5話 女心は嵐のように
ピアノの伴奏が流れる中、歌う人は1人もいない。
歌詞カードは配られていても、メロディを知らない。
通信制に通い始めて、2年が経った。
クラスのメンツも担任も持ち越しのガラパゴス学級。
新学期感のない始業式が続く。
「こうしてみなさんの晴れやかな表情を……。」
自己満のスピーチが続く中、俺の瞼の開閉機能は故障していた。
「ちょっと、蓮介。」
後ろから突かれて、無理矢理に瞼を開く。
前の方を見るとうちのベースは、背筋を正して話を聞いている。
「真面目なやつ……。」
「見習いなよ。」
美玖も同じくシャキッとしている。
昔の俺ならそっち側だっただろうが、今はもうどうでもいい。
でも怒られるのはごめんなので、太ももをつねりながら耐える。
新入生の列にはフレッシュさなんてない連中がいる。
今年も俺らと同じ馴染めないものが、たくさん集まったらしい。
その中で空の椅子が一つ。
始業式にさえ出られないハズレ者は一体どんなやつだろう。
そんなことを思いながら俺はまた瞼を閉じた。
——————
「だるかったー。」
大あくびをしながら、体を伸ばす。
「始業式ぐらいちゃんとしろよ。」
康成は笑いながら言った。
「ずっとウトウトしてるんだよ。」
美玖の告げ口。
「昨日、曲でも作ってたのか?」
「いや、俺は常時眠いぞ。基本。」
「せめて音楽が理由であれよ。」
———「ういっす。」
類が入ってくる。
「お疲れ。そっちの始業式どうだった?」
「寝てたから知らねえ。」
「ほらな。」
俺は康成を見る。
康成はため息をついた。
「楓は?」
「アイツは学生じゃねえから、夕方しか来れんよ。」
「そうか。」
始業式で午前中までなんて、学生だけの特権だ。
「とりあえず練習するか。」
「今週土曜はライブだしな。」
俺たちはそれぞれの持ち場につく。
「1、2、3、4。」
類がスティックを叩く。
———「こんにちは!」
そこには色白の可憐な少女がいた。
「あっいた。うっちゃん!」
「……。」
静寂が流れる。
「誰さんさん?」
「えー。忘れたの?」
「知らんよ。誰?」
「同じ高校だった渡部詩織だよ!」
一生懸命、頭のメモリーを呼び戻す。
ここにくる前の市立東陵高校。
1年4組。
色白の見た目が整ってる女子。
検索……。
……検索結果1件。
渡部詩織。
「あー!お前か!」
「やっと思い出した?」
渡部はぷんぷんしている。
「久しぶりで忘れてたよ。」
「ひどーい。」
他をほっぽり出して話が進む。
「なんでここに?」
「私、編入したんよ!」
「なんで?お前頭よかったろ?」
「アイドルになってさ。出席日数足りなくて。」
渡部は頭をかく。
「アイドル?お前が?」
「いいでしょ別に。」
「てかなんでここに?」
「うっちゃんがいるって聞いて。」
「……。」
「急に学校辞めちゃって、寂しかったんだから!」
「悪かったよ。」
そんな仲良かった印象はない。
「まあこれからは会えるね!」
「そうだな。」
「あっ、もうこんな時間!教材もらって帰らなきゃ!」
「なんで今からもらうんだ?」
「仕事で始業式出られなかったから。」
あの椅子はお前か。
そう言って渡部は出ていった。
「嵐みたいなやつだな。」
俺は呟いた。
「おい、蓮介。誰だよあの美女!」
類は俺の首を絞める。
「確かに美人だったな。」
康成は笑った。
「前の学校の知り合いだって。」
俺は類の腕を解いて弁解する。
脳に空気が戻ってきたからか、一気に頭が冴える。
そういや、今まで一言も発していない奴がいた。
俺は振り返る。
美玖は腕を組んでこっちを見ていた。
——————
「お疲れ。」
夕方、仕事終わりの楓が合流した。
「どうした、お前ら。」
いつもと違う空気に楓は、俺らを見つめる。
類が俺と美玖を指差す。
その顔はなんだ。
「ああ。」
楓は何かを察したように椅子に座った。
「揉めたんか。」
「「おい。」」
楓のこぼした一言に類と康成は焦る。
「揉めてはねえよ。」
そう、揉めてはいない。
だから間違ってない。
「じゃあなんだよ。」
「……。」
言葉が出てこなかった。
「なんでもいいけど、音楽に引きずんなよ。」
楓の言葉がいちいち刺さる。
「とりあえず、今までの曲のブラッシュアップと曲作り。」
「通して技術の向上。」
「やることははっきりしてんだ。」
こういう時空気を読まない楓のおかげで、バンドは動き出した。
「じゃあやろうか。」
類はスティックを叩く。
———ジャーン。
——————
「もっと演奏にメリハリが欲しい。」
楓は水を飲む。
「特に蓮介。歌いながらはむずいだろうがギターにキレがない。」
容赦のないダメ出し。
「ああ。わかってる。」
「そういう楓はキレはいいんだけどさ、リード音デカくね?」
類はスティックを回しながら言った。
「あれぐらい出さなきゃ埋もれるだろ。」
楓はすぐに言い返した。
「うちはベースも結構前に出るから、ごちゃごちゃする。」
「ギタリストとしてそこは譲れない。」
「全部落とせって意味じゃねえよ。それこそメリハリだって。」
2人の言葉に熱がこもり始めている。
「俺は強弱つけてやってるよ。」
「じゃあ技術の問題じゃねえか。」
あっそれはダメだ。
「ちょっ……。」
———「あーストップ。」
康成が2人の間に入った。
「楓が強弱つけてんのはわかるが、そもそもの音を部分的に小さくしてくれれば。」
「全部小さくしなくていいからさ。」
「どの辺?」
「Aメロのとこかな。」
「わかったよ。」
すぐに熱は治った。
——————
「じゃあ、今日はこんなとこだな。」
康成はパンっと手を叩く。
それぞれに帰り支度を始める。
「……。」
美玖は自分の荷物をまとめると、さっさとドアから出ていった。
「これは多分、追ったほうがいいやつだよな。」
俺は呟いた。
「わかってんじゃん。」
類は意地悪そうに笑う。
「康成、ついてきてよ。」
答えは知っている。
でも1人でやるには堪えそうだった。
「そこまで面倒見れねえよ。」
「だよな……。」
バンドのバランサーでも、カップルのバランサーはしてくれなかった。
俺はとにかく急いで後を追う。
「頑張れ。リア充。」
「これのどこが充実してんだ。」
俺は楓にツッコんでバンドの仕事を終えた。
走る息が白くなる。
機関車みたいだな、なんて考えているだけ余裕はあるのかな。
「……美玖。」
「……。」
「……美玖って。」
俺は美玖の肩を掴む。
「……ごめん。」
ここは謝るのが正解だ。
「……何が。」
「いい気しなかったよな。」
これも多分間違えてない。
「私もごめん……。」
「そんなんじゃないってわかってるけど、嫉妬した。」
心底ホッとした。
「俺もすぐ弁解しなくてごめん。」
「なんて言ったらいいのかわかんなくて……。」
「すぐにただの友達って言えば良かったな。」
今回の原因は多分、俺の対応の遅さ。
「ううん。私も意地張りすぎた。」
「じゃあこれで仲直りな。」
「うん。」
美玖はやっと笑った。
どんなライブよりも緊張した。
女心ってやつは、難しい。
音楽より難しい。




