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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
前期学園祭編
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第92節 僕は答える

 師匠たちを先に行かせ、ルナは校舎の屋上でひとり"先輩"たちの前に立つ。伸縮自在で透明な蔓を屋上に蓋をするように張り巡らせ、彼女が得意とするステージを創り上げた。アリナとタクトは頭上の蔓に気づいてはいるが、それを取り除くことはできない。ルナの絶え間ない四方八方からの突撃が彼らの身動きを封じていた。


(……ルナの動きが見えないな。攻撃が来る瞬間は見切ることができるが、彼女が次どこからどんなふうに来るのかが全くわからない……)


(攻撃の種類は、幻素を纏った杖での打撃。単調だけど、連続で、素早く、多方向から攻撃が来るから、捌くだけで反撃できない。けど、決定打にはなり得ない。ルナちゃんもそこは理解しているはず)


(だがそれが正解だ。ルナは俺たちに勝つことを目標にしていない。あくまで友達のための時間稼ぎだ。おかげで俺たちが身動き取れなくなってから随分たつ。……ふっ、もう友達は迷宮に到達してるだろうな。だが、同時にルナも疲労で動きが鈍くなってきている)


「……タクト」


「ああ、わかってる」


 2人は互いに目配せをした後、ルナがタクトに攻撃をしようとした瞬間、彼は彼女の杖を右膝と右肘で瞬時に挟んで攻撃を止めた。ルナは自らの勢いで体勢を崩すが、杖を支点にすぐさまタクトから距離を取ろうとする。


「———!」


 逃すまいとアリナがルナに強烈な蹴りを喰らわせた。ルナは柵の方まで吹っ飛ばされて地面に倒れ込んだ。意識が朦朧とする中、アリナとタクトが慌てて駆けつけて来る姿を見上げる。


「ルナちゃん!大丈夫!?」


「おいアリナ!少しは手加減しろ!」


「ご、ごめん……身体がつい反応して……」


「……へへ、お(ねぇ)を本気にできた……めちゃくちゃ、うれ、しい……」


「———!うん、すごかったよ、ルナちゃん」


「ああ!成長したな!ルナ!」


 ルナは2人の賞賛の声を聞き、誇らしい気持ちを胸に眠りにつく。


(アゼン先輩、師匠、アオちゃん、あとは、頼み、ます……)



 ▲▽▲▽▲



奇跡の始発点(ハビタブルポイント)


 フランがそう呟くと、廊下が一瞬にして緑幻素と青幻素に包まれていく。それは廊下そのものを霧散させてしまうほどの濃度まで凝縮され、俺の周りを渦巻いている。


(この濃度はまずい……!)


「フラン!待て!これ以上濃度を高めるな!」


「言ったでしょ?私たちは本気だって」


 彼女は俺の制止を無視してどんどん濃度を高めていく。そして凝縮された青幻素はやがて"原始の水"となり、廊下を"海"の底に沈め、緑幻素は"原初の生命"となり、擬似的な生態系を創り出していく。それは世界がまだ丸かった頃、始まりの物語として語り継がれてきた風景だった。


【うふふ♪、フランは私を呼んでるようだね♪】


「出てくるな……!」


【あぁ、、気持ちいい、、やっぱり世界はこうでなくっちゃ。幻素で満たされた本来あるべき私たちの居場所、どんな人だって救うことができる、理想の楽園……!】


「違う……!あんな"地獄"は、楽園なんかじゃない……!」


「………」


 頭の中の【アイツ】が身体の所有権を奪いに来る。激しい頭痛を耐えながら必死に自我を保つ。フランはそんな俺の様子を静かに見守っていた。


(まずい……このままじゃ本当にまずい……!【アイツ】が出てくる前に、ここから離れなきゃ……)


 俺は自分の周りに白幻素を放出しようとする。だが、俺の意思に反して白幻素は全く出てこない。その代わりに、頭の中で【もう1人の声】が聞こえてきた。



【また、逃げるの?】



【アイツ】とは違う声。男の子の声。



【だったら、僕に貸して】



 その声を聞いた瞬間、【俺】の意識は落ちた。



 ▲▽▲▽▲



 この作戦を実行する上で、もちろん躊躇いはあった。君の隠しているものを無理矢理暴こうとしているのだから。だけど、それは私も昔から気になっていたことだし、何より彼女がそれ以外の方法では納得できないと言うのなら、私に断る理由は無かった。


 彼女が私を訪ねてきたのは久しぶりだった。副生徒会長としての姿は何度か目にしていたけど、"友達"としての彼女を見るのは、あの"事件"以来だった。しばらく談笑して、彼女はすぐに要件を言った。


「"本当"の彼に、いくつか質問してほしい」


 "本当"、この言葉の意味を、あの光景を目にした私たちなら理解できる。君に対する質問も、そのことに関するものだった。だけど、彼女が最後にする質問は、もしかしたら君を驚かせるかもしれない。私も、驚いたから。私はその質問だけは断った。その質問は、彼女自身がするべきもの。だから私は、彼女の背中を押すために、目の前の"少年"と対峙する。


「君が、"本当"の君なのかな?」


 アゼンちゃんの姿はアゼンちゃんのままだけど、"中身"がまるで違う。子どものように無邪気な笑顔がその証拠。


「僕は【僕】で、彼は【彼】、そして彼女は【彼女】だよ」


「……?」


「質問に答えてなかったね。"君は世界を救えるのか"……ごめんなさい、僕には救えない。けど【彼】なら救えるよ」


「彼……それって、いつものアゼンちゃんのこと?」


「うん。あなたが知ってる僕だよ。【僕】は力を使えないし、【彼女】は……純粋すぎる。【彼】が一番優しくて、【彼】が一番"覚悟"を持っている」


「………」


「……お姉さん、頼みたいことがあるの」


「なにかな?」


「【彼】を、できる範囲でいいから、支えてほしいの。【彼】には僕たちの【罪】まで背負わせてしまっているから、悩んで、迷うこともあると思う。だから、【彼】が正しい道に進めるように、手助けしてあげてほしい」


「悩み、迷っている……か……ふふっ、その言葉を聞いて安心したよ。アゼンちゃんならきっと、成し遂げられる。友人にも胸を張って答えるよ。もちろん、彼のことは全力でサポートする。任せて」


「……ありがとう。お姉さん、他に聞きたいことはある?」


「……いいや、今はもう十分だよ」


「わかった。それじゃあ、濃度を下げて。そうすれば、【僕】も、【彼女】も、出てこれないから」


 私は彼の言う通り、奇跡の始発点(ハビタブルポイント)を霧散させた。すると彼の中にいた"少年"はいなくなり、途端に頭を抱えた"君"に戻った。君の、何が起きたのか理解できていない様子を見て、私は安堵とともにこう言った。


「おかえり、アゼンちゃん」



 ▲▽▲▽▲



 意識を失っていたはずなのに、気がついたら、元に戻った廊下の真ん中に立っていた。いつもは気を失うと大抵あの真っ白な空間にいるのに、今回はそれすらなかった。【アイツ】が何かしたわけではないということだ。それに、気を失う前に聞こえたあの声は一体……。


 不可思議なことが多すぎて俺は思わず頭を抱える。すると、聞き慣れた声が目の前から聞こえてきた。


「おかえり、アゼンちゃん」


「……フランか。俺は、君に何かしてないか?」


「ううん。大丈夫だよ。それに、質問に対して、納得のいく答えも返してくれた」


「答え?俺は別に何も……まさか、【アイツ】が何か言ったのか?」


「いや……多分違うと思う。もう1人のほうだよ」


「もう1人……?」


 俺が疑問に思っていると、フランがなにやら考え込むそぶりを見せて、そのあと納得した様子で再び俺に話しかけた。


「………そう言うことか。なるほどね。今言ったことは忘れて、アゼンちゃん。それより、急がなくていいの?会議場、閉まっちゃうよ?」


「え、どういうことだ?通してくれるのか?」


「うん、君の"覚悟"はわかったよ。君を最もよく知る、第三者からのお墨付きだからね」


「……フラン、もう少しわかりやすく言ってくれ。今頭が混乱しているんだ」


「多分、君はまだ知らなくていいことだと思うよ。君はまず、目の前の"罪"に集中したほうがいい。それがきっと、正しい道だから」


「……よくわからないが、"扉"に入ってもいいってことだな?フラン、君はどうするんだ?一緒に行くか?」


「"庭園"までは一緒に行けるけど、会議場にはついていけないかな。他の給食部の子たちから連絡が来てないからね。元々彼らに自力で行かせるつもりだったから、辿り着けていないなら、今回は諦めるよ」


「今回はってお前、今年が最後だろ」


「うん、だけど、別に場所にこだわってるわけではないから、もちろん多くの人が来てくれる場所のほうがいいのは間違いないんだけど、それより部員たちが楽しく料理できる環境が一番重要だから。彼らには、それを模索していってほしいの」


「……お前、もしや部員にせがまれて参加したな?」


「ふふっ♪、イリアンもフレンチも、『これを機に、世界進出してやる!』って言って意気込んでたから、断れなくて」


「今回の学園祭は過去最大規模らしいからな。世界中から多くの人が視察にやってくる。やる気が出るわけだ。……さて、そろそろ急がないと、シオンに怒られちまう」


「それじゃあ、久しぶりにあの合言葉、一緒に言おっか」


「……そうだな!」


 俺たちは"扉"の前に立ち、ドアノブを握る。そして互いに息を合わせてこう言った。


「「あの日、あの場所で」」


 "扉"が開く。その先には、俺のよく知る、"旧友"がいた。


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