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「ねぇお祖母ちゃん、浴衣って出せる?」
朝食を終えた葵の言葉に、食器を洗っていた祖母は目を丸くした。
「あるけど……どうしたの、いきなり」
その隣に立って食器についた洗剤を流しながら、葵は少し笑う。
「今日もお祭りに行こうと思って。知り合いと会うから、着ていこうかなと思ったんだけど」
「そう。なら少し古いのしかないけど、それでもよかったら着ていくといいわ」
「うん、ありがとう」
一通りの家事を終えてから、祖母の後について二階に上がる。
「確かここにしまったはずなんだけど……」
母も祖母を手伝い、三人がかりで浴衣の箱を引っ張り出す。
「あら、素敵ですね」
蓋を開けて、母がはしゃいだような声を出した。
深く落ち着いた紺色の生地に、白い大きな百合が咲き誇っている。今ではあまり見かけない、シンプルで上品な浴衣だった。
「こんなに綺麗な浴衣、着ていいの?」
「私ももう着ないし、余裕があったら持っていきなさいな」
「ありがとう!」
「ありがとうございます、お義母さん」
柄を気に入ったのだろう、母も心なしか嬉しそうだった。
浴衣を着て外に出る。それだけで、もう昨日とは見える景色が違うようだ。
今日が最終日だからだろう、人通りは昨日よりも更に増えている。
これまた祖母が貸してくれた和柄の巾着袋を片手に、少し小走りになって神社の境内へ向かう。
立ち並ぶ鳥居の前は、薄暗いせいかどうしても人気が少ない。
なるべく目立たないような場所のベンチに腰掛けて、葵は扇子で顔を扇いだ。
流石に浴衣は暑い。覚悟はしていたが、どうにも暑い。
何とか涼もうとしていた彼女の足元に、影が差した。
「――奇遇だね、また会うなんて」
昨日会った女性が、昨日と同じように葵の前に佇んでいた。
唯一異なっていたのは、煙管の代わりに傘を携えているところくらいだろうか。それも、いわゆる蛇の目と呼ばれる種類の傘である。
怪しいことこの上ない。
「……雨、降るんですか?」
天気予報では晴れだと言っていたはずなのだが。
それを意に介した様子もなく、女性は傘を開いてくるりと回した。
「どうだろうね。雨が降るから傘を差すのかもしれないし、傘を差すから雨が降るのかもしれない」
歌うような口調は、また彼女をからかっているようだ。
「……何が言いたいんですか?」
「何が、ってね」
そう言って、女性は狐の面に手を添える。
「迷子になってあいつを探すのか、あいつを探すから迷子になるのか。どっちなんだろうね?」
女性が、面を外した。それがくるりと裏返って、葵に覆い被さってくる。
急に狭まった視界の中で、声の通りに綺麗な女性の顔が見えた、気がした。




