第ニ章① 『やっとこさファンタジーっぽくなってきましたね』
ここ一年ちょいのことを、少し回想してみようと思う。
毎日のように塾に通い、必死になって勉強した結果、県内では上位の公立高校に入学した俺は、それ以降、安堵からか気が抜けてしまい、何に対しても無気力だった。
せっかく入った部活も、一年足らずで辞め、自ら進んでやることと言えば、アニメ見るかゲームするかラノベ読むか。
青春とかいう大それたものとは、全くもって縁のない高校生活で、次第に学校もサボりがちになり、休日なんて家どころか部屋からすら一歩も出ない日々を送ってきた。
事実昨日だって、徹夜でアニメ一気見したあと、学校サボって夕方まで寝る、食う、寝る、抜く、寝る、の自堕落サイクルを繰り返してただけ。
中学の頃の生真面目で優等生だった俺が、今の俺を見たらどんな顔をするかな……。
とまぁ、なぜ俺がこんなセンチメンタルに自分語りを始めたかというと……
「寝れねぇ……」
そう、眠れないのである。
あたりまえだよ、寝れるわけないじゃんこんなの!
同じベッドに二人も美少女が寝てて、俺の股間は治まる気配がなくて。
あまつさえサミュちゃんは、「むふぅ……りりぃちゃ~ん……」とか寝言を言いながら抱きついてくる始末!
ちくしょう、目も息子もギンギンだ!
加えて、眠れない理由はもう一つある。
もしここで寝て、目覚めたら元の自分の部屋だったらどうしよう。
今更、「これは夢だ」なんて野暮なことを言うつもりはないが、ほんの1%にも満たない怖さが、さらに眠気を妨害していた。
なんかこう、女神様に「あなたは転生しました」って宣言されるようなイベントがあれば、確信を持てるんだがなぁ……。
と、思ったそのとき。
『あーあーチェックチェック。もしもーし、聞こえとるかー』
「っ!?」
突然頭の中に、直接女の子のものとおぼしき声が響いた。
『よしよし、その反応は、ちゃんと届いておるの。では、しかと聞け』
布団に包まれたまま、間抜けに硬直する俺に構わず、声はさらに続ける。
『――儂は、貴様をこの世界に転生させた女神じゃ』
……はい?
『まぁ、地球生まれの貴様にゃ、言っても理解できないじゃろうな。詳しい話をするから、とりあえずこやつについて行け』
声に対応して、目の前にポゥと青白い人魂が現れる。と、滑るようにドアの前まで移動し、俺を待つかのように浮遊し始めた。
おぉなんと。狙い澄ましたかのようなタイミングでの女神宣言。一周回って胡散臭さすら感じる。
とりあえずこの、のじゃロリっぽい声通りに進めば、詳しい話が見えてきそうだ。
身体に染み着いたサブカル育ちの血がビシビシと放つ、重要イベの予感に、俺は静かにベッドから離れる。
ぎゅっと腕にしがみついていたサミュちゃんがあまりにも離れないので、終いには『時うどん』の如く振り払ってしまったが、幸いテレシア先生が貸してくれた枕を代理にやり過ごせた。
ドア前でこれまた先生が置いていってくれた靴を履き、ドアノブに手を掛ける。
『よし、ではまず一階に下りるぞ。そうしたらここに入るときに使った入り口から、森に出よ』
また森か……と思ったが声には出さず、俺はうなずき、おそるおそる廊下に出る。
これ、絶対ゼーレストとかに見つかりそう……。
びくびくしながら、超絶牛歩をしていると、
『ちなみにじゃが、その人魂には隠密魔術がかけられておるゆえ、あまり離れぬが吉じゃぞ?』
それを早く言えよ!
いつの間にか、ふよふよとだいぶ先を漂っていた青いもやに俺は駆け寄った。
そんなこんなで無事一階のドア前にたどり着く。
「そういえば、鍵とかないのか……?」
『普段はもちろん掛かっておるがの。今は儂のスーパー魔術で軽く解除済みじゃ』
何の抵抗もなくすんなり開いたドアに、ぼそりと呟くと、脳内に直接その答えが届いた。
魔術なんでもありかよ……。
というか、森の中に来るのに、シオンのパジャマ着てきちゃったな……。汚さないようにしないと……。
人魂の淡い光だけを頼りに、不気味な夜道を往く。
と、不意に人魂が止まり、風に流されるように闇夜へと霧散した。
「えっ、ちょっ!?」
唐突に視界が奪われ、うろたえる俺。
そんな俺の耳に、今度はきちんと鼓膜を揺らす声が届いた。
「くふふ……待っていたぞ」
「お前が、俺を転生させたっていう……」
「いかにも。まことに不服ながら、貴様の担当女神じゃ。まことに不服ながら、の……」
姿は見えないし、言っている意味も分からないが、すごく失礼なことを言われてる気がする。
だが、見た目に反して大人な俺は、文句をごくりと押し込み、冷静に訪ねる。
「それで? なんで俺は気付いたら幼女転生なんてしてるんだ?」
「うむ、説明してやりたいのは山々なのじゃが……まぁ話せば長くなるから、習うより慣れろ、じゃの」
「は?」
と、その瞬間。
「――ッ!?」
今まで真っ暗だった視界が、まるで昼間のように明るくなった。
反射的に閉じた目をこすり、ゆっくりと開くと……
「グルルルル……」
鮮明になったその視界の先。
こちらを睨み、低くうなり声をあげるそれは――
「……く、くま?」
体長が3メートルは優にあるであろう、巨大な熊……のような獣だった。
いやまて、展開がいきなりすぎるだろ!? く、熊にあったらどうすんだっけ……死んだフリ? じゃなくて……
「グオァァァ!!」
「ひぃっ!?」
そんなことを考えている間に、熊がこちらめがけて、いきなり走り出したではないか!
やばいやばいやばい死ぬってコレはまじで!
咄嗟に背を向けて、逃げだそうとするが……
「――んぁぁっ!」
急に変な感覚とともに、腰に力が入らなくなり、俺は地面に倒れ込んでしまった。
……あっ、俺死んだわ。
諦め半分で土に顔を埋め、俺はそのままその時を待つ。
が、しかし。
その時は、いつまで経っても来る気配がない。
「あれ……?」
おそるおそる顔を上げ、振り返る。
と、そこにあったのは――
「目標討伐完了しました、我がマスター」
……真っ二つになった巨大熊と、眩しく輝く一本の剣だった。
ボックスなんとか100達成できそうです!