第100節 我らがリーダー、僕らの希望
「消えちゃったね……」
「はい。幻獣というのは、本当に不思議な生き物です」
2人してさっきの余韻に浸っていると、後ろから誰かに背中を押された。振り返ると、何やら慌てた様子で足踏みしているイリアンとフレンチの姿があった。
「何やってるんですか2人とも!ここからが本番ですよ!牛がいなくなったんですから壁はもう突破できるんです!急がないと先を越されますよ!」
「そ、そうだった!!」
私たちはすぐに第3区画の出口に向かった。そこにはすでに多くの部員が互いに牽制し合いながら外に出て行っていた。私たちも外に出ると、見慣れた顔が何人かいる。
工務部部長のリン、毒研部長のレイ、魔女倶楽部のリリエルが他の部活動の部員をなぎ倒しつつ、互いが前に進むのを阻んでいた。あの強敵たちをどのようにしてかいくぐるか悩んでいると、突然会議場の方から何かが飛んできた。
それは前方で闘っている3人を通り越して、こちらに突っ込んできた。着地の際に水を放出して勢いを殺している。白衣を着た彼女に真っ先に反応したのはイリアンだった。
「部長!!来てくれたんですね!!」
なんと飛んできたのは第3校舎で出会ったフランさんだった。彼女がここにいるということは、アゼン先輩は負けてしまったのだろうか……?
「イリアン、フレンチ、よくぞここまで来ましたね。ここから先は私もサポートします。ですが、あくまでサポートするだけです。会議場までの道のりは自分たちで切り開いてください。2人なら、それができると信じています」
「はい!全力で頑張ります!」
「ふふっ、いい返事ですね。あと、イリアン、すいませんが携帯をアオさんとシオンさんに貸してあげてください。それで私の携帯に電話をかければ、きっとおふたりが今話したい相手に繋がると思いますよ」
私とシオンは言われるがままイリアンから携帯を受け取り、フランさんの番号を打ち込む。電話をかけようとしたそのとき、突然耳元にアナウンスが響いた。私たちはすぐに辺りを見渡す。これが流れるということは、誰かが会議場に到達したということだ。だがしかし、リンも、レイも、リリエルも、まだ姿が見える。彼らも困惑しているようだ。
《さぁさぁ皆さん驚いたことでしょう!常連の部活動が未だに到達できていない中、彼らの視線を掻い潜り、見事この会議場に到達した者がいます!》
私たちは失念していた。第3区画において最も重要な役割を果たした人物を。この場において最も警戒すべきだった人物を。
《初挑戦ながら見事な活躍でした!いや〜びっくりしましたよ!気づいたら僕の隣にいたんですもの!さぁ!せっかくだから皆さんにひと言お願いします!》
《あ……ごめんなさい……よ、ヨルです……先に行かせていただきました……あの、私はどこに行けば……》
《会議場所は2階に用意されています!出席者はそこでお待ちください!……では!改めてご紹介します!会議出席の第9枠目を見事勝ち取ったのは、ヨルさんたった1人で運営されている、骨董品の宝庫!"蒐得部"です!》
「……しゅうとく……ふふっ♡」
「なに笑っとるんじゃ気持ち悪い。我々は今窮地に立たされておるのじゃぞ?」
「お前たちに構ってる暇がなくなったな」
9枠目が埋まった今、残るは1枠のみとなる。この時点で私たちと給食部の協力関係は消え失せた。そして給食部もまた、そのことに気づいていないわけがない。他の部活動も、より一層激しく関わってくる。
放送が終わった。その瞬間、荒野は再び戦場の音を取り戻す。
私は青幻素の矢でイリアンの熱光線を牽制、シオンはフレンチとフランに対して素早く木の根を繰り出した。フランは自分とフレンチの前に青い膜を張って木の根を霧散させる。相手が防御に徹した隙を見て、私たちは全力で走った。
向かう場所はリン、レイ、リリエルが闘っているど真ん中。今重要なのは、誰も先に行かせないこと。彼らも私たちを逃すつもりはない。こうして工務部、毒研、魔女倶楽部、給食部、飼育部代理による、前代未聞の足の引っ張り合いが幕を開けた。
各部活動が、毎年すぐに枠を獲得していた常連なだけあって、とても人間とは思えない人たちばかりが集まっていた。
だがしかし、問題はない。私たちには切り札がある。
シオンはイリアンから"借りた"携帯で、我らがリーダーに電話をかけた。
▲▽▲▽▲
シオンたちの激しい攻防が、ここブック本部ビルの屋上からでもはっきりと見えるようになってきた。あの光景を、幻素が存在していなかった時代の人が見たら、きっとカオスと表現するに違いない。巨大なコンクリートと大木がぶつかり合い、熱光線がそれを貫き、毒の雨が降り出したと思ったら、今度はそれが飴玉に変わった。設立当初、ブックが世界の均衡を崩しかねないと、一部の人々から懸念が生じたのも当然だった。
『あなたには、世界を変える力がある』
フランは俺にそう言った。だがそれは、俺ひとりだけではない。幻素を持つ者全員が、その可能性を秘めている。
『恐ろしい時代になった』
父はひとり呟いていた。だが同時に、こうも言っていた。
『それでも、世界は何も変わらない』
幼い頃の俺には、その言葉の意味がわからなかった。けど、今ならなんとなく理解できる。
たとえどれだけ規模がデカくて、不思議で、馬鹿げた力を持っていたとしても、俺たちが今やっていることは、学園祭のブースの取り合いに過ぎない。早い者勝ちの徒競走に、幻素が加わっただけに過ぎない。世界を変えようだなんて、微塵も考えていない。みんな、仲間のために、部活動のために、頑張っているだけだ。幻素がなかった時代と、なんら変わりはないんだ。
"世界を救う"、それが俺のやるべきことだ。旧友たちと、"彼女"と交わした、俺の大切な約束だ。だが今は、もうひとつの約束がある。今の俺を認めてくれた、"仲間"たちとの約束。俺は彼らの信頼に応えなければならない。
深呼吸をして、フランが用意してくれた、会議場への発射装置の前に立つ。風が後ろから吹いてきて、ふと、振り返る。暗闇と日差しの間に、"彼女"の幻影を見た。優しく微笑みながら、"彼女"は口元を動かす。
『行ってらっしゃい、アゼン』
かつて僕らの寮長だった"彼女"の口癖だ。
「ああ、行ってくるよ、"アリア"」
携帯が鳴る。電話に出ると、シオンの叫ぶ声が聞こえた。
《先輩!いつでもいけます!》
「よし、行くぞ!」
俺は意を決して発射装置に飛び込む。水の中に突っ込んだかと思うと、次の瞬間には勢いよく射出されていた。爆音と共に俺の身体は弧を描きながら会議場の天井に向かって飛んでいく。自分を包み込んでいた水は風によって後ろに流れていき、木材で造られた天井との距離が縮まっていく。右手で炎弾をこめた黒鉄を握りしめ、左腕の脇に"本"を挟み、左手には携帯を持って口元に近づける。
「今だ!!」
そう言うと同時に、俺は天井に落下する。普通なら鈍い音が響き渡るところだが、俺の身体はシオンによって"柔らかくなった"木材に包み込まれる。そしてすかさず自身の落下地点にこれでもかと炎弾を撃ち込んだ。
木材は燃え上がり、穴が開く。俺はそのまま会議場に直接乗り込んだ。どうやら俺はちょうど円卓の真ん中に降り立ったらしい。周りを見渡すと、驚きの表情に満ちた部長たちの顔が並んでいる。しかしその中で唯一、笑みを浮かべている人物がいた。
「貴方なら参加できると信じていましたよ。アゼンさん」
「待たせたな、バルディ部長」
天井が燃えるにつれて、昼と夜の境界線が浮き彫りになる。バルディの顔は、暗闇の中に溶け込んでいった。
《い、今上から連絡がありました!番狂わせ!史上最大の番狂わせです!!突如として空から現れ、天井を焼き払いながら円卓の中央に舞い降りました!学園の異端児が今、この争奪戦に終止符を打ったのです!さぁ敗北者の皆さん!耳をかっぽじってよーく聴いてください!アゼン率いる代理飼育部が、最後の10枠目を獲得しました!!これにて!!今年の会議出席争奪戦の終了を宣言します!!》




