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第十八話 『不気味な噂と危険な誘い』

 俺とラファエルが貴族騎士(パラディン)を退け、居住地の炊き出しが再開されて暫く。


 漆黒の詰め襟を身に纏った騎士の部隊20騎ほどがバルバ狼人居住地に入った。


 馬に乗った騎士の一団に、広場にいた狼人(ハウド)達の間で小さなざわめきが起こる。


 騎士達は、自分達に注がれる恐れや疑念の視線にも躊躇うことをせず、広場の入り口で全員馬を降り、狼人(ハウド)達の前に進み出た。


 部隊を率いていたのは黒髪の偉丈夫。


 ブルヒアルト伯家の夜会で助けてくれたロベルトという騎士だ。ラファエルが呼んだ信頼できる騎士というのは、彼の事だったのか。


 「もう来たのか、ロベルト。流石は『騎士の中の騎士リッター・イン・デ・リッター』。仕事が早い」


 「その呼び名は止してくれ。しかし、貴族騎士(パラディン)とは厄介な連中を押し付けてくれる」


 広場の中央で、出迎えたラファエルの肩をロベルトが拳で軽く小突き、苦笑しながら言う。


 「なに、それも卿を信頼しての事だ」


 ラファエルもロベルトの分厚い胸板を小突き返すとニヤリと笑った。


 成程、二人は親友らしい。と、ロベルトが俺の顔を見て訝しげに眉を顰める。


 「ん? 何処かで見た顔がいるな」


 「カズマ・アジムと申します。先日はありがとうございました」


 「カズマ……ああ、あの時ウチのやんちゃ坊主に仕置きをした君か」


 「仕置きなんて……俺はただ必死だっただけで」


 だが、ロベルトは俺の言葉に肩を竦めると意味ありげな笑みを浮かべた。


 「どうだかな。それにしても先の夜会の騒動といい、卿は余程揉め事に好かれているとみえる」


 そう言って呵呵と大笑いするロベルト。


 揉め事に好かれるのは嫌だな。でも、確かに最近揉め事に良く巻き込まれる。


 きっとあの黒髪の疫病神のせいに違いない。


 「それはそうと、貴族騎士(パラディン)の連中はどこに放り込まれているんだ?」


 「あそこだ。先程全員意識が戻ったらしい。全く、罵詈雑言の語彙だけは豊富な連中だよ」


 ロベルトの問いに、ラファエルは広場の教会を顎で示して苦笑いを浮かべた


 ……


 ……


 ……


 ……


 「この野良犬どもは上級騎士たる我ら貴族騎士(パラディン)に暴力を振るった挙げ句、このような薄汚い場所に監禁したのだぞ! これは重罪である! この不埒者どもを捕らえよっ! 命令だっ!」


 カイゼル髭の騎士、ユスティンはロベルトを見た途端上擦った声で喚く。


 こいつ、言っていることが出鱈目だ。


 貴族騎士(パラディン)達は罪人のように後ろ手に縛られ、さらに互いの首を縄で繋がれて教会の礼拝堂に軟禁されていた。


 周りではウィルギルら屈強な狼人(ハウド)の若者が厳しい表情で彼等を監視している。


 ……まあ、奴等がやったことからすれば寛大な処置だと思うが。


 ユスティンの訴えにロベルトは大きく溜め息をつくと、呆れたように彼を見下ろした。


 「……上級騎士は我ら騎士の見本となるべき立場。その上級騎士が臣民に取り調べと称して暴力沙汰を起こすなど、有ってはならぬ事。査問委員会に掛けられても文句は言えませぬぞ?」


 「暴力ではない。指導だっ! 狼人(ハウド)風情が貴族に反抗したから立場を教えてやっただけだ! それの何処に非がある?」


 ユスティンと背中合わせに縛られていた若い貴族騎士(パラディン)が自分達を取り囲む狼人達を睨みながら吐き捨てる。


 この調子で喚かれてウィルギル達はよく私刑(リンチ)に及ばなかったものだ。


 貴族騎士(パラディン)の態度に、ラファエルも苦々しい表情で舌打ちをした。


 「ロベルト、これ以上彼等を放置しておいても気が滅入るだけだ。早く引き取ってくれ」


 「……そうだな。方々、後は査問委員会で存分にお話なさるがよいでしょう……お連れしろ」


 ロベルトの指示を受けた兵士達が貴族騎士(パラディン)達の縄を解き、立たせようと手を差し伸べる。


 が、ユスティンはそれをはね除けると俺とラファエルを睨み付けた。


 「ラファエルとか言ったな……馬の骨ごときが、こんなことをしてただですむと思うなよ? 父上に訴えて、そこの夷人もろとも罪人に落としてやるっ!」


 唾を吐き散らしながら怒鳴るユスティン。


 言うに事欠いて、父親の権威を使って脅すとは……こいつ、どうしようもないな。


 「馬の骨、か……いいだろう。その時はブルヒアルト伯爵家の嫡子、ラファエル・フォン・ブルヒアルトが家名を賭けてお相手しよう。いつでも訴えるとよい」


 「ブルヒアルト伯家の嫡子……だと?」


 途端にユスティンの表情が強張り、怒りで真っ赤だった顔から血の気が引く。


 「確か、ラハナー伯爵は我がブルヒアルト伯家に相当額の借財がありましたな? 裁判となれば当家もそれなりの出費が要る。そうなれば、借財を一括で回収させていただくことになるやも……知れませんね」


 ラファエルはそんな彼に追い討ちをかけるように冷笑を浮かべ、ユスティンの耳元に囁くように、それでいてその場にいる人々にも聞こえるように言った。


 「……くっ! 家の権威を傘に着るとは、卑怯な」


 顔を真っ青にしながらも、ユスティンは絞り出すような声で唸る。


 ……ってか、あんたがそれを言うなよ。


 他の貴族騎士(パラディン)達もなにかしら弱味があるのか、それともブルヒアルト伯家の権威を恐れたのかさっきまでの威勢はすっかり鳴りを潜め、大人しくなった。


 ロベルトもその豹変ぶりに呆れ果てたか。頭を振ると部下に貴族騎士(パラディン)達を連れていくように仕草で指示する。


 「 俺もまだまだだな。あんな連中の口を塞ぐのに家の権威を使わねばならんとは……全く。これでは私も連中と同じだ」


 兵士に囲まれて教会を後にする貴族騎士(パラディン)達の背中を見送りながら、ラファエルが自嘲的に笑った。


 ラファエルはそう言うが、むやみやたらに家の権威を振り回す連中とは違うと思う。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「そう言えば……あいつら、『居住地の狼人(ハウド)が銀狼団と組んで暴動を企てている』なんて言ってましたけど、そんな話が広まってるんですか?」


 教会を出た俺は、ふと思い出した事をロベルトに問うた。


 クリフトさんが言っていた、『狼人(ハウド)の誇りの呪縛』と銀狼の事もある。ただの言い掛かりだとしても妙に引っ掛かった。


 「うむ。銀狼団が活動をはじめてから、そのような噂が帝都に流れたのは事実だ。しかし、出所は不明。念のため調べたが裏も取れなかった。下らない流言だよ」


 そうか。騎士団が動いたってことは、それなりに広まっている噂なんだな。知らなかった。


 城壁の外の僻地に籠っていると、情報が殆ど届かないからこういうときに困る。


 「奴等のように我々を忌み嫌う連中にとっては、我ら狼人(ハウド)を貶める噂ならそれが嘘か真かなぞ関係ないのよ……しかしまあ、儂らに暴動を起こす力が残っていたならとっくに蜂起しておるかもな」


 低い声に振り向くと、広場の方からヨルク老が現れた。


 「……名誉騎士(エーレ・リッター)、ヨルク教官」


 ヨルク老の姿に、ロベルトが弾かれたように姿勢を正して敬礼をする。


 ヨルク老は鋭い眼光を僅かに緩めて頷いた。


 「久しいな、ワイツゼッカー。卿が士官学校を卒業して以来か」


 「いえ、教官が退官される時にお声を掛けていただいて以来です。しかし、あまり物騒なことを仰らないで下さい。何処に耳があるかわかりません」


 「ふん」


 苦笑いを浮かべながら戒めるロベルトに、ヨルク老は憮然と鼻を鳴らす。


 にしても……ヨルクの爺さん、目付きとか雰囲気が堅気とは違うと思ってたけど、昔軍人だったんだな。


 『名誉騎士(エーレ・リッター)』だっけ。現役時代はどんな騎士だったんだろう。


 「どこぞの不逞狼人のせいで帝都に入る物資が少なくなり、ただでさえ貧しい狼人(ハウド)は食うや食わずの生活を強いられておる。おまけに街中に妙な噂が流れ、若者たちが次々と職を失った……その上このような事が続けば、噂が噂でなくなる」


 並ぶ者が少なくなった炊き出しの列を見詰め、ヨルク老は何処か疲れたような声で言った。


 老の言葉に、ロベルトは表情を引き締める。


 「そうならぬ為に、一刻も早く銀狼を名乗る賊を捕らえなければなりません」


 「そう思うなら、速やかに持ち場に戻れ。ワイツゼッガー。卿の果たすべき任務はもうここにはない」


 「しかし……」


 表情を曇らせ、なにか言いたげなロベルトにヨルク老はゆっくり頭を振る。


 「忘れたか? ここバルバの地は陛下より自治を任された狼人(ハウド)の地。ここから先は長たる儂が始末を付ける」


 「……わかりました。後はお任せいたします」


 そう言って敬礼をしようとするロベルトを、ヨルク老は手で制して苦笑いを浮かべた。


 「儂に騎士の礼は不要だ、ワイツゼッガー。儂はもう卿の教官ではない」


 「いえ。我々にとって『名誉騎士ヨルク』は英雄です……では、失礼します」


 そう言ってロベルトは背筋を伸ばして敬礼をすると、残った兵士達に号令を掛けて広場を後にする。


 「『英雄』な……この世にはそんなものは居らぬ」


 ロベルト達の背中を見送るヨルク老は、僅かに寂しげな表情をすると、小さく独り言ちた。


 ……この老狼人に昔何があったのか。興味はあるが、きっと俺が知るべき事ではないんだろうな。


 そんなことを考えながらぼんやりとヨルク老の横顔を眺めていると、こちらを振り向いた彼と目が合った。


 ……ちょっと気まずい。


 「さて、長老。私も戻ろうかと思います……これ以上余所者の私が居ても却って迷惑になりますから」


 「……そうか。ブルヒアルト卿には要らぬ手を煩わせてしまったな……この恩は必ず返す」


 優雅な仕種で一礼するラファエルに、ヨルク老はゆっくり頷いた。


 「いえ、お気になさらず。私はただ己の節義によって動いているだけですから」


 そう言って爽やかに笑い、マントを翻して俺達に背を向けるラファエル。


 何だよ、その正義の味方みたいな捨て台詞。しかもそれが嫌味に聞こえないからイケメンは全く……


 「そうだ、カズマ君」


 「……っ! はい?」


 唐突に足を止め、肩越しに振り向いて俺の名を呼ぶラファエル。不意を突かれた俺は答える声が上擦ってしまう。


 ラファエルは肩を震わせて笑うと、体を俺に向けた。


 「折角こうやって既知を得たのだ。卿がよければ日を改めてゆっくり話がしたいのだが、どうかな?」


 「……まるでご婦人を口説くような言い方ですね。ラファエル卿」


 ジト目で睨む俺に、ラファエルは爽やかな流し目をくれると『フッ』と小さく笑う。


 「残念ながら卿は私の好みとは少し違うな……まあ、来るものは拒まない主義だが?」


 ……ち、ちょっと待てっ!


 なんだよそれ。まさか、ラファエルってマジでそっち(・・・)か!?


 「悪い、冗談だ。本気にするなよ? では、後程使者を送るよ」


 慌てる俺にラファエルは破顔すると、長鍔帽を軽く持ち上げて踵を返し、そのまま広場を去っていった。


 ……本当に悪い冗談だぜ。



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