第90節 旧友は問う
ルナと別れた俺たちは"扉"がある第3校舎の中に入った。第3校舎に他の生徒の姿はなく、静かな廊下をただひたすらに走った。すると、俺とシオンの後ろについてきていたアオが何か考え事をしているかのように呟いた。
「ルナに兄姉がいたなんて、知らなかった……。どうして教えてくれなかったんだろう……」
俺は前を向きながらアオに質問する。
「アオは知らなかったのか?」
「……はい。ルナはあまり自分の家族のことを話さないんです。もちろん、弟のことはすぐに教えてくれましたけど、その、、ルナが家族のことについて話す時は大抵、"幼少期"の頃の話だけなんです」
「幼少期?」
「………私がルナと出会う前、、、まだ、両親が離婚していなかったときの思い出です」
「………」
ルナの両親は離婚していて、ルナは今まで母親に育てられてきたらしい。確かに、俺が知っていることもそれだけだ。彼女は今や未来について楽しげに話すことはあれど、"過去"について話したことはあまり無かった。
「単に、話したくないんじゃないんですか?」
シオンは淡々とそう言った。
「ルナが何かを隠していたとしても私は気にしません。興味がないので」
「……シオンさんはそうかもしれませんが、私は———
「待った」
俺はアオの言葉を遮りながら立ち止まる。
「話しの続きはまた今度にしよう」
そう言いながら俺は黒鉄を目の前の"敵"に構える。隣にいたシオンも、後ろのアオも、同じように武器を握りしめた。目の前にいる"敵"は、恐らく俺たちの作戦に気付ける唯一の"部員"だろう。まさか、彼女が参加するとは思わなかった。
「よぉ、フラン。驚いたぜ。忙しいんじゃなかったのか?」
「ふふっ、今年で私は卒業だから、最後の思い出として目立つ場所で料理がしたいなって思ったんだよ」
目の前に立つのは、給食部部長、フラン。ビィビィア学園の制服の上に白衣を着て"扉"の横に立っている。周りに他の部員はいないが、彼女ひとりだけでも十分脅威だ。
「………シオン、アオ、二手に別れるぞ」
「……二手?」
「2人は"迷宮"の方に向かってくれ。俺はフランの相手をする」
「3人で相手をした方がいいですよ」
「いや、、、たとえ3人で戦ったとしても負けることはないが、勝つこともない。給食部はフラン1人だけじゃないだろ?フランがここで足止めしている間に他の部員が"迷宮"を突破する作戦だろうな」
「さすが、よくわかってるね」
「……わかりました。その代わり先輩もちゃんと会議場に来てください」
「ああ、もちろんだ」
俺がそう言うと、シオンはアオを連れて来た廊下を戻り外にある"迷宮"へと向かう。それをフランが止めることはなかった。
「さて、それじゃあ本当の理由を教えてもらおうか」
「理由?何のことかな?」
「とぼけたって無駄だぜ?今まで学園祭ではずっと食堂で料理を提供してたのに急に今年になってブースを出すのは不可解だからな」
「一応、さっき言ったことも理由のひとつではあるんだけど、、、まあ、隠しててもしょうがないよね」
「やっぱり何かあるんだな」
「うん、君も知ってる友人に頼まれたんだ。君の"覚悟"を試してほしいってね」
「……その友人って誰だ?」
「それは言えない。あの子はまだ、君を許していないから」
フランはそう言うと、指先をこちらに向けてきた。
「42折りの月旅行」
すると次の瞬間、何かが高速で指先から射出される。俺はかろうじてそれを避けた。彼女の指からはとても細い糸のようなものが直線状に伸びていて、その先端は奥の廊下の壁に突き刺さっていた。
「避けられちゃった。けど、これならどうかな?」
彼女の周りに緑幻素の円が大量に形成されていく。俺は直感的にそこからさっきのアレが飛び出してくると理解した。
「シャット!!」
俺は白幻素を自分の目の前に展開し、攻撃を防ぐ。しかし、彼女は何度も射出して俺に反撃の隙を与えない。
(あの糸……いや、紙か?霧散させることはできるが、一発の重みが半端じゃない……!足が後ろに下がっちまう……!)
「それじゃあアゼンちゃん、友人からの質問を私が代わりに言うよ」
彼女は攻撃を続けながら俺に話しかけて来た。
「『あなたは一体何者なの?』」
「………」
最初の質問は、俺が人生の中で一番問われてきた質問だった。俺は何者か?それは———
「……俺にもわからない。俺はただ、俺の過去だけを知っている。だがその"ルーツ"は俺も知らない」
「……なるほどね」
フランはそう言うと、突然攻撃を止めた。彼女は一歩、俺に近づいた。彼女の色は"緑"であり、寮にいた頃はヒーラーとしてチームの補助していた。その精度は一流であり、ランキングの上位に位置することだってできた。しかし、彼女は幻素を攻撃の手段として使うことはなかった。
(今の彼女は、、本気だ)
俺は警戒しつつ一歩後ろに下がった。するとその瞬間、突然彼女の身体から"青幻素"が放出された。緑使いであるはずのフランが、どうして青幻素を扱うことができるのか、その理由は、1つしかない。
「———!」
俺は黒鉄を構えてフランに雷弾を叩き込む。例え彼女が"2幻素使い"であったとしても、対処の仕方は変わらない。攻撃を放たれる前に、こちらから攻撃する。だが、その攻撃が彼女に届くことはなかった。
「拡散促す多重幻想」
彼女の目の前に何重にも重なった青い膜の集合体が現れてその中に飛び込んだ雷弾は跡形もなく"消え去った"。
「……俺からも質問していいか?」
「うん、いいよ」
「"2幻素使い"だったこと、どうして黙ってたんだ。それにその技、雷弾をただ霧散させたわけじゃない。幻素単体になるまで分解している。……どうやったんだ?」
「私が2つの幻素を使えることは、いわゆる企業秘密のようなものだったの。ファームピボットの運営において、重要な役割を果たすからね。けど、もう隠す必要がなくなった。だから君に披露した。私と友人が本気だってことを示すために」
「……その技は?」
「これの仕組みは、うーん、複雑だから知らなくていいよ。けど、この技で防げない攻撃は"理論上存在しない"。こう見えても私、天才だからね」
「ははっ!自分で言うかそれ!」
「ふふっ、天才なんてどこにでもいるよ。けど、君みたいに世界を変える力を持っている人間は、中々いない。だからこそ、私の友人は、こう君に問うんだ」
『あなたは本当に、世界を救えるの?』
その言葉と共に、廊下は2つの幻素に覆われた。青と緑、2つの色が織りなす"世界"が、現れる。
「奇跡の始発点」




