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第二十話 『蟒蛇(うわばみ)達の夜と祭りの始まり』

 居酒屋のホールにテンポのいい舞曲が流れる。すると、曲に浮かれた客が何人か立ち上がり、曲に合わせて踊り始め、その覚束ない踊りに他の客がやんやと喝采を上げる。


 なんと言うか、賑やかと言うより騒がしい。しかし、店全体が一体となったような盛り上がりは嫌いじゃなかった。


 「盛り上がってるねぇ……あ、ブリギッタちゃん、麦酒(ビーア)もう一杯頂戴!」


 ルーファスの注文に、山盛りの料理とビアジョッキを抱えて店内を走り回る給仕の少女が『はいっ! ただいまぁ!』と元気な声をあげる。


 俺は今、騎士団のルーファス、ロベルトとブルヒアルト家の御曹司ラファエルの三人でテーブルを囲んで酒を酌み交わしている……のだが。


 「皆さん、随分お酒強いんですね」

 

 途中から数えていないが、少なくともロベルトは大ジョッキを十杯、ルーファスは六杯既に飲み干している。ラファエルも葡萄酒(ワイン)のボトルを一人で二本開けていた。


 「まあ、弱い方じゃないな……料理が美味いと酒も進む。そう言う貴様も悪くない飲みっぷりだぞ?」


 ロベルトは十一杯目の麦酒(ビーア)を飲み干してニヤリと笑った。あれだけ飲んだのに顔色が殆ど変わっていない。


 単に日に焼けた肌の色でわからないだけかもしれないが……


 「それにしても賑やかですね。この店はいつもこんな感じなんですか?」


 俺は手にしたジョッキを飲み干すと、大皿の肉かまぼこ(パテ)を摘まんで口に放り込む。


 うん。美味い。確かに酒が進む。


 大皿にはパテの他に豚の赤ソーセージ、羊の塩漬け肉、鶏やうさぎの焼き肉が盛られていた。その匂いだけでも酒がイケそうだ。


 「この店はよく繁盛しているが、今日は特に多いし賑やかだな。『狼追いの夏祭り』が近いからだろう」


 ラファエルがホールの様子を眺めながら赤ソーセージをかじる。

 

 狼追いの夏祭り……そうか、明後日だったっけ? 道理で街の雰囲気も賑やかなのか。


 「『狼追いの夏祭り』は帝国中から色んな人が集まるからな。旅芸人(ジプシー)から都会の淑女、田舎の純朴な女の子まで選り取りみどりだ」


 すっかり出来上がって頬を赤く染めたルーファスが肉かまぼこ(パテ)片手に麦酒(ビーア)を飲みながらニヤリと笑う。


 「……何だか話の趣旨がずれてるのは気のせいか? ルーファス」


 俺はそんなルーファスをジト目で睨んだ。


 「お前はいつも口先だけだな。そんなこと言って一人も引っ掻けたことが無いではないか」


 「うっ……いいんですよ。俺は何も一夜の恋を求めている訳じゃ無いんです。色んな女の子と会話をするのが好きなんですっ!」


 ロベルトの指摘にルーファスは口を尖らせて拗ねたように言うと、ジョッキに残った麦酒(ビーア)を飲み干した。


 それにしてもよく飲むな。きっとこの国の人々は日本人に比べてアルコールに耐性があるに違いない。


 「しかし、残念だな。今年は卿の大好きなご婦人とのおしゃべり(・・・・・)ができそうに無いぞ。ルーファス」


 「へ? 何でまた」


 「忘れたか。今年の『狼追いの夏祭り』の警備、急遽俺の大隊も加わることになったろう?」


 「本当ですか……? くぅ……何てこった」


 「まあ、諦めろ。臣民の安全を守り、祭りを成功させるのも騎士の務めだ! なあ?」


 ガックリと肩を落とすルーファスの背中を、ロベルトが励ますように叩いた。


 手加減せずに叩くものだから、ルーファスが咳き込んでいる。ロベルトも結構酔ってるみたいだな。


 「……そう言えば、ラファエル。手紙にあった『頼みたいこと』って何です?」


 賑やかにやり取りしている騎士団二人組を横目に、俺はラファエルに聞いた。


 俺がこの店に来たのはラファエルの頼み事とやらを聞くためでもあった。


 久し振りの楽しい飲み会に、今まですっかり忘れていたが……


 「そうだな。そうだった……すっかり頭から抜けていたよ」


 どうやらラファエルもそうだったようだ。飲んで抜ける頼み事って……案外たいした頼み事じゃないんじゃ?


 「……それで、俺に何を?」


 改めて問い直すと、ラファエルは『ふむ』と前髪を弄りながら思案するように目を細め、そして俺の目を覗き込むようにして、ニヤリと意味ありげに笑った。


 「君は明後日の……祭りの夜は暇か?」


 ……待てっ! 何故そんな表情で俺を見るんだ!?


 ……


 ……


 ……


 ……


 「すごい人……それにとても賑やかで、綺麗! ねえカズマ、見てよ!」


 宮中伯家の軽馬車(バギー)から降りたシャルロットは、帝都中央公園の賑わいに歓声をあげた。


 『狼追いの夏祭り』の夜。


 帝都のあちこちで篝火が焚かれ、色とりどりのランタンが空に踊る。


 通りには露天が並び、麦酒(ビーア)やソーセージなどの料理が振る舞われ、人々は騎士や魔法使い、狼の仮装をして歌い、踊り、飲む。


 広場では旅芸人(ジプシー)が歌や踊り、楽器の演奏を披露し、吟遊詩人が祭りにまつわる英雄物語を語っていた。


 今夜の彼女はいつものレースのドレスではなく、向日葵色を基調としたハイウエストのエンパイアドレス。


 ある裕福な商家の娘、という設定(・・)らしい。ちなみに俺は彼女の使用人だ。


 「久し振りに来たけど……やっぱり楽しい」


 まるで昼間のように明々と照らされた街並みと、どこか現実離れした光景に、シャルロット嬢はうっとりと呟く。


 俺も初めて来たが、こんなに大きな祭りだとは……凄いな。


 「ほらっ! ぼさっとしてないで、早く行くわよっ!」


 「ちょっ! 待ってくださいお嬢様! 慌てなくても祭りは逃げませんよっ!」


 シャルロットは子供のようにはしゃいで広場に駆けていく。慌てて追おうとして、俺は御者席のクリフトさんを振り向いた。


 「馬車を停めたら追いますから、お嬢様とお楽しみください」


 「すいません。お願いします」


 クリフトさんはニッコリと笑うと、竜巻号(トロンベ)に軽く鞭を入れた。


 まったく。あのお嬢様は……


 「ほらっ! 何してるの? パレードが始まっちゃうわよ!」


 「はいはい。今行きますよ」


 俺は苦笑いを浮かべると、笑顔で両手を振る彼女の元に駆け寄った。


 「まったく、カズマったら。しっかり私をエスコートしなさいよね? 折角お兄様が二人きりにしてくださったのだから……」


 シャルロット嬢はそう言ってわざとらしく頬を膨らませ、追い付いてきた俺の袖を掴んでくる。


 別に『二人きり』という訳じゃ無いけどね。クリフトさんも居てくれるし……


 心の中で軽く突っ込みつつ、俺はお嬢様に笑いかけた。


 「では、参りましょうか? お嬢様(フロイライン)


 「……はい」


 俺の言葉に、シャルロット嬢は耳まで真っ赤になりながらはにかみの表情を浮かべる。


 その仕草、凄く可愛いんだけど……『お嬢様と使用人』の設定は無視ですか? お嬢様。


 なあ、ラファエル……じゃじゃ馬の手綱なんて握れるかな、俺。


 ……


 ……


 ……


 ……


 ーー一昨日『蒼き牡鹿亭』


 「君は明後日の……祭りの夜は暇か?」


 ラファエルの意味ありげな笑みに、俺は今まで飲んだ酒が飛ぶような感覚を覚えた。


 「……仰有っている意味が良く分かりませんが、その夜は一応先約が」


 動揺を隠すために麦酒(ビーア)をぐいっと飲み、一息ついてから答える……その夜はシャルロットが夏祭りに行くのに付き合う約束をしている、とは言えない。


 「そうか。残念だ……君なら我が愛しい妹の騎士(リッター)を頼めると思ったんだがな」


 そう、至極残念そうにグラスを呷るラファエル。


 そうですよね。俺が勝手に疑ってるだけで、ラファエルはそっち(・・・)じゃないですよね。いや、良かった。


 そうか。妹君の騎士(リッター)を俺にって話、か……?


 ……って、何ですと?!


 「実は、俺の妹……次女の方だが、彼女が『狼追いの夏祭り』に行きたがっていてな。困っているのだ」


 「……行っちゃ駄目なんですか?」


 数日前、俺を祭りに誘うシャルロットの楽しそうな笑顔を思い出す。


 伯爵家の令嬢といえど年頃の少女だ。賑やかな祭りに心浮かれるのは無理からぬ事だと思うけど……貴族の娘にはそれも許されないのだろうか。


 「駄目ではないさ。ただ、当日は我が家も客人を招いて狼追いの宴を催す予定でね……宴は俺が居れば良いのだか、手が足りなくてシャルロットの付き添いに人を割けないのだよ」


 憮然と聞き返す俺に、そうぼやきながら葡萄酒(ワイン)を飲むラファエル。


 人が足りないって……まあ、あり得ない話じゃないか。どんな大貴族も余分な使用人は雇わないだろうし。


 「我が家の宴も、祭りを意識して趣向を凝らした楽しいものだが……どうしても今年の祭りは街の方に出たいようでな。下手をするとこの前のように抜け出して行きかねん」


 ラファエルは困った表情をしてワインを傾けると、俺に流し目を送る。


 その目線が『君のせいだぞ? どうしてくれるのだ』と言っているように感じるのは……気のせいだろうか。


 まあ、確かにシャルロットのあの気性なら、屋敷を抜け出してでも祭りに行こうとするかもしれない。


 しかし、祭りの夜に令嬢が屋敷から行方不明なんて洒落にならない。


 なら、信頼できる人物を彼女の付添人にして祭りに行かせよう……って事か。


 「事情はわかりましたが、なぜ俺ですか? もっと身分もしっかりしていて信頼できる御仁が居そうなものですが」


 「身元がしっかりしていて、女性の護衛ができるくらい腕が立ち、さらにあのじゃじゃ馬の手綱をしっかり握れるくらい誠実で我慢強く、妹が夜の街を一緒に歩けるくらい信頼していて、尚且つ祭りの夜にありふれた恋人を演出できる人物……となれば君しか居ない」


 指を折りながら条件を列挙するラファエル。俺を高く評価してくれるのは有り難いが……


 「それは、買い被り過ぎです。俺にシャルロット嬢の手綱を握れるとは思いません」


 「なに。心配ないさ……彼女が、あんな表情(かお)で語る男の事を振り落とすことはないよ。振り回しはしてもね」


 『振り落とす』とか『振り回す』とか、馬みたいな事を……まあ、俺も『手綱を握る』なんて言っちゃったし……本人が聞いてなくて良かったよ。


 しかし、ふと思ったが。


 先にシャルロット嬢が俺と夏祭りに一緒にいく約束をしていた……なんて、ラファエルは知らない……よな? まさか。





 結局、俺はラファエルの頼みを引き受けた。


 彼は『先約は大丈夫か?』とニヤリと笑って聞いてきたが……本当は知っていたんじゃないだろうか。


 兎に角。


 飲み会がお開きになり、屋敷に帰った俺は、事情をメアリム爺に話した。


 「……なんじゃ? それは」


 「いや、確かに俺も分不相応な話だとは思いますが、ラファエル卿から直に頼まれてですね」


 「そんな事を言っとるのではないわ。まったく……それでは半ば公認ではないか。このリア充め。爆発すればいいんじゃ」


 ……まさか異世界(ここ)にまで来て『リア充爆発しろ』なんて台詞を聞くとは思わなかった。


 ってか、あんたも十分『爆発するべきリア充』じゃねぇか? 爺ぃ。


 「分かった。役目をしっかり果たせよ? そしてワシの株も上げてこい」


 「……は? はい」


 そんなやり取りの結果、爺さんが心意気で竜巻号(トロンベ)軽馬車(バギー)を貸してくれたうえ、御者兼付添人としてクリフトさんを付けてくれる事になり……


 夏祭り当日の夕刻、宮中伯家の小さな軽馬車(バギー)でブルヒアルト伯爵邸に乗り付け、商家の娘に扮したシャルロット嬢を拾って。


 そして夏祭りの夜が始まる。

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