第91節 いざ、迷宮へ
廊下でアゼン先輩と別れた私とシオンさんは第3校舎の裏側にある"迷宮"の前にまで来ていた。工務部が妨害のために作った迷宮は分厚く高い壁で構成されていて、近づくと奥にあるはずのブック本部のビルですら見えなくなってしまうほどの巨大さだった。
入り口付近には他の部活動の部員も立ち往生していて中に入るか迷っている様子。
「シオンさん、入りますか?」
「………」
シオンさんは黙ったまま灰色の壁に近づくと、緑幻素で大木を作り思いっきり壁に放った。壁には少し穴ができるが向こう側へと到達することはなく、さらに穴から茶色幻素が放出して一瞬にして元通りになってしまった。
「壊しても無駄なようです」
「だったら空から行きますか?壁の上を歩いていけば迷わず会議場に辿り着けます」
「恐らくそれもダメですね。上を見てください」
「うえ……?……あ、」
空を見上げるとさっき私たちを追いかけ回していた飛行機が炎をあげて墜落しようとしていた。どうやら工務部の部員が壁の上にいるらしい。上から行こうとすれば間違いなく彼らと戦うことになる。
「けど、私とシオンさんなら突破できるんじゃ……」
「工務部部長のリンの実力がまだわかりません。上から強行突破しようとしたら間違いなく彼女が出てきます。私たちの目標はあくまで会議場に到達すること。むやみに戦う必要はないです。それに、工務部がまだ迷宮で妨害をしているということは、彼らも会議場に到達していないんでしょうね」
「ということは、工務部を妨害している何かがいる……彼らが戦っている隙に、迷宮を突破すればいいってことですね」
「そういうことです。時間はありません。ちゃんと着いてきてくださいね」
「もちろん」
こうして私たちは迷宮の中に足を踏み入れる。壁と壁の間には結構な距離があり、特に何か細工のようなものは見当たらない。しかし、見える景色が同じような壁と地面と空のみなので、進んではいるもののちゃんと会議場の方に近づいているかどうかはわからない。
「それにしても、やけに他の生徒が少ないですね。みんなもっと先の方まで行ってしまっているのでしょうか?」
「……止まって。曲がり角の方から何か音が聞こえます」
私たちは曲がり角のところで止まって耳を傾ける。曲がった先の方から複数人の話声のようなものが聞こえてきた。その他にも、ガコン、ガコンと何かが動く音もする。そーっと曲がり角から覗くと、そこには見覚えのある人たちがいた。
「すっごーーい!!ゴーレムだ!ゴーレムだよベルちゃん!」
「う、うん……!間近で見るとすごい迫力……!」
「ようやく迷宮らしい敵が現れたな」
「わたしの剣と、そのあたま、どっちが硬いか、勝負だーー!!」
そう言って、地面すれすれまで伸びた白髪の女の子、もといベンティアが目の前の3体のゴーレムのうち1体の頭上まで跳躍して岩に突き刺さったままの剣を振り下ろした。するとゴーレムの頭は粉々に砕け、それと同時に身体も後ろに倒れて他のゴーレムも破壊してしまった。
「……はぁ、めんどくさい人たちを見つけてしまいました。アオ、ここは見つからずに迂回して別の道を———
「シオンさん待ってください。……もう見つかってます」
「おーーい!シオンさーん、アオさーん!」
こちらに気がついたメルが手を振りながら駆け寄ってくる。私たちも渋々角から出て彼女たちに近づいた。
「いやー奇遇ですね!こんなところで会えるなんて!他の皆さんはどうしたんですか?」
「今は別行動中です。それより、他の生徒が見当たらないのですが、何か知っていますか?」
「多分迷宮まで辿り着けてない部活動が結構あるんだと思います!それと、最初に迷宮に到達した第一陣の部活動らはもう奥の方まで進んでるからですね!私たちも彼らになんとか喰らい付いていたんですけど、途中で迷ってしまって」
「ここすごい、壁が、うごくの!」
「第一陣の部員たちはすぐにそのことに気がついて壁を壊しながら進んでいった。だが、壁はすぐに修復されて出遅れた私たちはこうしてこの"区画"を彷徨っていたんだ」
「"区画"?迷宮の構造が把握できているんですか?」
「あ、ある程度ってだけです……。メルちゃんのお友達が幻素を使って壁の大まかな位置を特定したところ、この迷宮は分厚い壁が周り覆っていて、その中に同じ壁が横に2枚等間隔で置かれているそうです……」
「つまり、私たちがいる場所を"第1区画"だとすると、残りは"第2区画"、"第3区画"が存在することになる」
「なるほど……私たちはその区画を隔てている分厚い壁を目指して進めばいいんですね」
「それが今できないから困っているんだ。この動く壁は区切っている壁ほど分厚くはないんだが、壊れたらすぐ修復されていつまで経っても辿り着けない。第2区画までの壁を一気に全て破壊できればいいんだが、私たちにそんな火力はないからな……」
「だったら問題ありません。私がいます。アオ、上に登って第2区画がある方向を見つけてきてください」
「ふふっ、さすがシオンさん。了解です」
「え!?上!?危ないですよ!!迷宮の中央には高い塔があって、壁の上に上がった者はそこから撃ち落とされるんです!」
「大丈夫です。その情報さえあれば十分ですよ。ライちゃん、しっかり掴まっててね」
私は前に校舎前でやったように水を足元に勢いよく噴射して空中へと舞い上がる。その瞬間、迷宮の中央に鎮座する高い塔から高速で何かが飛んでくる。私は水をさっきとは逆向きに噴射してその攻撃を避けながら地面へと着地した。頭の上に乗っかっているライちゃんもどうやら無事のようだ。
「「す、すごい!!」」
ベンティアとメルが同時に感嘆する。
「シオンさん、壁はこっちの方にありました」
「わかりました。みんな、離れててください」
シオンさんはそう言うと私が指差した方向に杖を向けて、大きく深呼吸をする。すると、シオンさんの足元から植物の茎のようなものが大量に伸びてきて、それが二手に別れて丸い円を形作りながら壁の頂上付近で再び交じり合った。円の内側には大量の緑幻素が凝縮され、円を埋め尽くしていく。
「大きい……」
「おい、まさか……」
「衝撃に備えてください。ごり押します」
———ドン!!!!!!
巨大な円から、もっと巨大な根が生えてきた。それは前方にあった壁を次々と破壊していく。また、根が壁を壊す際の風圧が凄まじく、私とトレハン部の面々は必死になって地面にしがみついていた。
「なんだこりゃ〜〜!?」
「風圧がすごい……!」
「あはは!音おっきぃーーい!!」
「わ、私もう無理……飛ばされる……」
「———!皆さん!周りの壁が動いています!」
周りにあった壁も高速で移動して根の進行方向を塞ぐが、シオンさんの出す根は勢いを落とすことなく破壊しながら突き進んでいき、遂には第1区画にあった壁のほとんどが壊れてしまった。そして、第2区画へと通じる入り口が遠くのほうに見えた。それと同時に、巨大な根は一瞬にして緑幻素に霧散した。
「壁が修復する前に早く向かいましょう。……何やってるんですか?」
私と他の面々は、地面に這いつくばりながら、目の前の光景をただ茫然と眺めていた。
「し、死ぬかと思った……」
「楽しかった!」
「ベンティアは相変わらずだな……ベル、大丈夫か?」
「う、うん、なんとか……」
「皆さん、シオンさんの言う通り壁が修復する前に行かなければ意味がありません。急ぎましょう」
私たちは立ち上がり、走って第2区画への入り口へと向かった。そしてその様子を、高く聳え立つ塔の上から1人の生徒が見下ろしていた。
『リンだ。各員に伝達。トレジャーハンター部と飼育部の代理が"旧ビィビィア学園寮地区"に到達。"接待"はするな。泳がせておけ。以上』




