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第二章 結論と腕力比べ(1)

 ユーグの一日一般体験の申し込みをアルバートに任せ、翌日から、クリスタルはユーグ本部の惑星部分、所謂居住区画の散策を日課にするようになった。

 アルバートに、本部施設区画の中身を知る前に、まずは自分がどんな場所で暮らしているのかを見て回った方が良いと、アドバイスされた為であった。確かに、その通りだと、クリスタルも考えた。

 ユーグ本部の惑星形状部分は、一般的に惑星と呼ばれる天体と比べると、ずっと小さい。とはいえ、直系は四〇〇キロメートル程あり、人工建造物と考えると、極めて規模の大きいものでもあった。表面積はおよそ50万平方キロメートルであり、これは通常の惑星上で例えるならば、昔ながらの言い方では、それなりの大きさの国一つ分程度の広さといえた。

 当然、自然な天体であれば球状を保てるような大きさではないが、そもそも人工天体である為、球形であるのは設計によるものである。ただ、厳密には完全な球形でなく、浮いた皮のように、表層の下に大きな空洞がある場所や、実際表層よりも更に外側に、外殻のような高所が存在している場所など、かなり凹凸の激しい構造になっている。これは人工重力が、居住区内の地域ごとに異なるように設計されている為であった。極めて単純に理由を説明するならば、各星系文明人種において、健康に生きていく為に必要な重力が異なるからである。

 さらにいえば、重力が異なれば大気の層の厚さも異なる。大気層が異なれば気圧も異なるのが当然の事実であった。また、人種によっては必要な大気成分も異なる。大気成分が異なれば、それはもう惑星環境が根本的に異なるということであった。

 ほとんどの知的生命体には地球と同等前後の環境が適していることは、大いなる偶然として広く知られているが、中には地球の五倍ほどの重力を必要としている種族や、逆に一〇分の三程度の重力下が最も活動しやすい種族など、例外もあった。当然そういった種族にとっては多くの惑星や宇宙ステーションでの活動に困る為、その環境に適応する為の特殊な環境スーツも存在しているのだが、常にそれを着込んで生活しなければならないとなると、相当生活しにくいことも想像に難くなかった。

 その為、ざっくばらんに居住区画と呼ばれる人工惑星ではあれ、一般居住区と特殊居住区との間には、宇宙船よろしくエアロックが存在している。それが、その両側では環境が大きく異なるということであった。

 故に、クリスタルが住居区画を散策するにしても、結局、地球人類が生息するのに適したエリアに留まっていた。それ以外のエリアには立ち入らぬよう、きつくアルバートやサ・ジャラから言いつけられていた訳である。

 当然、クリスタルに、その言いつけを破るという悪戯心が生じることもない。その従順さは彼女らしい美徳でもあったが、未だ自己の願望というものが十分に芽生えていないことの証明でもあった。

 とはいえ、通常の生物が生きていくのに適した一般居住区は、居住区画の約七割を占めており、それだけでも踏破しようとすれば一〇日や二〇日では足りない広さがある。無理に特殊居住区に入り込む理由もないというのも、また確かなことであった。

 ユーグ本部の居住区画には、当然商業施設や飲食店等もある。幾らかの金額が入ったクレジットデバイスをアルバートから渡されていたクリスタルは、早速、一度バーガーを買ってみたのだが、食べてみると、惑星アミナスで毎日好んで食べていたバーガーに比べ、何処か物足りない気がした。ユーグのバーガーショップでは、フードディスペンサーで調理されたものを出されたからかもしれなかった。

 クリスタルはそれを、食べ物そのものの温度ではない冷たい味、と、記憶した。それ以降二度は買っていない。

 大型の商業施設にも入ってみたことがあったが、これといって興味を惹かれる売り場もなかった。結局、三〇分程屋上のベンチでぼんやり休んだだけで、そのまま何も見ずに出てきてしまった。

 それでも、クリスタルにはつまらない、という感情は生まれなかった。その代わり、楽しい、と感じることもなかった。

 そんな風にして、ただ目的もなく、ユーグの一般居住区をただ歩き回り、五日が過ぎた。クリスタルは目の前に、聳え立つ壁と、重たい金属の大扉を見ていた。一般居住区と特殊居住区の隔壁であった。これ程に身近な距離に、一つが存在していたことに、クリスタルは軽い驚きを覚えた。

 その扉の脇に、見たことがない生命体が座り込んでいる。座り込んでいる、というより、潰れている、と言った方が正しいのかもしれない。明らかに軟体系の体つきをしていて、一般重力下での活動に適していない生物であることは、一瞥しただけでクリスタルにも理解できた。体格は小さく、子供なのかもしれない。水色とグレーが混じったような、不思議な色をしていた。

「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 動けなくなっているのではないかと心配してクリスタルが近寄ると、

「ん? あ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 どこから出てきているのか分からない声が、クリスタルに返事をした。見た目よりもずっと大人びた、男性の声であった。

「本当はこんな重力下じゃ生きてないんだけど、一度体験すると癖になってね」

 そんな風に言われ、クリスタルは変な癖があったものだと、僅かばかりに呆れた。

「傍目から見ると死んでいるみたいで気持ちが悪いです」

 ストレートに感想を述べたクリスタルが、サ・ジャラに言われたことを思い出し、しまったと口を手で覆った。

「君、可愛い見た目に反して結構辛辣だなあ」

 軟体は、声を上げて笑った。気にはしていない様子であった。

「まあ、潰れたアポリシアなんて、そうそう見ないだろうから、ぎょっとするのは分かる」

「アポリシア、ですか」

 アメフラシという意味でもあるが、間違いなく知的生命体種族である。見た目の通り軟体系の生物が進化し、高度な知能を獲得した種であり、水棲生物でもなく、陸上の生物であった。彼等の故郷はほとんどの知的生命体の活動環境から外れた極めて低重力の惑星であると言われているが、演算上、その惑星はどうやっても惑星の形を保てるとは考えにくいシミュレーション結果が出ており、彼等アポリシアも、自分達の故郷については、一様に、

「知らない」

 としか語らなかった。さらに、超低重力下から超重力下まで生存できる高い適応能力を持った種でもあり、何故そのような進化を遂げたのかも、彼等自身は、

「知らない」

 と語る為、大きな謎として広く知られていた。また、彼等は他の知的生命体とは大きく異なる価値観を持っており、その最たる部分が、個体名を名乗らない、ということであった。すべての個体が、自分自身のことを指す言葉として、アポリシア、と名乗るのである。実際には個体を示す個人名は存在するのだが、見ず知らずの異星人にそれを明かすことはほとんどなかった。

「分かっていないことが多い種族ですね」

 クリスタルはそのデータを自分の辞書の中から引き出し、目の前の生物のことを把握しなおした。

「僕達自身にも分からないんだ。他の知的生命体に比べて、種の歴史を重んじないから、情報が残っていないんだ」

 青年は答え、粘体の体から、彼自身と同色の、やはりゼラチン質で出来た何か箱型のものを吐き出した。一辺が一〇センチメートル程の立方体のキューブであった。それは膨らみ、頭部部分がゼラチン質のドームになっている、人型の環境スーツに膨れ上がった。アプリシアの青年がその中に飛び込むと、スーツは人型の形で、クリスタルと同じ姿勢で――つまり姿勢よくということである――立ち上がった。

「いやあ、ひとに見られるとは失敗したよ」

 ゼラチン質のドームの中に詰まった、のっぺりした青白っぽい何かから声が聞こえてくるのは、それはそれで不気味ではある。しかし、今度はそれをストレートに言葉にすることを、クリスタルは我慢することができた。青年の声はスーツの胸のあたりのスピーカーから聞こえてきていて、あるいはクリスタルよりもよっぽどロボットのようであった。

「それで、君はどんな目的でこんな場所まで入り込んできたのかな? 見ての通り、この辺りは一般居住区の外れで、エアロックの先は低重力区だ。まさかこの先に行きたい訳ではないんだろう?」

 青年は、さも近隣には面白いものは何もないと言いたげに、環境スーツの腕を広げてみせてきた。スーツの腕の先には五指が揃った手の形がしっかりあり、実際、重力で潰れていなければ人型ではあるということが、はっきりとクリスタルにも把握できた。

「はい、この先に行くつもりはないです。ただ、気まぐれに歩き回っていて、偶然辿り着きました」

 そう答えたクリスタルの仕草に、青年は器用に頷いて、腕を組んでクリスタルを不憫がる声を上げた。

「成程。少なくとも楽しそうではないね」


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