vs.転校生④
身体の真ん中を大砲で撃ち抜かれたような衝撃。
息ができず一瞬意識が飛び、無音の世界に放り込まれる。
回転するジェットコースターみたいに前後左右、上も下も分からなくなる強烈な浮遊感。
無我夢中で伸ばした手がグンッと引っ張られるの同時に、ようやく感覚が現実に引き戻された。
「あれーま、ありゃ随分と荒ぶってんねー。いったい何をどうしたらああなっちゃったわけ、孝太クン?」
何とものんきな声に促されて目を開ければ、太い枝の上にバランスよく立つ天狗さまが下を見下ろしていた。
ポイッと手を離されてとっさに横にあった幹に抱きついたところで、自分達が高い木の上にいるってことに気がついた。
「みっみろ…ゴホゴホッ!」
身体に受けた衝撃が大きくて、息を吸うのにも痛みが走って咳き込んだ。
葉の少ない木の天辺で、雨に打ち付けられて一瞬でびしょ濡れになる。
弥勒くんの視線を辿るように下を見れば、そこにあったのは半壊した平屋になぎ倒された竹林。
そして雨や瓦礫が風に巻かれて、竜巻のように転校生の周りに吹き荒れていた。
「セツ、セツなの!? 私よ、お母さんよ!」
「藍村さん危ない、近づいては駄目です!」
パァンッ! パァンッ!
空気が破裂する音がここまで轟き、その度に地面がえぐれて瓦礫が弾け飛ぶ。
雨の中、転校生に向かって手を伸ばす藍村さんを加賀美さんが必死に引き留めていた。
鈴懸さんの姿はここからは確認できない。
転校生は蹲ったまま超音波みたいな“声”を発していて、全身で他者が近づくのを拒んでいた。
「みっ弥勒くん…! 何かが…何かが転校生の身体の中に居て、でっかい寄生虫みたいなやつが…! 多分、それでアイツ苦しんでるんだ…!」
「ま、見た感じそうだろうとは思ってたけど。どうやら取り憑かれちゃってるっぽいね、あれは」
「とっ取り憑かれてるって、あやかしに…? じゃあアイツ、人間なの…?」
「そうとも限らない、あやかしがあやかしに憑くことだって珍しい話じゃないからね。見たところ相当深くまで食い込まれてるみたいだけど、それであそこまで抵抗できるのは並みのことじゃない。普通の人間のガキなら今頃死んでる」
雨で張り付く前髪を煩わしそうにかき上げながら平然と枝の上に立つ弥勒くんの一方で、雨に滑りそうになりながら幹に必死にしがみつく。
転校生の正体も気になったけど、それよりも中のアレをどうにかするのが最優先事項なのは明白。
ただこれまで外にいるヤツの相手はしたことあるけど中に入ってる状態のヤツをどう祓えばいいか、妖怪退治たった二回の経験値しか持たない俺には検討もつかない。
「どうにか追い出せないの…!?」
「さあねー。宿主に抵抗されて中のヤツも弱ってるみたいだけど、その転校生クンも限界みたいだし中のヤツも意地になって食らい付いてる。最後の根比べってところかな、あれは。無理やり引き剥がすにしても宿主の精神が壊れる可能性が大だし、…他に受け皿があれば別だけど」
そう呟いた弥勒くんがどこからともなく取り出したのは、木でできた小さな札のような物。
それはイオリくんが使う依り代に似てて、どうやら人型になってるみたいだった。
「ま、愛しのイオリちゃんの頼みだしやれるだけのことはやってみようかな。あ、孝太クンはここでお役御免ね。ことが終わるまでここで大人しくしとくこと、破ったら命の保証はしないから。じゃ」
「え゛!? ちょ、まっ弥勒くん!」
フワッと木から飛び降りた弥勒くんの姿が葉に遮られてあっという間に見えなくなる。
俺は一人、木の上に取り残されてしまった。
俺の役目ってのは多分、結界に守られていた家から転校生を外に出すことだったんだろう。
高い木の上はたしかに安全圏かもしれない、けど。
俺は木にしがみつきながら、あやかしに噛まれて傷ついた手を見た。
『助け…て、じじ…さま』
「っ…」
耳に残る悲痛な声に、ギュッと拳を握る。
下を確認すると、逸る気持ちを抑えながら慎重に木を降りはじめた。
『藍村家にはあやかしの血を色濃く受け継ぐ者が数十年から数百年に一度現れ――…』
『ジイさんから聞いた話じゃ俺の血の方が濃いらしくてな、ほとんどあやかしと変わらねぇんじゃねぇか?』
ガキの俺には分からないことの方が断然多くて、できることは圧倒的に少ない。
だから弥勒くんの言い付け通り大人しくしとくのが一番なのは分かってた、それでも俺は動かずにはいられなかった。
「うわっ!」
ズルッと雨で足を滑らせてズザザザッと一気に滑り落ちてしまう。
ただ途中ショルダーバッグが枝に引っ掛かって、一瞬だけスピードが落ちる。
幸いにも頭から地面に落下するのは免れたけど、受け身を取りきれずに背中を打ち付けた。
痛みに悶え、満身創痍になりながらも何とか立ち上がる。
『子供を狙うあやかしは珍しくなく――…』
『精神だけじゃなく肉体まで乗っ取られたが最後、自由を奪われ自我を塗り潰され、ありとあらゆるエネルギーを絶命するまで根こそぎ貪り尽くされる』
なぎ倒された竹を跨ぎ、吹き飛ばされた瓦礫を踏み越え、ようやく転校生の姿が見えるところまで辿り着く。
ただそれ以上はビリビリと見えない衝撃波に阻まれて、進むことができない。
飛行機が離陸する時みたいな強烈なGがかかって、両手を付いてその場に踏み留まるのがやっとの状態になってしまう。
遠くに藍村さんと加賀美さんの姿が見えた。
二人とも俺と同じで立つことができないようで、加賀美さんが藍村さんを庇うように蹲って耐えてるのが分かった。
「チッ、これだから憑依型って嫌いなんだよねー。ズル賢くて陰湿で、人質に銃持たせて乱射させるようなまねして高みの見物する奴等ばっか。ホント反吐が出る」
唯一この場で立つことができている弥勒くんが距離的に一番接近できていたけど、強力な圧のせいでそれ以上は近づけないみたいだった。
転校生に向かってさっきの木札を鋭く投げ入れる。
何の説明も聞かされてなかったけどあの木札が弥勒くんの言う“受け皿”で、弥勒くんが何をしようとしてるのか何となく察する。
ただ当の転校生の“声”に阻まれて、届く前にパァンッと砕け散ってしまう。
限界という言葉の通り転校生の“声”が強まっていくのとは反対に、その命が消えかかっていってるのが見ていて分かった。
このままじゃ、アイツはいずれ…!
分かっていても、俺にはどうすることもできない。
みーちゃんとひーくんの言う通り、破魔矢を持ってくるべきだった?
――いや、持っていたとして俺の力じゃ太刀打ちできない。今だって転校生に近づくことすらできないのに。
前みたいに雲竜さんの錫杖を喚んで助けてもらう?
――ダメだ、イオリくんが居ないんじゃ俺に錫杖は扱えない。
なら、やっぱり泣きついてでもイオリくんに付いてきてもらうべきだった?
――イオリくんを頼って、イオリくんを盾にして転校生を助ける? 誰かに犠牲を強いて誰かが犠牲になるのを救う、そんなまねしか俺にはできないの?
「…っ!」
何かしたいのに何もできない。
自分が無力なのは分かってたけど、改めて現実を突きつけられて歯がゆさや悔しさが胸に溢れてくる。
同じだ。
キヨばあちゃんが病魔に侵された時も、ヤマトが死にかけた時も。
俺一人じゃ何もできなかった、見てることしかできなかった。
(嫌だ、また何もできずに見てるしかできないなんてそんなの…!)
ダメだ、こんなんじゃダメだ!
考えろ、考えろ! やめるな、諦めるな!
何かないか、探せ、探せ、探せ!
何も知らない、何も持たない、何の力もない。
そんなないない尽くしの俺にも何か、こんな俺にも何かできることが――…!
『相手が孝太クンの場合だと思わずぐるんっと振り返って二度見しちゃう感じ?』
…あ。
雨が吹き付け瓦礫が散乱する中、周りの音が消えたみたいに思考がクリアになる。
頭の中で、聞き覚えのない穏やかな声が優しく俺に告げる。
『教える、呼ぶ、与える、授かる。どれも人にとっては普通のことでもあやかしにとっては特別なこと』
目に入ったのは、ここの庭に纏めて不法投棄されていた大型の冷蔵庫。
転校生に初めて会った時の記憶が蘇る。
何かあったらいつでも動き出せるような座り方で、冷蔵庫の一番上に座って俺を見下ろしていた姿。
あの時、傍に近寄ろうとした俺にアイツは…
『言うな』
その瞬間、俺の中で何かが繋がった。
「――っ、転校生!!!」
地面に膝を付きながら、できる限り声を張り上げる。
辛うじて転校生の耳に届いたようで、苦しそうに蹲りながらかすかに顔がこちらを向く。
無力な自分に何ができるか、何が正解で不正解か分からなかった。それでも。
思いっきり息を吸い込んで、今自分にできる唯一の選択を口にした。
「俺の名前は東雲孝太!!! 5年1組、東雲孝太だ!!!」
弥勒くんが「あっ、バカ」って呟いたのが口の動きで分かった。
転校生にも俺が何をしたいのか、何をしようとしてるのか伝わって、そして実際に何をしたのか分かったんだろう。
目を見開いて、信じられないというように凝視してくるのを見て。
何だか俺、お前のこと驚かせてばっかりだなって。
少しおかしくて、自然と笑顔が零れてしまった。
「よろしくな」
そう笑いかけたところで、一際大きな波動が放たれる。
何かが転校生から弾き出されて、一直線にこっちに向かってくるのを見た。
(――…蛇? いや、あれは…)
蛭だ。
黒くぬめついた表皮、太く長い胴体。
図鑑で見たことのあるのとは違って、剣山のような鋭い歯が並んだグロテスクな口。
体長一メートルはありそうな巨大な蛭もどきが、ヨダレをたらしながら一目散に俺に飛びかかってきた。
(…はは、やっておいてなんだけどこの後どうするか全然考えてなかったや)
考えなしで向こう見ず過ぎるってみーちゃんやひーくんにも注意されてたのに、またやっちゃったな。
ふたりに怒られるかな、イオリくんにも呆れられちゃうかな。
弥勒くんがこっちに例の木札を投げたのが見えたけど、間に合わないって分かった。
何の武器も持っていない俺に身を守る術はなく、無意味に両腕を顔の前でクロスさせることしかできない。
でも、それでも。
これでアイツが解放されたなら。
もう苦しまなくてすむなら。
こんな俺でも助けられたなら、もう。
グロテスクな口が目前に迫る。
来る痛みや衝撃に耐える為に反射的にギュッと目を瞑る。
新たな獲物を食らおうと、鋭い牙が俺の腕に突き刺さろうとした――その刹那。
『雑魚が、テメェ誰のもんに手ぇ出してやがる』
美しくも凶猛な、白き獣の咆哮を聞いた。
祝100頁!




