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第四十話 『カズマと男の浪漫』

 野次馬を締め出す為に張られた黄色の綱を潜り、『現場』に入ったロベルトは敬礼する警備の騎士に軽く返礼して辺りを見渡した。


 先に現場に入った騎士達が、石畳の車道の真ん中に停まった黒塗りの馬車を調べている。


 馬が繋がれているはずの場所に馬はなく、馬車の傍らに脚を斬られた馬の死体が転がっているのが見えた。


 その傍に布が被せられた塊が三つ……布からは足が覗いている。


 近付いて布を捲ると、血走らせた目を見開き、舌を突き出した女の顔があった。


 首が不自然に曲がっているのは、首の骨ごと喉を握り潰されたためか。


 「容赦ないな。まったく」


 ロベルトは苦々しく吐き捨てる。燕尾服の御者は喉元を切り裂かれ、豪勢な衣装を纏った男は頭が割り損じた薪のように無惨に叩き割られていた。


 どれも碌な殺し方ではない。一撃で苦しまずに死ねたのがせめてもの救いか。


 鼻につく濃い血の臭いに、ロベルトは顔を顰めて布を無造作に戻す。その時、彼のもとにルーファスが駆け寄ってきた。


 「おはようございます(グーテンモルゲン)。大隊長」


 「なにがよい朝なものか。ったく……で、分かったことは?」


 敬礼する部下に憮然と問うロベルト。ルーファスは『全くです』と相槌を打つと、表情を引き締めた。


 「女の方は遺留品の手提げに名刺が入っていました。リリー・デュプシという高級娼婦(クルティザン)です。男の方は紋章など身元を特定できるものが見付かっておらず、貴族の誰かとその従者だ、としか……」


 「紋章を隠していたということは、人目を忍んでの密会か? 厄介な時に殺されたものだな。しかし、こんな場所で貴族を殺すなんてどんな馬鹿だ」


 事件があったのは上層市民街のど真ん中。帝都で最も治安がいい場所だ。盗賊の類いは近付けない。


 それに、馬車や遺体から金品が盗まれた形跡がない。物取りでなければ暗殺か。


 暗殺にしては些か殺し方や死体の処理が荒すぎるが。


 「それが……馬車にこれが」


 ルーファスは声を落とすと、ロベルトに身を寄せて胸ポケットから一枚の紙を取り出した。


 紙を受け取り、内容に目を走らせたロベルトは目を見開き低く唸る。


 ーー『狼神(ヴォナルガンド)の他に神はなく、銀狼は狼神の使徒なり』ーー


 「……模倣犯の可能性は」


 「これから検証します。しかし、可能性は低いかと」


 「検証を急げ。それと、この事を他には?」


 「発見した者や調査に当たっている者には口止めをしています」


 ルーファスの答えにロベルトは満足げに頷いた。


 「……お前はこの件をオリヴィア卿に伝えろ。俺は副総帥に指示を仰ぐ。それまでこの件は一切他言無用だ」


 「えぇ……俺がオリヴィア卿に言うんですか? 美人だけど苦手なんですよ、あの人」


 ロベルトの指示に、ルーファスはあからさまに嫌そうな顔をする。


 確かにオリヴィアは美人だが、ロベルトから見ても堅物で取っ付きにくい女性だ。軟派なルーファスの趣味では無いだろう。


 「上官の命令に苦手もクソもあるか、馬鹿者」


 ロベルトは渋るルーファスの肩を軽く小突き、紙を折り畳んで自分の懐に仕舞う。


 そして殺害現場を睨み舌打ちをした。


 (銀狼め。まさかあの警戒をすり抜けたのか。それとも連中はまだ帝都の何処かに潜んでやがるのか。何れにしろ厄介な)


 ……


 ……


 ……


 ……


 「カズマ、本当にシャルロットの恋人役、受けるの?」


 『蒼き牡鹿亭』でラファエルと飲んだ翌朝。


 竜巻号(トロンベ)の体を藁で拭う俺に、ステラが声を掛けてきた。


 「ああ……シャルロットのお兄さんにも頼まれたし」


 俺が水に濡らした藁で竜巻号(トロンベ)の耳の後ろを拭いてやりながら答える。


 ステラは隣に立つと、藁で馬の鼻水を拭いながら俺を睨め上げた。


 「でもあの話、あのシャルロットのお兄さんが仕組んだんでしょ?」


 「仕組んだ……って事になるのかな」


 ステラの言い方に俺は苦笑いを浮かべた。だが、ステラは腰に手をあてて憮然とする。


 「私、あのラファエルって人は好きなれないわ。妹の気持ちを弄ぶような事をして……それに、元はと言えばブルヒアルト伯爵の問題でしょ? 何でわざわざ首を突っ込むの? いいように利用されるだけよ」


 「……そうだな」


 俺は竜巻号(トロンベ)の股の間の汗を拭いながら肩を竦めた。


 確かに今回の話はブルヒアルト伯爵、ホルシュタイン伯爵両家の問題だ。


 本来は俺が関わるべきじゃない。


 でも、約束しちゃったしなぁ


 俺は昨日の夜、帰りの馬車での事を思い返した。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「宮中伯様の力を借りると言われても、俺がどうこうできることじゃありません。やはり、この事は一度宮中伯様に相談をしなければ……」


 この話は手に余る。とてもじゃないがこの場で答えられない。


 そう言おうとする俺を、ラファエルは手で遮った。


 「それは大丈夫だ。イスターリ宮中伯には今朝がた許可を貰っている。ブルヒアルト伯を引き込めるなら、君を好きに使っていいそうだ」


 ……あんのクソジジイ、いつの間に。俺をなんだと思ってやがる。


 俺は溜め息をついて肩を落とすと、ふと気になった事をラファエルに訊いた。


 「ひとつ、お聞きしても?」


 「何だい?」


 「シャルロットに恋人役を俺にするよう唆したのは、貴方ですか?」


 「……唆したとは随分な言い方だな。悩み迷う妹の背中を少し押しただけさ」


 俺の問いに、ラファエルはいつもの涼しげな笑みを浮かべて答える。


 物は言い様だ。つまり俺を巻き込むよう唆したんじゃないか。


 「……俺がシャルロットの頼みをすぐに断っていたらどうされたんです?」


 「こう見えても人間を見る目には自信があるんだよ。君はシャルロットの……自分を慕う女の本気の頼みを無下に断る男じゃない……そうだろう?」


 「何でもお見通し……って訳ですか」


 「貴族社会ではこれくらいの洞察は嗜みさ」


 憮然とする俺を澄まし顔で見返し、ゆっくりと足を組み替えるラファエル。


 彼は涼しげに微笑みながら相手を罠に嵌めるタイプだ。敵にしたら絶対にヤバイ。


 だが……ひとつ腑に落ちない事がある。


 「でも……何故俺なんです? シャルロットの恋人をやるなら身分とか容姿とかもっと相応しい人がいるでしょうに」


 「カズマ、君はもっと自分の価値を知るべきだ。容姿の良し悪しは男の値打ちの物指しにならないよ」


 「……それを貴方が言っても説得力がないです」


 苦笑いを浮かべる俺に、ラファエルは口許を笑みの形に歪めて肩を竦めた。


 そして、真面目な表情で俺を見据える。


 「ブルヒアルト伯家嫡男の立場から言えば、陛下の信頼が厚いイスターリ宮中伯に近付く為。そしてシャルロットの兄の立場から言えば妹の幸せの為……それが理由だ」


 「……宮中伯様に近付く為ってのは、まあ分かりますが、シャルロットの幸せの為ってどういう事でしょうか」


 俺がシャルロットの恋人役を演じることでホルシュタイン伯家との縁談が破談にできるとすれば、シャルロットは不幸な結婚をせずに済むかもしれない。


 でもそれで彼女が幸せになるかといえば違う気もする。


 戸惑う俺に、ラファエルは困ったような笑みを浮かべた。


 「そのままの意味さ。これは君にも悪い話じゃない筈だ……カズマ、君は妹をどう思っている?」


 「どうって……それは……」


 ……


 ……


 ……


 ……


 シャルロットの事をどう思っているか、か。


 竜巻号(トロンベ)を馬房に入れ、飼い葉桶に干し草を突っ込むと俺は溜め息をついた。


 あの夜、俺はラファエルに正面から問われて答えを口にできなかった。


 確かに彼女は可愛いし、スタイルも抜群だ。だから一緒にいて心がざわめく事もある。でも俺は三十路前のオッサンで彼女は十代のうら若き少女。


 妹みたいに思っても、一人の女性として意識してはいけない……そう考えてきた。


 でも、シャルロットから縁談の話を聞いたとき感じた不快な気持ちは……


 『彼女に辛い思いをさせたくないのは俺も君も同じだ。それに妹は君を慕っている。悩む必要はないと思うがな』


 ラファエルのその言葉に、俺は黙って頷くしかなかった。


 もとより外堀を埋められた俺に選択肢はない。


 承諾を告げたときのラファエルの満面の笑みを思い出し、俺は何度目かの溜め息とともに肩を落とした。


 まあ、後悔は絶対にしたくなかったし、結果的には良かったのかもしれないな。


 「あんた、まだここにいたの? 探しちゃったじゃない」


 声に振り向くと、ステラが腰に手をあて、厩の入り口で仁王立ちになって俺にジト目を向けている。


 「ステラが俺を? 珍しいな」


 ニヤリと笑ってからかってやると、ステラはサッと頬を染めて目を逸らした。


 「べ、別に私は用はないわ。さっき、お爺ちゃん(オーパ)が城から帰って来て、カズマを呼んで来いって言われたのよ」


 爺さん、城から帰ってきたのか。いつの間に……気が付かなかった。


 しかし、俺に用があるって事は……シャルロットの件だろうな。


 「……分かった。すぐいく。ステラ、悪いけど厩の掃除をしておいてくれ」


 俺は手にした箒をステラに投げて渡すと厩を出て屋敷に向かった。


 咄嗟に箒を受け取ったステラの抗議の声が後ろから聞こえる。仕方ない。あとで埋め合わせをしてやろう。





 「カズマです。入ります」


 「うむ」


 書斎の扉を開けると、メアリム爺が書斎の奥の机に向かい何やら手紙を(したた)めていた。


 俺は床に無造作に積まれた書物や魔法道具を避けながら部屋に入ると老人の前に立つ。


 「御用件は何でしょうか」


 「……明日朝イチで魔法学院(シューレ)に発つ」


 「魔法学院(シューレ)……メアリム様が居られた所ですね? 何でまた」


 メアリム爺は手紙にサインをして筒状に丸め、紐で縛ると赤い封蝋を結び目に垂らし、そこに指輪印章を押し付けた。


 「ブロンナーにこれを今日中に届けろ。大事にな」


 「副総帥に? 分かりました」


 俺が手紙を受け取ると、爺さんは大きく溜め息をついた。


 「魔法学院(シューレ)の『(スルト)の炎』の管理記録に疑わしい点がある。それを確かめねばならん。最短でも七日は戻らん」


 そう告げる老人の表情は冴えない。


 魔法学院(シューレ)はメアリム爺がかつて学園長を勤めていた場所だったな……やはり古巣を疑うのは辛いのだろう。


 ……それよりも爺さんには聞かねばならないことがある。


 「メアリム様、ひとつ伺いたい事があります」


 「ブルヒアルト伯爵の件であろう」


 メアリム爺は俺の問いを遮るように言うと、椅子の背にもたれて髭を撫でる。


 「ええ。人を勝手に政争の駒にして……どういうおつもりですか」


 「師が弟子を使って何が悪い……それに、この話、お前にとってはかなり良い話だぞ?」


 背凭れから体を起こし、机に腕を組んだメアリム爺は意味ありげに笑って俺を見る。


 「ただの平民にとって、伯爵家の令嬢など普通なら目も合わせてもらえぬ高嶺の華じゃ。その令嬢の恋人役じゃぞ? 昔からヒロインから恋人や許嫁のふりを頼まれるのはゴールインのフラグじゃろうが」


 少女漫画じゃあるまいし、何が『フラグ』だよ。リアルで久々に聞いたぞ? 爺さん。


 俺は頭を振って溜め息をつくとジト目で老人を睨んだ。


 「そんなことで身分違いの恋が実るわけないでしょう? どんなご都合主義ですか」


 「浪漫(ロマン)の無い奴じゃの……まあよい。兎に角、ブルヒアルト伯家が公爵派に取り込まれるのは避けねばならぬ。ホルシュタイン伯家との縁談を破談させるのじゃ。生憎とワシは帝都に居らぬが、上手くやれよ?」


 そう、悪い笑顔で言うメアリム爺。


 結婚を破談させる役目とか、端から聞いたら随分な役だな。まるで悪役じゃないか。


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