閑話 後編
クリスマスに投稿するつもりだったのにどうしてこうなった!?
センター試験で忙しかったのと話が膨らんでったのととあるゲームのせい〈おかげ〉です。
因みに今日二次試験の前日ですよっ!
side 那月
「あぁいい香りだね、黒瀬君、僕にも1杯いただけるかな?」
「え?」
聞き覚えのない声に、ティポット片手に振り返る。
そこには黒髪の、私や蒼月と同じような年の頃だと思われる男の人が空いた席に座っていた。
私が驚いて固まっていると、さっきまで座って談笑していた蒼月と水月君がすぐさま椅子から立ち上がった。
そして今度は片膝立ちになりその男の人に頭をさげていた。
そして……
「ご無沙汰しております、父上。
今日はようこそおいで下さいました」
「父様、おはようございます……という時間でももうありませんか。
しかし、こちらに来られるのは昼過ぎになると伺っておりましたが?」
「あぁそれね、紫苑がさぁ、時雨ちゃんにマンツーで指導するらしいから事務所の方に行ってたんだけど、ちょっと時雨ちゃんの時間が合わなくなっちゃったみたいでね、時間空いたからこっちに来たんだ。
まずかったかい?」
「いえいえ、勿論歓迎致しますよ」
「ふふっ、それにしても堅いなぁ、2人とも。
もっとフランクにいこうよ。
いや、それなら僕も口調変えた方がいいかな?」
「そのままで結構ですよ。
初対面の方もおりますので」
「あぁ、そうだね。
黒瀬 那月さん、だね」
いきなりの展開についていけなかったら、どうやら私の話になってしまっようだ。
2人のお父さん(?)のようなのでしっかりと答えなきゃ。
「あ、はい、そうです。
黒瀬 那月です。
えーっと2人のお父様なのでしょうか?」
「うん、そうだよ。
この2人のパパだよぉ〜、ねー」
「「ぶふっ、ゴホッゴホッ」」
「父様」
「パパは勘弁してくださいよ」
「え〜」
なんだろう、1番年上なのだろうけれども、1番幼く見えてしまう。
見た目だけだと全員同じぐらいに見えるし。
「あ、お茶お出ししますね」
「はーい、ありがとねー」
私は紅茶を淹れる為にその場を離れた。
少し整理する時間が欲しい。
え、あの人ってたぶん……
いや、その前にいつ来たの?
扉、開いたっけ?
いや、それもそうだけど、たしかACN自由都市国の代表の、よくテレビにも出てる、え、でももっと全然違う声だったような、親族とかかな?
うん、それっぽい。
え〜!
2人とも自由都市国の出身でそれなりに上の方だとは思ってたけど、まさかのトップの親族?
いや、けど前に蒼月は孤児で孤児院で朝霧の姓を持ってて、蒼月は以前の名前を捨てて新しく付けてもらったって言ってたよね。
それなのに父親?
養父ってこと?
あー、なんかそんな噂、自由都市国関連であった気がするなぁ。
たしか……
あ、お茶できた。
持ってかなきゃ。
部屋に戻ると水月君がすっごいニコニコしていて、蒼月は唖然とした表情を浮かべたまま固まっていた。
一体何があったの?
気になるけど先にお父様にお茶をお出しする。
「ありがと、那月ちゃん」
那月ちゃん、そう、呼ばれた。
先程とは打って変わって、少し低い声で。
ただ、そう、名前で呼ばれただけで、私の心臓はバカみたいな大きな鼓動を響かせ、全身が震える。
驚愕だか歓喜だか、もはや何だかわからないが、自分の中の何かが、今まで経験したことのない暴れ方をする。
この感情を正確に言い表せる言葉を、私は持っていない。
「兄様兄様、那月さん、寝取られていいんですか?」
「……」
「フリーズしてますねえ、さっきの話がインパクトありすぎましたか」
「父様、そのぐらいでご勘弁を。
那月さんの理性が父様の色にあてられて溶けてしまいます。
それだけ耐えられれば十分かと」
「あぁ?
俺はそんなつもりじゃあないんだけどなぁ」
「それでも、一般人にとっては劇薬に等しいです。
それに少し漏れていますし、口調変わってますよ。
さっき兄様と話していた時と同じ出力なのは如何かと思いますよ」
「はははっ、そうか。
……んくっ、うん、お茶、美味しいね」
ダメだ、周りで話していることはわかるがもう、頭がついていかない。
酷く自分が莫迦になってしまったみたいで不安にもなってきた。
もう、なにがなんだか……
「チュッ」
「あ、」
「蒼月もね、チュッ」
え、あれ、私は……何を。
え、キスされた、おでこ、えぇ!
side 蒼月
「えっ、あ……」
正気を取り戻すと目の前には父上の笑顔で溢れていた。
周りを見ると水月はまさに苦笑と言うべき顔でこちらを、いや、父上を見ている。
那月は両手で額を抑えて内股になって崩れ落ちていた。
何をしているのだろうか。
あぁ、先程の記憶が戻ってくる。
父上に言われたのだ。
クリスマス、を名目に行うパーティ。
そこに俺の料理を1皿、即興で出せと。
俺の全てを皿に載せて出してみせろと。
そして父上が満足できたら、人としての今ある全ての技を教えてくれると。
父上の本気の料理を教えてもらう?
俺が?
きょうだいの中でも料理のセンスに乏しかったこの俺が?
味覚の弱かった俺が?
は、ははっぁッ……あぁ、遂に、ついについに遂に!
俺はその1歩手前まで来れたんだな。
ふぅ、落ち着こう。
会場は懐かしの杜の近くの菩提樹の木の下だ。
厨房は杜でもいいし、学校までの間にあるレストランでもいいそうだ。
会場に炭火も置いておくらしい。
食材はかなりの種類用意してくれるがその中で父上がメインに使うものを指定してくるようだ。
つまりその場でテーマの食材を生かしきる組み合わせ、調理法、を構築しろというのだろう。
恐らくかなりの難物が出てくるのだろう。
もう、7年も前のことだが、似たようなことをやらされた時は雌のウミガメモドキの胸肉を出されなぁ。
見た感じ普通の柔らかい赤身っぽかった。
まずウミガメモドキってなに?
ウミガメじゃないの?
しかし何となくウミガメモドキという名に聞き覚えがあったので思い返してみた。
そして思い出してしまった。
ウミガメモドキ、それはルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』のキャラクターだ。
モックタートル、偽ウミガメで記憶していたからすぐには思い出せなかった。
作中のウミガメモドキのイかれ具合はあの作品全体に言えることだからさておいて、たしかモチーフがあったはずだ。
いや、インスパイアされたものと言うべきか。
ルイス・キャロル、いや、チャールズ・ラトウィッジが生活していたイギリスではウミガメのスープが流行した時期があった。
しかしウミガメの肉の大量確保などそう簡単ではない。
基本的に個人が狩ることは禁止されているし、そもそもアルビオン島にウミガメはまず来ないから入植先、特にカリブ周辺から持ってきていたようだしね。
そして、それでもどうにかして味わいたい人のために出てきたのが、モックタートルスープ。
ニセモノのウミガメのスープだ。
その材料は仔牛の頭。
モックタートルが代用ウミガメと訳されている場合はこの背景を特に意識してだろう。
不思議の国のアリスの挿絵ではウミガメの甲羅に手足、頭だけは牛のようなものが描かれている。
あれ?
後ろ足も仔牛だったかな?
まぁ、とにかく、ウミガメモドキというのはそういうモノだ。
そこまで思い出したら、もしかして牛の頭を削いだ肉かと疑った。
量はそれなりにあったので少し切り分けて焼いてみる。
脂の匂いが違う。
肉の縮み方も。
やはり味も。
まぁ、身の色も弾力も違うので元からわかっていたことなのだが。
あぁ、火を通すと実に艶やかな白色に変わっていったのも印象深かったな。
とりあえず牛ではないことは確かだ。
それではウミガメか?
それもやはり違うと思う。
ウミガメを扱ったことはなくはない。
しかしそれほど造詣が深いわけでもなかった。
最後に食べたウミガメは解凍されたアオウミガメの刺身だ。
似ている。
ほとんど同じだ。
大型爬虫類に共通する独特なあっさりと上品な味わい。
よく鶏肉と白身魚の中間と言われるやつだ。
しかし鉄分としっかりとした弾力により、力強い獣を食べてると感じさせてくる。
ウミガメはアオウミガメ、クロウミガメ、アカウミガメ、タイマイを食べたことがある。
アオとクロはほとんど一緒だ。
強いて言えば硬さが違うか?
いや、あまり数を食べていないので止めておこうか。
他の種類にしてもより脂の風味が強かったり、さっぱりするが余韻の長いものだったりした。
これ以外にもウミガメはいるが食べたことがないのでわからない。
わからない、けれども、目の前のウミガメモドキの肉とはきっと違うと思えた。
この肉は……なんと言えばいいか難しいが、とにかく深い。
そして、悲しい。
……自分でも何言ってるのかわからないな。
でもそう感じるのだ。
逆に言おうか、それ以外全然わからない。
父上が何を求めているかはわからないが、正直扱いきれる気がしなかった。
そこで俺は……とりあえずスープを作った。
ガッチガチのベタなスープを作った。
油は控え、香味野菜はやわらかに溶け出すスープを。
美味しかった。
ちょっと不思議な感じがするけど。
なんていうか、ぷかぷかする?
うん、わかんないな。
官能表現が拙すぎて涙が出そうだ。
あの後は結局どうなったっけ?
……あれ?
おもい、だせ、な、……い?
うん?
いや、恐らく及第点、より少し上かな?
まあ、そのぐらいには達したはずだ。
そうじゃなきゃ出てこれたはずがないのだから。
スープを作ったのは間違いない。
たしか肉に小麦粉は寧ろ振らなかった方が良かったのも覚えてる。
でも、どうしても完成形が思い出せない。
その後笑いながら父上が作ってくれたスープも。
思い出せない。
俺が父上がわざわざ手ずから教えてくれた料理を忘れるか?
あれだけインパクトのある出来事だったのに?
……今回の事が終われば父上に直接聞いてみるか。
まぁ、逸れたが、また今回も難しいお題が出るだろう。
準備しておかなきゃな。
12月24日
遂に当日。
これからメインの食材を教えて貰うのだがなにやら不穏だ。
ナイフ1つ支給され、守護霊達は待機させられ、目の前の部屋に食材がいるから頑張ってだそうだ。
とてもではないが気が進まない。
まず間違いなく生きてる生物だろう。
あぁ、一体何を締ればいいのだろうか。
しかし父上に認められる為には必要なことと言い聞かせ中に入る。
するとすぐさま満面の笑みを浮かべる大和さんに扉を閉められた。
閉じ込められたのだ。
落ち着いて部屋を見渡す。
すると中央のテーブルの上には木箱が置かれていた。
しかしその箱とテーブル以外の全てが片付けられている。
イスも置物も絨毯さえも。
あの箱の中にどんなヤバいブツが収められているのだろうか。
厚手のナイフをいつでも振りぬけるように確認しながら、ゆっくりと箱に近ずき蓋を開ける。
目に入ったのは父上が使っているのを見た事がある細い鎖で何重にも巻かれたガラス瓶。
瓶の周りは厚く柔らかそうな赤い布でカバーされており、瓶の中の黄金色の液体が高い天井からぶら下がった永久電灯の光を湛える。
少し拍子抜け……なんてまったくしない。
なぜなら細い鈍色のチェーンが、父上が直々にこの瓶を雁字搦めにしたことを示しているのだから。
まずは鎖を外さないように慎重に持ち上げてみる。
後ろのボトルネック付近に鎖をまとめているリングがあった。
このリングに掛かる鎖を1本でも外せばするすると鎖は落ちていくだろう。
この拘束されたまま持ち出したいが、あの大和さんが許してくれないだろう。
覚悟を決めて片手でキャップをしっかりと握り、もう一方で鎖を外す。
ナイフはすぐ取り出せるようにベルトに差している。
ぐぐっ、カチャッ、ジャラララッ、ジャラララララ……
ジャラッ、カン!
鎖もリングも箱の中に落ちた。
露になったラベルを見る。
『はにーみーど』
可愛らしい丸っこいひらがなで書かれている。
蜂蜜酒?
確かにそんな色合いだが……
しっかりと両手で持って光にかざし傾ける。
そこで中のものが簡単に動かないことに気がつく。
ミードなのに蜂蜜本体と同じような粘度だ。
水っぽさは一切感じられない。
テーブルの上に置いてキャップをまわす。
……キャップが回らない。
今度はなんだ。
あー、これ感応物質か。
こんな加工できるのか、初めて知った。
この場合は魔力だろうな。
今度は精神を落ち着かせ魔力を流し込んで軽く捻る。
よし、空いた。
キャップをテーブルの上に置いて本命の香りを嗅ぐ。
マヌカ……じゃないな。
最初の刺さる感じとあと引くスパイシーさはそれに近いが、中程に感じる強く濃厚ながらクセのない香りは……シャクナゲの蜜を想わせる。
あー、また難題だなぁ。
香りから花、蜂の種類が判断できない。
ミードにしては重く粘度が高い。
他にも幾つか考えられる蜂蜜があるが、それにしては色が濃すぎたりと違和感がありすぎる。
そう、違和感だ。
なにかが、違うのだ。
うん?
この底にある澱みたいのはなんだろうか。
……これは、花粉団子?
蜜パンじゃないよな。
え?
なんのために?
風味づけ?
香り移し?
特別な発酵酵母でもあるのか?
あとは一緒に口に入れれば栄養バランスも少しは良くなるか。
まぁ、材料の考察ももっとしたいが時間があまりない。
どう使うかを考えなくては。
ミードとして扱うよりは蜂蜜としての用法の方がいいような気がするな。
「蒼月くーん?
もう大丈夫ー?
発狂してないー?」
いつの間にか大和さんがドアを開いてこちらを見ていた。
あぁ、このミードのことを考えていて完全に忘れてしまっていた。
しかし今聞き逃せない言葉があったのだが。
「大和さん、発狂するとはどういうことで?」
「それね、精神を揺さぶってくるんだよ。
そのまま飲むとぉ、大抵の人間は発狂して自傷して血反吐吐いて死ぬねー。
香りだけでも効果はあるよ。
ここの連中はまぁ香りだけなら大丈夫だと思うけどさ。
それでもちゃんとキャップ閉めて持ってきてね。
それじゃいくよー、早く来てねー」
……シンプルにヤバいやつじゃん。
父上前に違法ドラッグの8割をぶっ潰してたけど、比べ物にならないぐらいヤバいの持ってるじゃん。
いや、管理はちゃんとしてたんだろうけどね。
キャップをしっかり締めて、父上の鎖を大きなエプロンポケットに詰めて部屋を出る。
その瞬間様々な気配、視線が肌を刺す。
「おーおー、これはなかなか……」
廊下には俺と大和さん、そして少し先に社員さんが慌ただしく駆けているのが見えるだけだ。
それに比べ感じる不躾な視線や気配は軽く百を越すだろう。
あぁ見られている、観られている、あまりいい気分とは言えない。
その若干の苛立ちを感じたのだろう、人ならざる者たちの気配が薄れていく。
「ふふふふふっ、まぁ仕方ないねぇ〜。
でもあいつ等も悪気がある訳では無いんだ。
本能がそれを欲すると同時に拒絶し、戸惑っているんだ。
仙桃なんかも人気だけど、これはそれ以上に狂わせるからね。
まぁ黒恋や君が持ってれば大丈夫だよ。
あぁ料理に使う時それの効能の無効化とかは一切考えなくていいからね。
食べるのはみんな大丈夫な奴等だから。
寧ろ邪魔しない、いや、活かした方がいいと思うよ」
効果のサポートや弱体化ならまだしも無効化は根本的に無理があるだろう、とは思うがここは頷き、久し振りの杜のキッチンに急ぐ。
杜の周辺では人外の者たちが感知出来ない。
向こうからも、そしてこちらからも。
父上の払いの呪いだ。
現象が払いの範疇を超えてる気がするが、気にしても無駄だろう。
懐かしきキッチン、そのテーブルの上に取り揃えてくれてあった200を超える最高級の食材と、そっと置いたガラスの瓶を前にしてレシピを考える。
と、その前に蜂蜜酒を味見する。
まずはそれからだよな。
ボトルネックがそこまで太くないので、ここに備え付けられた大きめのハニーディッパーは通らない。
小皿、でも良かったのだが、あくまで酒であるとのことなのでロックグラスに注ぐことにした。
色自体はかなり濃いが透明度は高い。
照明に当てるとその透き通る光と暖かな色合いがよくわかる。
よく見て、香りを嗅いでからくいっと勢いをつけて飲み干す。
かなり粘度が高いにも関わらずスルッと落ちてきたそれは最初に唇を撫で口内で弾ける。
甘く甘く感じる周りの空気が上へと抜けていく。
軽く転がしてから喉を通す。
そこで感じる軽い飲みごたえと清涼感は、先程までとは全く違う貌をみせてくれる。
体の中心に落ちていくまでの通り道がとても熱い。
そして腹の中でまた一気に拡散される。
全身が熱を持って湯気でも出ているようだ。
しかしそれも2、3秒のこと。
芯にじんわりとした緩やかな、しかし確かな熱を残して、末端から体が閉じていくように、熱が空気中へと逃げ出し引き締まっていく。
普通なら相当なアルコール度数じゃないとこんなことにはならない。
いやまぁ、それとも少し……だいぶちがうけど。
そんな熱に浮かされた頭でも気づいたことがあった。
様々な重厚な花の香りにほんの僅かな青草の匂いと苦味。
基本的にはミードは蜂蜜と水を発酵させた酒だ。
発酵の過程というか発酵そのもので蜂蜜の糖がエタノールと二酸化炭素になるのでそこまで甘いものでもなかった。
勿論蜜の風味はするし、同じ酒のワインだって甘い物などいくらでもあるように例外、いや、分岐してできた物はいくらでもある。
しかし原初の酒、そして飲料であるミードも今日ではそこまで親しまれてはいない。
まぁ、ない訳ではないし、ワイン作れない北の方とかだと結構飲んでるところもあるけど。
そして1つの完成系として様々なハーブ、スパイスをブレンドした物がある。
これが恐らく1番市場に出回っているものだろう。
慣れない人には薬くさいとまで言わせる代物だ。
まぁ、日本人で好きな人は少ないだろうなぁ。
しかしこのミードは違う。
圧倒的な甘味。
絶妙にブレンドされた四季折々の花の香り。
そして馴染まない僅かな草の風味。
この3つの要素が他のミードとは決定的に何かが違うことを表している。
瓶を隅々まで調べる。
結局調理法の模索や他の食材との組み合わせよりもこの『はにーみーど』そのものを優先しているな。
まぁ、いいか。
そして見つけた大きなヒント。
そこの花粉団子に紛れていたドライフラワー。
それはシロツメクサの花とその葉っぱ。
枯れていても十分にわかるその葉の枚数は4枚。
魔力感応物質の蓋の裏、つまり瓶の内部には見たことも無い荘厳な意匠がされた、重苦しい金貨。
横に倒されて箱に入れてあったためその金貨はまだ中の酒で塗られていた。
あぁなるほどね。
そういう事だったのか。
大和さんも言っていたなぁ、人ならざる者や霊たちが、欲すると同時に拒絶する。
今思えばこの時点で気付いてもよかったのに。
そうか、これは……
「「妖精の塗り薬」」
重ねられた声に振り返れば大和さんがいた。
「いやいや、よく気づいたねぇ。
別にこの杜で教えていたことではないだろう」
「大和さんがヒントをくれましたからね。
それにここでは教えて貰っていましたよ。
何年か前のイギリスへの旅行で」
大和さんは俺の言葉に一瞬固まったが、すぐさま気づいたようだ。
「あぁ、現地の子かぁ。
なるほどねぇ。
でもこれはそれとは別物だっていうのも気づいたでしょ」
そこだよ、それに惑わされたんだ。
「恐らくこれは蜂蜜に旧い金貨と四つ葉を沈め四季の花を加え、月の光に当てた妖精の塗り薬。
しかしこれだけなら、彼等がこれを欲する理由がありません。
かの薬は寧ろ嫌われる物。
妖精の誕生を祝う祝福の薬ですか、それを人が作って喜ばれるわけがない。
只人に見られるなんて最も忌避すべきことでしょう。
そして次に、これを欲する理由。
それはここに書かれている通り、これが愛しき黄金の蜂蜜酒であるから。
それも、恐らくかなり妖精に近しい祝福されし愛し子が作った物かと。
これはその2つが合わさったものでしょう。
しかし確信が持てません。
なぜなら味わいや香りの深さ、重ね方を考えるに、これはミードを用いて塗り薬にしたもの。
だからミードとして飲むと違和感が拭えない。
しかしミードの作り方は兎も角としても、旧くからの精霊たちから伝えられた塗り薬に蜂蜜酒が使われて、レシピを改造して成功するはずがない。
……正直俺に分かるのはここまでです。
ここにいてこうして話していると言うことはおしえてくださるのでしょう?
どうかご教授ください」
語気が途中強まったりもしたが仕方ないだろう。
俺にとってこれは一世一代の大勝負と言って差し支えない出来事だったのだ。
しかし分からなかったのだ。
悔しさや、情けなさで胸が張り裂けそうだ。
「ははっ。
そんな落ち込まないでいいよ。
こんなクソ意地のわるい問題でそこまで、ちゃんと順番も感じ取れてるんだしさ」
「ということは、やはり」
「そうだね、改造レシピの妖精の塗り薬だよ。
これは400年ぐらい前に黒恋が作った物だね。
……蒼月くん、君はまだまだ世界を知っていない。
狭っ苦しい人間社会から視点をもっと周りへ、上へ、下へ動かしてみてよ。
まだ君は井の中の蛙にすぎないんだ。
君の想像のつかない事や信じられないことも沢山あるだろう。
でもね、君達ならそれを乗り越えていける。
黒恋が集めた君達ならね。
そうだね、これからそれを調理する、そしてこれから人智の先を歩む君にアドバイスをしようか。
汝等はつまらない書を読み、つまらない生を浪費する者が多すぎる。
驚嘆し、体が震えるほど己が揺さぶられる物を読み、笑いながら汝等自身を魅せつけて歩めばいい。
恐るるなかれ。
先達が居なくとも、そこに光の照らす道がなくとも。
汝の神は確かにそれを見守っている。
そして気が付いてくれ。
汝と共に歩もうとする者の存在に。
汝を追い掛ける者たちに。
愛と覚悟もて己の足跡を刻みつけろ。
たとえそれが白日に曝されることがなくとも。
ま、こんなもんかね。
ふふっ、それじゃあ私はいくよ。
宴の始まりは4時からだ。
別に最初から居なきゃいけない訳でもないからまだ7時間は取れるんじゃないかな?
5人分は必須だけどあんまり量を作るものでは無いよ。
コースでもないから組み合わせも今日はいいだろうしね。
うん、それじゃあ頑張ってね!」
大和さんはそう言い残すと直ぐに出ていってしまった。
恐るるなかれ、ねぇ。
「あはっ!
あはははっ、ははっ!」
意識的に体に纏わせている、循環させている全ての力を断ち切り、遠くへ追いやる。
するとまだ体内で熱く自己主張するミードの不思議な魔力が身体中を震わせ掻き乱す。
その上もう1杯、輝く甘い酒を流し込む。
深奥から湧き上がるは正しく狂気。
欲望のままに。
ただ全てを滅ぼし、均して新たな地平を築ずこう。
脆き生命を狂い善がらせ、全てを捧げさせよう。
色とりどりの魂を食らい、大地を意のままに歪めようか。
地下深くに眠る旧きモノも、宇宙から好奇の目を向ける神気取りも、遍く拡がる俺の腕から逃れることなど出来るわけが無い。
忘れられた創造主や神など塵芥に等しい。
ましてや大自然が無作為に定めた巨獣など狩られて屠殺されるだけの食肉だ。
いや、それだけでは無い。
俺の目の前に広がる、その全てが、食卓の上に並んだ俺のメシだと知るがいい。
あぁそうだ、俺の生まれ故郷にもいかなきゃな。
煉獄、呵責の場、虚無の牢獄、怨霊の楽園、原初の霊場、色々言い方はあるがやっぱりこれかな、『夢物語の国』!
あのふざけきった場所も今なら壊せるだろうか。
当たり前に草木や獣が謳い、不滅の体を壊して遊び、食い千切っては啜る。
歪んで狂って乱れて死んで生かして殺し殺され愛されて愛してる犯し性的倒錯の中忌避されし夢の国潰し壊れ愛死食べて肉も骨もぬめぬめした心臓ぷちっと眼球欲しいほしい欲しい愛も魂も脳も性器も血も頂戴奪え欲しい殺した犯した愉しい笑って刺して殴ってころころ撲殺刺殺絞殺毒殺圧殺瑞々しい肌を胸を首を頬に喰らいたい痛い嫌だ罪悪不信全て怖い壊す許して赦して死救い消えて無くなれごみしね死ぬ燃えろ割れろ沈め底に或るのは幸福幸せ仕合わせ死合死恋殺死し死殺したんだ死愛死死ーーー
「ソウゲツ、そ、ゲつ……蒼月!
おい、蒼月!」
聞き慣れた女の聞き慣れない緊迫した声が響く。
うぅ、頭痛い。
視界に入るのはこちらを覗き込んだ、影で暗くなったが本来淡いブラウンの瞳。
明るく金色がかった茶髪が俺の頬や首に触れる程度には近い距離。
シミひとつない綺麗な肌、優しく香る彼女の爽やかな初夏の風と小さな白い花の匂い。
那月、黒瀬那月、きっと、もうすぐ共に祝福される、愛しい君。
あぁ、嗚呼、なんてっ、美味しそう!!!
俺は完全にやられた、あてられたようだ。
あー、まぁ、流石に父上作と言うところだろうか。
ここ3時間程の記憶がかなり霞がかっている。
短絡的に食材の声を聞いて勢いで作ろうとしたのがダメなのだろうか。
だがモノがモノだ。
俺の今までの経験だけで扱えるものでは無い。
ここは勢いやら本能やら第六感に任せるしかなかったのだ。
酔いもあれば言うことなしであろうに。
事実色々と目を背けてきた、どっちつかずの内面に、醜い過去やらなんやらを顕にされた気もするが、皿の目処は立った。
いや、既に気を失う前から調理に入っている。
今回作るのはグラニータ。
イタリアの氷菓。
まぁ、荒々しい口当たりのかき氷といっていいだろう。
フレーバーは向こうで定番のコーヒー。
エチオピア、キリマンジャロ、ハワイ・コナを使った。
勿論これで終わりではない。
ミード使ってないしね。
先に鉄板をマイナス80度程に冷やしておく。
ミードは果実を絞ったり、砂糖を加えたり、ワインで伸ばしたりと調整しながら果実感が強いものを鉄板の上へ、もう片方は鍋でキャラメル状に仕上げる。
キャラメルも半分は鉄板の上へ落とす。
残りは板にして砕いたり、棒に纏わせてみたりといった細工に使う。
鉄板の上のものはロールにしたり螺旋にしたり大小に砕いたり芯を入れて球状にしてみたり削り出して花にしてみたりと様々だ。
黒色の氷片、差し込まれた金色、痛々しい程鋭く冷たい破片に針、縫い付ける様に咲かせたグラデーションがかった花。
夏ならばすぐに解けてしまうだろうがクリスマスの今日野外で開かれるパーティならばなんの問題もない。
まぁ、不思議なもので会場は暑くも寒くもないんだろうけど。
さてさて、思ったよりも時間が掛かってしまったな。
父上と幹部4人の計5人分、まぁ、それ以外に4つ作っているが。
まぁ、その4つは取り敢えず冷やしておこうか。
もう出してもいいだろうな。
はあ、緊張するなぁ。
「那月、運ぶの手伝ってくれる?」
「……」
返事がない。
那月はさっきから隅っこで、丸椅子に腰掛け、背を壁に預け脱力している。
顔を蕩けさせたまま。
「おーい、なーつーきーさーん!」
「お……っち、の」
ん?
なんだ?
「おくひのひょじょぉ、っひぃっつぅ〜」
ふむふむ、『お口の処女喪失』かな?
全く、何を言っているんだかなぁ。
あの時確かに今までになく激しめに求めたけど、今まで何千とキスされてきただろうに。
これ迄散々互いに躰を堕としあってきて、今更処女喪失はないだろうよ。
マジなバージンの人に怒られちゃうよ。
「それじゃあ、いこうか。
あ、多分だけど、これでオーケー貰えれば俺と那月の結婚式、多分費用も手間も全持ちしてくれるよ。
多分神父も父上か直属の人がやってくれるんじゃないかなぁ」
「いや、それは恐れ多いっていうか」
「でもACNの、SING JUNKでオーダーメイドのウェディングドレス、欲しくない?」
「え、それ出来んの?
ほんとうに?」
「このグラニータが良ければね。
多分やってくれるよ」
「それじゃあ、頑張る!」
「くふっ、随分とまぁ、現金だな」
「ちょぉ〜っと辛めにみても、十分、及第点にはいってるかな。
おめでとう、蒼月。
はい、よしよぉ〜し、ふふっ」
「あのぉ父上。
とっても嬉しいし感極まってるのですが、この年でそんな小さい子みたいに撫でられるのは……
那月もいますし」
「そうじゃん、黒瀬君、いや、那月ちゃん……ナッちゃん?
ん、な〜つちゃん!
これから僕のことはパパって呼んでいいからね。
え、スゥオチェーロ?
……この国ではそういう義理とかない事に今定めたから!
その言葉は忘れてくれていいよ。
そうだ、昔の蒼月のこともいーっぱい教えてあげるね。
さぁ、だからパパと呼んで抱き着いて来て甘えてみようか!」




