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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
前期学園祭編
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第101節 後始末

 最後のアナウンスが流れると、会議場に向かっていた5つの部活動の部員は、手に持つ武器を下ろした。


「やった!アゼン先輩が辿り着けたんだ!シオン、私たちも早く向かおう!」


 アオは嬉々として駆け出していき、それをシオンが追いかける。残された敗者はその場に立ち尽くした。


「うう……すいません部長……部長の最後の学園祭、多くの人に見てもらえる場所で、たくさんの人に部長の美味しい料理を食べてもらうつもりだったのに……」


 イリアンは鼻を啜りながら下を向いている。フランはやれやれといった表情でイリアンの頭を撫でた。


「私に気を遣わなくていいんですよ。それよりも、私は今とても感激してるんです。ファームピボットにいた頃の2人より、格段に成長している姿を見ることができました。やっぱり留学制度を導入したのは正解でしたね。2人とも、よく頑張りました。えらいですよ」


「部長、僕の頭は撫でなくていいっすよ……恥ずかしい……」


「ふふっ、さて、学園に戻りましょう。食堂でみんなが仕込みをして待っています。今日は争奪戦があったので、一段と注文が増えますよ。気合い入れていきましょう」


「「はい!!」」


 給食部の面々が去った一方で、毒研のレイはその場で悔しそうに地団駄を踏んでいた。


「おのれ!おのれ!まさか会議にすら参加できんとは!こんな屈辱は久しぶりに味わったわ!!」


「まぁまぁ、今回は運が悪かっただけですよ〜。けど、こんなに悔しがるのは珍しいですね〜」


 隣で質問してきたベリに、レイは泣きついた。


「だってだって!メルのやつ、絶対あとでわしのこと煽ってくるもん!ざーこって言ってくるもん!うう……」


「言いませんよ〜多分。さ、そろそろ行きますよ〜。今回は大分暴れたので保健棟も忙しいはずです。レイちゃんのことをみんなが待っています」


「……ほんとう?」


「本当です。モテモテですよ〜」


 レイはベリから離れていつもの調子に戻った。


「うむ!あやつらはわしがいないとダメじゃからな!ベリ!そこで伸びてる奴らも担いで早くゆくぞ!」


「は〜い」


 ベリとレイは幻素で負傷者を宙に浮かばせてそのまま保健棟へと向かっていった。その場にはリンとリリエルのみが残った。


「……今年もお前にしてやられたな」


「ふふっ♪、今年も楽しかったよ、リン♪」


「今回の争奪戦は色々と想定外のことが多発した。お前の介入が特に大きかったが、飼育部代理の彼女たちの活躍も中々のものだった。彼女たちは全員1年生か?」


「そうだね♪」


「トルペンのタリアといい、今年の1年は骨があるやつが多い。……あの"学院"以外にも、才能は転がっているものなのだな」


「君みたいにね♪、ふふっ、ふふふっ♪」


「……何がおかしい」


「いや別に♪……リン、君に1つアドバイスをしてあげるよ」


 リリエルはそう言うと、手に歪な杖を出現させ、それをクルクルと回しながらリンの顔を覗き込むようにして呟いた。



「"学院"は、"才能"を何よりも大切にしていた。そう、何よりも、ね♡」


「———!」


 リリエルは音もなく消える。リンはたった1人、会議場と迷宮の狭間に立っている。彼女は通信機を取り出すと、深呼吸をして、電源を入れた。


《総員に告ぐ。……すまない。敗北した。伝統ある工務部の歴史に泥を塗る結果になってしまった。……反省はあとにしよう。総員、動ける者は迷宮の解体、並びに校舎の修復を開始しろ。たとえ敗北したとしても、工務部として最後まで誇りある仕事をするんだ。いいか、必ず授業開始時刻までには終わらせるぞ!》


「「「おう!!!」」」「「「はい!!!」」」


 迷宮のほうから威勢のある返事が返ってきた。


「……まったく、声だけは一人前だな」


 リンは少し微笑みながら、今度は自身の携帯を取り出した。彼女の顔はいつもの仏頂面に戻っている。


《エミリ、すまない。我々は参加することができなかった。今から解体作業を始めるところだ。指示役としてお前もこっち来てくれないか?それと……そっちの用事はどうだったんだ?》


《……あの人のことが、ますます分からなくなりました》


《そうか……焦る必要はない。まだ時間はある。だが、考えすぎるようなら、いっそ直接聞いてみるのもいいと思うぞ。たとえそれが決裂に繋がったとしても、お前は前に進めるはずだ。……過去に囚われ過ぎるなよ》


《………》


《あと、もうひとつ頼みたいことがある》


《なんですか?》


《前期学園祭当日、可能な限り魔女倶楽部の行動を見張っていてほしい。もちろんお前が祭りを楽しむことが最優先だ。あくまで可能な限り、可能な限りだ》


《分かりました。他に何かありますか?》


《重ねて申し訳ないが、学園祭当日までに、"生徒会の超法規的権限"の使用履歴を調べてくれないか?お前ならそれができるはずだ》


《……なぜです?》


《……魔女が"アドバイス"してくれたのさ。3年前の"失われた世代"について、あの"事件"の生き残りが、この学園にいる。本来なら"あり得ない"ことだが、リリエルは何か確かな情報を掴んでいるようだった……恐らく、学園でそれ知る方法はひとつしかない》


《我々生徒会を疑っているのですか?》


《そうだ。だがお前のことは信じている。だからこうして頼んでいるんだ。仲間を詮索するのは気が引けると思うが、リリエルは必ず何かしてくる。それを防ぐためにも、どうか協力して欲しい》


《……分かりました。問題を事前に解決するのが私の役目でもあります。あとで調べて、何かわかったら報告します。今はそちらに向かいますね》


《ありがとう、よろしく頼む》


 リンは電話を切ると、ため息を吐きながら空を見上げる。昼と夜の境界線が今日も変わらず世界を隔てている。アレが世界の本来の姿なのだと、一部の人間は主張しているのを、リンはふと思い出した。虚構のベールが剥がされ、真実が顕現しただけなのだと。


 リンはこの空に対して特に疑念を抱くことはなかった。物覚えついたときにはこの空だったし、"本来の空"だってもう思い出せない。昔の写真を見て想像するしかない。それに"本来の空"も、"幻素が出現する以前の空"とはメカニズムが異なるらしい。


 世界は、3つの異なる空を人類に見せた。そのことで人類は今、明確な"真実"を見失っている。全てを理解しているのは、恐らく神様くらいなのだろう。そしてその神様は、我々に"真実"を見せるつもりはない。


(リリエルが示唆していたことが事実なら、"貴女"は……)


 リンは憤怒していた。今更気づいた自分に対して。気づくことができなかった、過去の自分に対して。そして———


(どんな人間に対しても、無条件で信頼する、お人好しな"貴女"が、唯一【神様】だけは信じなかった理由、今なら分かる気がしますよ。……アリア部長)


 リンは、"学院"の【神様】に必ず責任を取らせると、憧れだった先輩に、心から誓った。



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