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八角館殺人事件  作者: 天草一樹


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21/21

21:今とこれからと

「一之瀬さん。こんなところで何をしているんですか。久しぶりに村に戻った途端、すぐさま姿を消すなんて」

「あ、一君。よく僕の居場所分かったね。もうしばらくは独りで物思いに耽っていられると思ったんだけど」

 全く整備されていない、雑草の生い茂った山道を歩いて栗栖が近づいてくる。僕が朗らかにそう言葉を投げかけると、栗栖は渋面を作り大きなため息をついた。

「少し推理したらすぐわかることだよ。芳川さんや根津君の家に線香を上げに行くなら僕にも声をかけるはず。その他友人の家を尋ねる場合もしかり。僕に声をかけず姿を消したということは、できれば一人で行きたい場所でかつ僕を連れていくには少し距離のある場所。となればこの八角館ぐらいしか思い浮かばない」

「流石は名探偵。僕の考えなんてまるっとお見通しだね」

 栗栖はこれ見よがしな溜息をもう一度つくと、僕の隣に並び八角館に目を向けた。

 昔と変わらぬ、まるで倉庫のような武骨な正八角形の建物。だけれど昔は時折手入れしに来ていたであろう建築者の不在が原因か、壁のあちこちにはツタが巻き付いていた。

 しばらく何も言わずお互い黙ってその館を見つめる時間が続く。

 そして数分経った頃、不意に栗栖は館に目を向けたまま僕に尋ねてきた。

「それで、あの事件について振り返っていたんですよね。どこまで進みました」

 僕も館に目を向けたまま、朗らかに答える。

「佐野先輩が一君の用意したしびれ薬にかかって倒れた所。あの時は僕もずっとドキドキだったよ。一君の探偵七つ道具の一つ、しびれ薬が塗られた仕込み爪。床に倒されるときうまく先輩をひっかけたのは良かったけど、なかなか効く様子を見せないからてっきり失敗したかと思ってたし。ああ、僕はここで死ぬんだなって死を覚悟したぐらいだからね。某少年探偵が使うような相手を一瞬で眠らせられる薬を使ってくれればあんな怖い目に会わなかったのにさ」

「人を一瞬で眠らせるようなやばい薬、早々持ち歩けませんよ。それにもしまだ効き目が現れそうになければ、その時は氷室君と谷崎君がなぜ学校にいたのかについて話をして時間稼ぎをするつもりでしたから」

「ああ、あれね。千世の飛び降り脅迫の本命は氷室君の方だったって話と、友哉が僕のストーカーだったって話ね。氷室君の方は薄々感づいてたけど、友哉の件は完全に初耳だったからかなり驚いたよ。まさかいつの間にか幼馴染の枠を超えて恋されてたなんてね。それが高じてストーカーされてた挙句、あの日も僕の後をついて学校に来ていたとは。しかも体育倉庫が開かなかったのは鍵がかかってたからじゃなくて、こっそり隠れていた友哉が中から全力で押さえつけていただけだったとは。扉があかない原因を安易に鍵に求めちゃいけないって教訓が得られる出来事だったよ」

「僕としては解決できる事件を解決せずに放っておくと、余計厄介な事件として目の前に現れるということを教えてもらった事件でしたね。まあその結果、妙な助手が一人付きましたが」

 栗栖は館から僕へと視線をスライドさせる。僕も彼へと顔を向け、二ヘラと笑って見せた。

「まあまあ。一君が友哉が僕のことをストーカーしていた件を教えてくれるから彼とも気まずくなっちゃうし、村の皆には僕と千世が脅迫をしていた件を話したから村にもいられなくなっちゃったし。一君の助手になるっていう選択肢が僕の進路としては最も身近だったんだから。それに、ちゃんと役に立ってるでしょ?」

「それは否定しませんが……」

 栗栖はまたも溜息をつく。どうにも今日の一君は疲れているようだ。僕はにやにやとそんな疲れた様子の彼を眺めていたが、ふと真剣な顔付きに戻し、

「ほんとはさ、この八角館での事件は一君より先に解けてるはずだったんだよ」

 そうポツリと呟いた。

 栗栖は一瞬こちらに視線を向けるも、すぐ八角館に視線を戻した。

 積極的に尋ねないでいてくれる彼の優しさに感謝しながら、僕はゆっくりと独白を続ける。

「一君が睡眠ガスを浴びて寝かされてた間のことだけど、僕の部屋に佐野先輩が訪ねてきたんだ。先輩はその時、千世と仲の良かった僕こそがゴーストで、こんな事件を起こした犯人なんじゃないかと聞いてきた。その時は突然犯人扱いされたことへのパニックと、千世の死に間接的に関与していたかもしれないという不安から、先輩の言葉をちゃんと吟味できなかった。でも、今思い返してみると、先輩はあの時既に自白していたんだ。『千世の敵を討つために人を殺すことができるのは俺か、君だけだ』って、先輩は僕がゴーストでないことを知りながらそんなことを言ってきたんだから」

 雲一つない澄み渡った青空を見上げながら、僕は大きく息を吐く。

「もし僕に、自身の罪から目を逸らさず受け止める勇気があったなら、あの時点で佐野先輩を……いや、あんな事件を起こさせる前に先輩を止めることができていたかもしれない。……いや、止めないといけなかったんだ。千世の罪に加担し、彼女を止めなかったせめてもの償いとして」

 どんなに後悔しても過去には戻れない。だからせめて、二度とこんなことが起こらないよう、僕は自身の弱さを克服しないといけない。もう二度と、保身のために現実から目を背けたりはしない。

 事件からそれなりの時間が経過した今でも、胸に残り続ける痼。消すことはできずとも、これ以上増やすことはないように。これからも強くなり続ける必要がある。

 今度は小さく息を吐き、僕はシリアスな雰囲気を打ち切るように、朗らかな笑顔の仮面を張り付けた。

「僕ももっともっと努力して、いつかは一君抜きでも事件を解決できるようになるよ。何でも見通すことのできる探偵が二人になれば、不幸な目に遭う人の数を半分にできるだろうからさ」

 すると栗栖は秀麗な顔を歪め、「何でもは見通せませんよ」とぼやいた。

「そうかな? まあ何でもは言い過ぎにしても、ほとんど見通せないものなんてないでしょ? この前の風車館事件だってあっという間に解決してたし」

「前回は運が良かっただけです。そうですね。例を挙げるなら、僕には未だ一ノ瀬さんが僕口調な理由が分かっていませんよ。今更ですけど、特に男性的な見た目でもないのになぜ僕口調なんですか?」

「ほんと今さらな質問だね! でもまあ、これは一君が期待するような面白い理由がある訳じゃないよ。子供の頃、友哉とか他の男友達に対等に扱ってほしくて、意識的に僕を一人称にしてたからその名残。それに千世みたいな超絶美少女が隣にいたからさ。なんか女っぽく振る舞うのが恥ずかしくて、私口調に戻す機会を失ってたんだよ。まあ今は逆に一君と被っちゃってるしね。もし私口調にしてほしいなら直すけど、どうする?」

「別にそのままでいいですよ。僕の方も慣れてしまいましたし、今から変えられると調子が狂いそうですから」

「だよねー。やっぱり僕は、『僕』って名乗るのが一番だよ」

 雰囲気も完全にいつもの調子に戻ったところで、グッと背伸びをして体をほぐす。なんとなく心も少しほぐれた気分に。

 心機一転。僕は栗栖の背中をバンと叩くと言った。

「さて、どうやらここには小村赤司はいないみたいだし、地道に聞き込みを開始しましょうか。ようやく彼に繋がる明確な手掛かりを掴めたんだしさ。佐野先輩や根津君みたいな不幸な犠牲者をこれ以上出さないためにも、この鬼ごっこも終わらせちゃわないと」

「言われなくてもそのつもりです。それじゃあ、いい加減戻りますよ」

「はーい」

 最後にもう一度八角館に目を向け、僕は黙祷を捧げる。それから一足先に戻り始めた栗栖の後を追い、ゆったりと歩き出した。

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