第99節 鐘の音は止む
私たちは毒研のレイ部長のところに向かった。彼女は壁の上で指示を出していたので、私は下から彼女に声をかけた。
「あのー!レイさーん!」
「ん?なんじゃ!今忙し———なんと!お主らか!第2区画では迷惑をかけたの!それで、どうしたんじゃ?」
「今この区画にいる部活動の部員全員で協力してあの牛を倒しませんか?あの牛はこの迷路をリセットできるんです!だからアイツを倒さない限り私たち全員会議場には辿り着けません!ここを出るまでの間だけなので協力お願いします!」
「ふーむ……」
レイは顎に手を当ててしばらく考えたあと、いつもの老人口調の可愛らしい声で答えた。
「よかろう!わしらもこやつの倒し方に困っていたところじゃからな!提案してきたからには何か勝算があるのじゃろ?まさか無いとは言はせぬぞ」
「牛は幻獣なので幻素の攻撃が有効です!どれくらいの攻撃をすれば良いかはわかりませんが、私たちのもつ全力をぶつければ勝ち筋は見えると思います!」
「あやつ幻獣じゃったのか!?幻獣相手に試したい毒薬がたくさんあるのじゃ!こうしちゃおれん!ベリ!ベリはどこじゃーー!!」
レイは壁から飛び降りるとベリを探しに駆け出していく。
「はいは〜い。ここにいますよ〜」
あらぬ方向へ走り出すレイをベリが捕まえてそのまま肩車する。レイは嬉しそうにベリの頭をポンポン叩いた。
「ベリ!話しは聞いておったか!?あの牛は幻獣らしいぞ!
我らの毒薬をようやく試せるときがきたのじゃ!アレは最高の被験体じゃからな!」
「テンションたか〜い。だけど、その前にちゃんと協力の内容を聞かなきゃだめですよ〜」
「おう、そうじゃった。少し冷静さが欠けていたわい。それで、具体的にどうやって攻撃するのじゃ?」
「それは各部活動の代表者が集まったときに考えたいと思います。そのために、毒研には牛の足止めをお願いしたいんです。正確には、鐘を鳴らさせないようにして欲しいです」
「鐘……?ああ、牛の首についてるアレか。アレがいわゆる"リセット"に関係があるのじゃな?承諾した。ベリ、部員を率いて牛の相手をしばらく頼む。わしはこやつらと作戦会議に参加してくるぞ」
「わかりました〜」
「それじゃあ私について来てください!イリアンさん!フレンチさん!お2人も牛の足止めをお願いしてもいいですか?」
「任せてください!」
「わかったっす!」
「シオンも、みんなのサポートをしてあげて!」
「アオ、彼ら相手に1人で大丈夫ですか?」
「……ちょっと不安だけど、私だって、この争奪戦の参加者だから、今だけは、あの人たちと平等に渡り合うことができる。それに、今は同じ目的を持つ仲間だからね!」
「何をしておる!足止めも長くは保たんぞ!」
「は、はい!それじゃあシオン、よろしくね!」
「……もちろんです」
私はシオンたちと別れてあらかじめ指定しておいた集合場所に集まった。そこには工務部部長のリンと魔女倶楽部のリリエル、そしてもうひとり、紫色の長い髪をおどおどしながらいじっている少女がいた。
「皆さん、お待たせしました!」
「大丈夫だ。そこまで待っていない。それでは現状の把握からするとしよう。今現在私たちはあの牛を倒すという目的のもと一時的だが協力関係にある。我が部の部員と今ここにいない部活動にはヤツの足止めを依頼している。我々はヤツが再び鐘を鳴らす前に仕留める必要がある」
牛のところに多くの生徒が集まり、各々距離をとりながら攻撃しているのが離れたこの集合場所からでもわかる。特にシオンの巨大な根が、前と同じように牛の動きを封じ込めていた。前は彼女の1人での封じ込めだったが、今は他に多くの仲間が攻撃をして注意を分散させている。
「鐘の音は私の頭の上にいるライちゃんの羽があれば聴かずに済みますが、ライちゃんの負担になるのでさすがに全員分の羽は用意できません」
「ほー!こやつも幻獣なのか!中々に可愛い見た目をしておるのぉ!」
「羽が全員分用意できないとなると、鐘が鳴る前に一斉攻撃を始める必要があるな。だとしたら今足止めができているこの状況こそが、絶好のチャンスだと思う」
「けどけど〜その足止めももう限界みたいだよ?」
リリエルはそう言って轟音鳴り響く戦場を指さす。牛は前よりも激しい抵抗を繰り返しており、根は引きちぎられては再び生えて絡みついてはいるが、その再生が徐々に間に合わなくなっているようだ。
「……時間がないな」
「どうしますか……?今から一斉攻撃をするとなると、そのことを他の部員に伝えなければなりません。全員に伝え終わった頃には、恐らく牛はもう……」
「それに、タイミングも重要じゃな。あやつ、幻素の攻撃は確かに効いておるが、それと同時に回復もしておる。つまり一斉かつ特大の攻撃を与えなければならないわけじゃ」
「「「………」」」
皆黙り込んでしまった。こうしている間にも、足止めは刻一刻と破られようとしている。それに、牛の抵抗によって多くの部員の体力が削られている。次鐘が鳴ってまた足止めできる保証はない。
ここにいるメンバーでダメ押しで攻撃してみないかと提案しようとすると、さっきまでずっと黙っていた紫髪の少女が突然口を開いた。
「あ、あの……私なら、離れていても全員の攻撃を集めることができると思い……ます……」
「「「———!!」」」
私以外の全員が、驚いて攻撃の構えをとる。
「ど、どうしたんですか皆さん?」
「……いつからここにいたんだ」
「……?この方は作戦会議が始まった時からずっといましたよ?」
「……へぇ〜、はじめっから、ね」
「……おぬし、"ヨル"じゃな」
「は、はい……私の名前はヨルです……すいません……さっきまでは警戒して、姿を隠していました……けど、あなたは私の姿が見えたんですね……へへ、"同類"が見つかって嬉しいです……」
ヨルはそう言って私にぎこちない笑顔を見せる。確かに私はずっと彼女の姿が見えていた。てっきり他の人も話を振っていないだけでいることは知っていたと思っていたが、どうやら私にだけ見えていたらしい。けど、どうして……?それに、"同類"というのは一体……?
疑問がいくつか浮かぶが、それを吹き飛ばすかのように、戦場から爆音が鳴り響いた。
「時間がないんですよね……だったら私の言う通りにしてください……最後の鐘が鳴ったとき、皆さんはどこにいようとも、必ず自身の目の前に攻撃を放ってください……それを私が牛の頭上に転送します……私は紫幻素が使えるので……」
「「「「………」」」」
それは、非常に理にかなった作戦だった。鐘が鳴っている間は、牛は動かない。それに、最後の鐘を合図にすることで、たとえどこにいようとも、タイミングは合う。必中することは間違いない。だが、問題は———
「そんなことが可能なのか?」
リンさんの言う通り、どこに飛ばされたかもわからない人たちの場所を把握し、尚且つ彼らから放たれる強力な攻撃を全て転送するなんて、並の紫使いでは到底できない。だがそれは、彼女のたったひと言で、全て杞憂だと思わされることになる。
「私は……"センテンス"です……」
「……そうじゃったな。おぬしはセンテンスじゃ。それに、"マリーのお墨付き"じゃしな。心配はいらんじゃろ」
「"先生"のこと、知ってるんですね……」
「案外おぬしより詳しいかもしれぬぞ?」
「話はあとでやってくれ。……この作戦でけりをつける。我々も足止めに加わると同時に、作戦の内容を全員に伝えろ。伝え終わったら、この場にいる者がそれぞれ何かしらの方法で合図をして、5人全員の合図が見えたら、足止めを終わらせる。このことも、みんなに伝えておけよ」
「はい!」
「了解じゃ」
「はいはーい♡」
「わかりました……」
「よし、それでは作戦開始!」
リンの号令と共に私たちは一斉に駆け出す。それぞれが言わずとも分散してより効率よく部員に説明しようとしていた。それに、部長級の人たちの援護もあってか、牛の動きをまだなんとか抑えることができている。しかし、それも長くは持たない。牛はすでに空へと舞っている。
私は道中他の部員に簡潔に作戦を説明して回った。そして最後に辿り着いたのは、やはりシオンのところだった。シオンは今までずっと大量の巨大な根で牛を足止めしてきている。彼女の体力はかなり削られていた。私が到着した頃には、杖から出した根を支えきれなくなっていた。
「シオン!!」
シオンはとうとう膝をつく。それと同時に根は崩壊していき、牛が動いて絡まっていた巨大な根が崩れ、彼女の頭上に落ちてくる。私は間一髪でシオンの前に立って上から降ってくる根を矢を放って砕こうとするが、濃度が足りずに突き刺さるだけだった。
(どうして私は、こんなにも……!!)
自分の弱さを噛み締める暇もなく、巨大な根は轟音とともに降ってくる。私は咄嗟にシオンに覆い被さった。
———ズキューーーン!!!
根が落ちる音とは異なる轟音が真上から聞こえてくる。振り返ると、巨大な根が巨大な熱光線で貫かれバラバラになっていた。さらにその破片を、もうひとりがフライパンで次々と払い落としていく。私はその頼れる"先輩"の名を叫んだ。
「イリアンさん!フレンチさん!」
「2人とも、怪我はないですか?へへん、ようやく先輩らしいところを見せることができました!」
「作戦のことはもう聞いているっす。最後の鐘が鳴ったら目の前に攻撃すればいいんっすよね?」
「そうです!シオンにも、今から説明するね!」
私はシオンに作戦の内容を伝える。シオンは立ち上がり杖を構えた。
「わかりました。まだ力は残っています。あの牛には振り回されてばかりだったので、派手に散る姿が見たいです」
「派手に散るかはちょっとわからないかな……」
私はそう言いながら、辺りを見渡す。周りにいる他の人たちも作戦を聞いたらしい。皆決意に満ちた表情で牛と戦っている。空を見上げた。神々しく羽ばたく牛と、4つの合図が見えた。
私が矢で5つ目の合図を放つと同時に、攻撃はピタリと止まり、辺りが静寂に包まれる。牛は空で静止する。
鐘の音だけが、空気を揺らす。
———リーン
最初の鐘の音が聞こえた瞬間、私たちはバラバラに瞬間移動した。隣には見知らぬ部員の人がいた。彼は一瞬驚いたが、すぐに気を取り直し、互いに何も言わずに頷いた。その瞬間、鐘の音と共に彼は消えた。鐘はまだ、鳴っている。
———リーーーン
最後の鐘が鳴った。その瞬間、私の目の前に大きな紫色の円が出現した。私はそこめがけて自分の出せる最大火力の攻撃を放つ。
周りから技を放つ音が聞こえてくる。それと同時に、牛の頭上にその巨体を遥かに凌ぐ大きさの紫色の円が現れ、色鮮やかな幻素の"雨"が、牛に降り注いだ。
牛は悲鳴をあげながら地面に落下する。私は急いで牛が落ちた場所に向かった。まだ倒せているかどうかわからない。そのためにも、確認しに行く必要がある。他の人たちも同じことを考えたのか、多くの部員がそこに集まっていた。
「シオン!」
私は杖を構えて追撃しようとするシオンを見つける。私はその杖を咄嗟に押さえた。
「何をするんですか」
「もう倒せているかもしれない。様子を見た方がいいよ」
「———!……あなたも、優しいんですね」
「……も?」
「いえ、なんでもありません。それより、見てください。牛の近くに何かが……」
シオンが指さすところを見ると、そこには綺麗な花が咲いていた。しかも段々とあちこちに鮮やかな花が咲いていき、遂には牛の周りに花畑が出来上がってしまった。その瞬間、私たちは思いがけないものを目にする。
純白の巨大な扉が、宙に出現した。
扉が開く。
その奥を垣間見た者は、皆こう思った。
———楽園
塔の上で見た景色とそっくりだった。思わず見惚れていると、牛は何かに摘まれるようにして浮き上がり、扉の奥に入っていく。牛が完全に入った瞬間、扉は勢いよく閉じた。




