。でも、彼女は隣国メルディアン王国で幸せに暮らしているんだ。しかも騎士の副隊長まで上り詰めている。だけど、王弟の娘となると自由に剣が振るえないだろう? 僕たちのわがままであの子の未来を奪ってはダメだ」

 アレックスは目を赤くしながら言った。

 パトリシアは泣きながら頷き、親と名乗り出ることを諦めた。


 しかし、せめて彼女の成長を知りたいと思い、メルディアン王国の国王に事情を話してアンの様子を知らせてくれるように頼んだ。

 定期的に届けられるアンの絵姿と武勇伝にヒュアード公爵とパトリシアたちは泣いて成長を祝った。

 そしてある日突然、「アン殿が結婚されます。結婚式に出席されますか?」と通達が来たのである。一も二もなく頷いて、ヒュアード公爵と王弟夫婦はメルディアン王国に休みなしで馬車を走らせたのである。


 庶民の馬車に偽装し、こうして三人は遠くからアンの結婚式を眺める。

「まさかこうも早くお嫁に行くとは思わなかった。アンとウェディングアイルを一緒に歩きたかったなあ……」

 アレックスがしみじみとつぶやく。

 本来ならば時間をかけてアンに近づいて、折を見て名乗る予定だったのだが、急な話で心の準備ができなかったのである。メルディアン国王は「結婚式のときにご家族として名乗り出られては? もちろん身分を隠して」と申し出があったが、迷っているうちに当日を迎えてしまったのだ。

 しかたないと思いながらも、たらればを考えてしまう。

「わたくしも母親として娘を送り出したかったですわ」

 パトリシアは目頭を押さえる。

 

 馬車の中から教会は見えるが、それでもより多くを求めてしまう。

 すると、新郎新婦の一団が移動しているのが見えた。どこに向かうのだろうと窓から覗いてみると、楽団の音とともにこちらに向かってくる。


「え、ええ? どういうことなのかしら。あ、もしかしてこの場所でダンスをするのかもしれないわ」


「それは大変だ。早く馬車を出そう。御者! どこでもいいから早く出してくれ!」

 御者は返事をするものの、一向に動かす気配がない。


 そうしているうちに一団は数十歩というところまでやってきた。

 パトリシアとアレックス、ヒュアード公爵が青くなる中、白いドレス姿のアンが裾を持ち上げて駆けてきた。


「初めまして! あなた方の娘のアンです!!」

 満面の笑顔でアンは言い切った。


 驚きのあまり声が出ない三人に、アンの言葉が続く。

「デルシアナ王国の侯爵閣下と奥様ですよね。私の後見人を務めて下さってありがとうございます!! 内務府の方から、お二人が後見人になられたからケヴィン様との結婚に問題がないと言って頂けました。今日、いらっしゃるというので心待ちにしていたんです!!」

 笑顔で言い切るアンの後ろで見知った顔の内務府長官が、満面の笑顔をこちらに向けている。


 ありがたいやら心の準備ができてないやらでパトリシアとアレックスは泣くことしかできなかった。

 アンはヒュアード公爵に気が付くとにこりと微笑む。

「ヒュアード公爵。その節はお世話になりました。よろしかったら式をご覧になって下さい。この国の結婚式は最後に大きな風船が飛ぶんです」

 アンは騎士らしく胸に手を当てて礼をした。

 美しく成長したアンを見てヒュアード公爵は目頭が熱くなる。

嬉しさを滲ませた震える声で答えた。

「ありがとう。それはぜひ見させてもらうよ」

 ヒュアード公爵の言葉にアンはもう一度微笑み、最後にケヴィンと一緒に礼をして再び楽団と共に教会へと向かって行った。



 内務府長官がにやにやとからかうように言う。

「よろしいんですか? 父親の代わりはクレメール侯爵が名乗りを上げておりますが、今なら立候補しても間に合いますよ?」

 アレックスとパトリシアは間髪入れず立ち上がった。

「もちろんやるとも!!」

「わたくしも! 母親としてあの子の世話を焼かせてちょうだい」


 ヒュアード公爵は真剣な顔で内務府長官に言った。

「私も祖父として何かしたい!」

 しかし、内務府長官は苦い顔をした。


「公爵閣下は顔が知られていますから無理があるでしょう。他国の来賓とするのがせいぜいですよ」

 その言葉にヒュアード公爵は男泣きに泣いた。


 こうしてアンの結婚式は実父アレックスに伴われながらウェディングアイルを歩き、実母パトリシアに祝福されながら、幸せに幕を閉じた。


 唯一、ふてくされているのは来賓用の席に座らされたヒュアード公爵である。



 デルシアナ王国に帰国したヒュアード公爵は毎日、娘夫婦に正体をアンに明かせとせっついて回る。

「そうすればわたしは堂々とアンにおじいちゃんと呼んでもらえる! はやくせい!!」

「あら、でも王弟夫妻の子と知れたら今みたいにお忍びで一緒に買い物もいけませんわよ」

「お義父さん。アンが努力して掴んだ騎士の座をやめさせられるのは可哀そうだと思いませんか?」

 と正論で返され、ヒュアード公爵は今日も涙を呑むのである。




 辛抱が堪り兼ねたヒュアード公爵は後日、「おじいちゃんと呼んで下さい」といきなりアンに告げて周囲を驚かせるのだが、意外にアンがあっさりと受け入れ、「祖父と呼べる方がいなかったので嬉しいです。おじいちゃん。よろしくお願いします。あ、でも公式の場ではダメですよ」と言い、公爵を喜ばせた。

 アンは公爵に懇願されたとき、身分を気にして断ろうかと思ったのだが、デルシアナ王国の公爵夫妻の養子になったことと、「この人がおじいちゃんだったらいいな」と思っていたので引き受けたのである。



なお、内務府の上層部では『いつ正体をばらすか』という賭けが行われているのだが、今のところ「二十年は無理」に賭けた内務府長官の一人勝ちである。


「だって今のままでも十分幸せそうなんだもの」


 内務府長官は窓の外を見る。

 そこからは騎士官舎が見え、ちょうど門からアンとケヴィンが出てきたところだった。王弟夫妻と公爵が駆け寄ってアンを囲む。

 その姿はどこにでもいる微笑ましい家族の姿で、内務府長官はそれを見るたび心が温かくなる。

 正体を明かさなくても愛で溢れる家族には変わりない。

 きっと二十年後も微笑ましい家族のままでいるのだろう。


 内務府長官はそのときまたヒュアード公爵をからかってやろうと楽しみにしているのである。


end


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