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幻素が漂う世界で生きる  作者: 川口黒子
前期学園祭編
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第98節 突貫協定

「シオン!」


 周りを探してもどこにも見当たらない。どうして私だけがここに残ったのだろうか……思い当たることは1つしかなかった。


「ライちゃんが、私を助けてくれたの?」


 私は頭の上のライちゃんに尋ねる。ライちゃんはぴーっと1回鳴いただけだった。


 ライちゃんが耳を塞いだおかげで最後の鐘の音が聞こえなかった。だが、普通に自分の手で耳を塞いだとしても、恐らく鐘の音は聞こえていたのだろう。ライちゃんの翼だったからこそ、音は鼓膜に届かなかった。


 現に、耳を塞いでいたベンティアも瞬間移動させられていた。なぜライちゃんの翼にそんな能力があるのかはわからない。しかし、もしこの仮説が正しいのなら、ライちゃんの翼の羽を使えば、簡易的な耳栓を作ることができるのではないか?

 あの牛は1つの部活動だけで勝てる相手じゃない。第3区画にいる全員が協力する必要がある。そのためにはこの瞬間移動をどうにかするのが先決だ。


 そんなことを考えていると、上空の牛が突如として地表から生えてきた巨大な根に追い回されていた。


(あの根は……シオン!?あの牛の身動きを封じる気なのかな……?けどおかげでシオンの居場所がわかった!)


 私はすぐさまその根が生えた場所へと向かった。


 向かっている途中、迷路のせいでシオンの姿は見えなかったが、彼女もまた牛と同じく迷路なんか知ったこっちゃないといった感じで壁を壊しながら追いかけ回しているので、居場所は案外わかりやすい。


 全力で走って破壊の最前線に到着する。シオンは走りながら杖から根を放出し続けて牛を絡めとろうとしていた。しかし牛は空中で避けたり体当たりで根を破壊したりなどして逃げ回っている。立場は逆転しているが、距離は縮んでいなかった。


「シオン!しおーーーん!!!」


 私は前を走るシオンに大声で呼びかける。シオンは走りながらこちらに振り向いた。


「アオ、いいところに来ました!あのちょこまかとうざったい動きをその弓で封じてください!その間に私が仕留めます!」


「わかった!」


 私はシオンのすぐ後ろを走りながら牛に向かって弓を構える。さっきよりも濃度が濃い矢を創って根が追い立てて牛が向かう方向に先まわりして矢を放った。


 矢は見事命中し、牛は一瞬怯む。その隙にシオンが創り出した巨大な根が牛を絡め取り、一気に地面へと叩きつける。轟音と共に落下地点の迷路の壁が吹き飛んだ。私たちは急いでその場所に向かう。


 牛は根の中でもがいていたが、身体そのものには傷ひとつ付いていないようだった。


「あれだけの勢いで叩きつけられたのに……」


「こちらも、押さえつけるのに手一杯です」


 ———ギュイーーン!!


 するとどこからか赤い光線のようなものが発射され、牛に直撃する。しかし、それもまたあの純白の身体を射抜くには至らなかった。


「2人とも!大丈夫!?」


 発射地点にはイリアンとフレンチが立っていた。彼女たちは走ってこちらに合流する。


「合流できてよかったです!見覚えのある根が牛を捕まえてるのを見て急いで来たんですよ!」


「まさか迷路が修復してしかも瞬間移動させられるとは思わなかったっす。確かにこんな毎回リセットされたら心も折れますよね……」


「けど!瞬間移動はあの鐘の音を聞かなければ起こりません!そして私の頭の上にいるライちゃんの羽を使えば、音を完全に遮断できます!」


「そ、そうなんですか!?この可愛い鳥さんの羽が……けど、確か幻獣には触れないんですよね?」


「多分、ホルンの乳と同じく幻獣の身体から離れたものなら触れるんだと思います!」


「なるほど、それならいけそうっすね!」


「話しているところ悪いのですが、そろそろ押さえるのが限界です。恐らくまた鐘を鳴らそうとしているのかと」


「わかった!それじゃあ私が合図を出したら根を霧散させて!」


「分かりました」


 私はライちゃんから羽を数本頂いてそれを丸めてイリアンとフレンチに手渡す。そのあとすぐにシオンの隣に移動した。


「シオン!お願い!」


 私の合図と共にシオンは根を霧散させる。私はすぐに羽を手渡した。みんなそれぞれ耳に栓をして空へ舞った牛を見上げる。私の耳はまたライちゃんが塞いでくれた。


 牛は空で静止すると前と同じように首を振り出す。しかし、音はまったく聞こえない。もちろん私たちの声も聞こえないので指で全員を指さしていき最後に上の牛に指を向けた。


 意味は一斉攻撃。今の牛は無防備なので攻撃するなら今がチャンスだ。たとえ微々たるダメージでも繰り返していけば必ず勝てる。他の3人は私のジェスチャーの意味を理解して私の跳躍を合図に一斉に飛び上がった。


 フレンチはフライパンを手に、イリアンは人差し指を牛に向け、シオンは杖に幻素を纏わせる。私は弓に手をかけて牛の頭に狙いを定める。


 全員が攻撃を開始しようとしたその瞬間、思いがけないことが起こった。突如私たちの飛ぶ先に2人の生徒、正確にはリリエルとリンが現れた。


「あら♡」


「チッ」


「え!?」


 私たちは咄嗟に攻撃を中断してそのまま地面に着地する。上空の牛は未だに鐘を鳴らしているが、それよりなぜ2人が突然現れたのか。彼らも第3区画に入っていたのか。


 私は彼らのもとに行き、ライちゃんの羽を耳に詰めるよう言った。2人ともいがみ合っていたが、私の指示には従ってくれた。私たちは一旦牛から距離をおき、鐘が鳴り止むのを待つ。


 しかし、中々鐘は鳴り止まない。さっきは10回で鳴り止んでいたのが今回はそれ以上の数首を振っている。それでもようやく鳴り止んだところで、私は2人に質問した。


「いきなり現れてびっくりしました。お2人ともこの区画に来ていたんですか?」


「お前たちこそ、なぜこの区画にいるんだ?"音"を聴いたはずだろう?」


「……あ〜なるほど♪、この耳栓のせいで聴こえてなかったんだね♪。うーん、これは困った困った」


「は、話しがまったく見えないなんですが……」


「この魔女は角笛で区画にいる人間全員を"繰り上げる"音を出したんだ。つまり、第1にいた人間は第2に、第2にいた人間は第3に、そして第3にいた人間は、迷宮の外に移動したんだ。お前たちはその音を聴いていなかったからここに残っているわけだな」


「え、つまり自分ら本来外に出られたんすか?」


「そういうことになるね♪」


(最悪だ……まさか耳栓をしたのがあだになるなんて……)


「ごめんなさい……私がこんな提案しなければ……」


 私はみんなに向かって頭を下げた。


「何言ってるんすか。こんなの誰も予測できないっすよ。アオさんはあの場で最善の方法を提案してくれていたっす。これからのことは今から考えればいいんすよ」


「うんうん!それに私たち一応先輩なのにアオさんとシオンさんに頼りっきりだから、先輩らしいところを見せるチャンスが増えたってことにしましょう!」


「アオが責任を感じる必要はないです。できることをしただけですから」


 みんな、自分のことをこんなにも励ましてくれている。そんな中いつまでも頭を下げているわけにはいかない。顔を上げて前に進む必要がある。ゆっくりなんてしていられない。なぜなら———


「皆さん、ありがとうございます!クヨクヨしてる場合じゃないですよね!リンさん、笛が鳴る前に第3区画にいた部活動の数は知っていますか?」


「ちょうど10組だ。飼育部と給食部がここにいるから、外に出たのは8組だな。恐らく今から彼らに追いつくことは不可能だ。つまり、この第3区画にいる部活動のうち2組だけが、枠を勝ち取れる」


 私はイリアンとフレンチのほうを見る。残りの2枠を手に入れるために、私たち飼育部代理と給食部はいま一度協力関係を結ぶことを、目配せによって訴える。2人とも小さくコクリと頷いた。


「いーなぁー仲良く協力するんだぁー。ねぇねぇ、私たちも協力する?」


「ありえない」


「だよね♪」  


「だが、まずはアイツを倒す必要がある。それまでは、お前たちと一時的に協力しよう」


「あなたが作った迷宮なのだから、無視して区画の外に出ることはできるのでは?」


「この区画だけは特別だ。あの"幻獣"は"外注"したものだから、私でも制御が効かない。わかっていることは、ヤツはこの区画に入った者を逃がさないという命令で動いていることだけだ。……本来なら、私はここを避けて会議場に向かうはずだったのだが」


 そう言ってリンはリリエルを睨む。リリエルはニコニコ笑いながらピースサインをリンに向けた。


「げ、幻獣だったんですね……。……あれ?だけどちゃんと攻撃が当たっていましたよ?幻獣は触れることができないはずなのに……あ!もしかしたら!幻素による攻撃なら幻獣に攻撃できるのかもしれません!私とシオンが追いかけていたときも幻素の技しか使っていなかったので!」


「……どうやらそのようだな。アレを見ろ」


 リンが指さす方向を見てみると、白衣を着た生徒たちが牛に対して総攻撃を仕掛けていた。生徒たちの一部は何かしらの幻素で練られた技で牛を攻撃している。牛はその攻撃だけには敏感に反応していた。


「お前たち!なるべく牛には近づくでないぞ!遠距離から攻撃するのじゃ!え?追いかけてきたらどうするのかって?そんなの逃げるに決まっておるじゃろ!実験の失敗で鍛えてきた危機回避能力を今存分に発揮するときじゃ!」


 迷路の壁の上に立ちながら現場を指揮するのは、小柄な体躯の愛され部長、レイだった。どうやら毒研究推進部も第3区画に移動してきたらしい。


「結構な数の部員がいますね!毒研と協力できれば大幅に戦力を上げることができます!」


「それでは二手に別れよう。私は我が工務部の部員をかき集める。その間にお前たちは毒研を説得しに行け。ついでに他の部活動にも協力を呼びかけるぞ」


「「はい!」」


「了解っす」


「わかりました」


「私は観戦してるね〜」


「お前は私と来てもらうぞ。妙な真似はさせないからな」


「え、それってお誘い———


「断じて違う。早く行くぞ」


「はーい♡」


 リンとリリエルは迷路の奥に消えていく。私たちも毒研が戦闘している場所に急いで向かった。その道中、突然中性的で可愛らしい声が鼓膜に直接響いてきた。


《アーテステス、マイクテストマイクテスト……どうも皆さんおはようございます!みんな大好き放送部部長のガリエルです!》


「が、ガリエルさん!?」


《毎年熾烈を極める争奪戦、公平性を維持するために放送は到達者の報告のみとなっておりました!皆さん、もうお分かりですよね?そう、ついに!この会議場に1組の部活動が足を踏み入れたのです!数多の部活動の中から映えある最初の枠を獲得したのは……おもしろおバカな4人組!トレジャーハンター部です!》


《ちょっと!おバカってどういうことですか!もっとかっこいい説明にしてくださいよ!》


《あ!こら!マイク勝手に使わないで———


《アオさーん!シオンさーん!1番乗りは頂きましたよ!ここで2人が来るのを待ってるので、絶対来てくださいね!》


《まってるよーーー!!》


 メルとベンティアの元気な声が耳元で聞こえてきた。


《はいどいたどいた!ふぅ、相変わらず破天荒な人たちですね……気を取り直して!今現在多数の部活動がこちらに向かって来ていますので、これからも随時報告していきます!》


「……私たちもうかうかしてられないね」


「はい。そのためにも、まずは急いでこの区画から脱出しましょう」


「うん!」


 私たちは踏み出す足をより一層速くしながら、毒研のところへと向かった。


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