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「――何やってるんだ」
ぱっと目の前が開けて、葵は瞬きをした。白狐の面が見下ろしてくる。
「あ……キツネ」
忌々しそうな舌打ちをした青年は、手に持った黒い面を無造作に放り投げた。少し離れた地面で、からんと音がする。
「えーと……あれ?」
辺りを見回してみると、いつの間にか随分暗くなっていた。鳥居に吊るされた提灯にぼんやりと明かりが灯り、暗闇を薄赤く照らしている。
状況がわからずにぽかんとしていると、妙に不機嫌そうな青年が答えた。
「お前、ぎんに化かされたんだよ」
「ぎんって……あの女の人?」
「そう。厳密には女の「人」じゃないけど」
不機嫌なのはそれが原因らしい。苛立ったような雰囲気を滲ませて、青年は葵の手を引く。促されるままに立ち上がって、二人で並んで歩き始めた。
いつかのように、何となく黙り込んで歩く。前を行く背中はいつの間にか随分と大きくなっていた。
「ねえ……キツネ」
「何」
「十二年前、落し物しなかった?」
虚を衝かれたのか立ち止まったキツネは、困惑したように彼女を見返してくる。葵は巾着袋を探って、古い写真を取り出した。
「ごめんね。ずっと返しそびれてた」
それを受け取った青年は、しげしげとそれに見入っている。
「ああ……これ、見つからないと思ったら。持っててくれたのか」
「それ、写ってる男の子ってキツネだよね。その女の子は誰?」
「この子は……」
言い差して、青年はふと言葉を止めた。写真と葵をじっと見比べている。
「え、何?」
上から下まで眺められた葵がむしろ狼狽するが、彼がそれを気にする様子はない。
「…………ああ、そういうことか」
そして勝手に何かに納得してしまったような彼は、持っていた写真を葵に返した。
「これは返すよ」
「でも……これはキツネのでしょう?」
「君が持っていた方がいい」
それと、と言って、青年は頭の後ろに手を回した。結んでいた紐が解かれる。
「……これも持って行ってくれないか」
その顔が見えたと思った瞬間、視界は暗闇の中に閉じ込められていた。両肩を優しく掴まれて、後ろを向かされたのがわかる。
あの白狐の面をつけられたのだろう、少し狭くなって視界には長い鳥居の道の果てが見えていた。
振り向いて青年の顔を見ようとするが、しっかりと押さえられていてそれもできない。その間にも道の終わりは近づいてくる。
もう少しというところで、不意に青年が立ち止まった。
「……ごめん」
「どうしたの? いきなり」
「ぎんのこととか、俺のこととか。俺には隠し事ばかりだ」
それまでとは少し違う、困ったような声音。葵はつい笑ってしまった。
「そんなもんじゃない? 隠し事なんていっぱいあるもんだよ」
まあでも、追々話してくれると嬉しいけど。
そう付け足すと、キツネは小さく笑った。
鳥居が途切れた。
いつかのように、背中に手が触れる。
「また来年も来るよ」
「気長に待ってるよ。……その浴衣をくれた人にもよろしく」
驚いて振り返るよりも先に、彼女は鳥居の外に足を踏み出していた。
後ろを振り返る。
背の高い青年が、こちらを見て微笑しているような気がした。
まだまだ未熟で読みづらいかと思いますが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
だいぶ色々書ききれませんでしたが、キーワードを見てわかる人はある程度わかるかと。