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約束と対処法


〈 約束と対処法 〉


「げ、お前なにその顔」

「……殴られた」

ぶすっとした不機嫌顔で四階隅に置かれたテーブルに来た挿木は不満たっぷりにそう答えた。うわあ、と、須藤はその紅葉マークを見て顔を半笑いに顰める。

「なにしたんだよ、佐々木ちゃんに」

「約束すっぽかした。……三回連続で」

「うわあ……それは」

「うっかりしてたんだよ、うっかり……蕪木だってあるだろ? 約束忘れること」

「……俺?」

興味の薄そうだった蕪木は、ごちそうさま、と完食した弁当に丁寧に手を合わせてからちらりと顔を上げる。最近御影さんは仕事であまり家にいないらしく、弁当は蕪木作になっている。それでも十分おいしそうだし、蕪木はいただきますとごちそうさまを欠かさない。

「……ないけど」

「一度も?」

「……だって約束だろ。それに俺、約束する相手そんなに多くない」

「俺だってそんなに多くないけどさ……」

「無理な約束ならするなよー」

苦笑いしながらそう言うと、「けど」と挿木は顔を顰める。

「彼女との約束とか。しないわけにはいかないだろ」

一応守りたいという意思はあるらしい……難儀な男だなあ。

「約束すっぽかして、平手打ちかあ」

「……踏まれた」

「え?」

「足も踏まれた。ピンヒールでぐりっと」

「うわあ、痛い」

「いてえよ。ああもう……何で俺Mじゃないんだ」

「お前がMだったらそもそも佐々木ちゃん平手も何もしなかったと思うぞ」

単なるご褒美だ、それは。

「じゃあさ。だったら、約束関係なく、いきなり殴られるのと踏まれるのどっちがいい?」

「何の話だ?」

「Mじゃなくてもどうせされるならどっちの方がましか」

「えー……」

んなもんわかるか。ちらりと蕪木に視線をやると、やはりあまり興味が、というかそもそもこいつは比較的軽薄な挿木があまり好きじゃないので取り出した映画雑誌に眼を落としていた。長い睫毛が視線を感じたようにふわりと上げられ、その黒曜の瞳がこちらを向く。その手の人間でなくても思わずどきりとしてしまうくらい綺麗な男。

「んー……ダメージがでかそうな方」

「……蕪木Mなの?」

思わず口を挟んでしまった。ゆるりと蕪木が首を横に振り雑誌に目線を落とす。

「いや。殴るなり蹴るなり、俺にそうしたあと我に返って謝り倒しながら罪悪感に押し潰されそうになってるのを膝の上に乗せて、気にしなくていいよ、でもちょっと躾が必要だね。本当はとってもいい子だもんね? 俺は知ってるよ。でもけじめのため大人しく受けるよね? ってやさしく言う」

「怖いな、お前……」

友人はドの付くほどのSだった。サドだった。

妖しい色気たっぷりに愉しげに友人がそう言って、罪悪感から抵抗する気すら起きないしょんぼりしている女の子を膝の上に乗せ、耳元でいい子だねとささやきながらあの美しい髪をゆっくりと梳いているところがリアルに想像出来た。あながちそう間違ってもいないだろう。

「……謝ってくれば」

「え?」

「もう一度ちゃんと。……時間が過ぎても、あきらめられるだけで許してはもらえない」

「……」

何だか悔しそうに挿木は顔を歪めて。

「……考える」

そう言って、この場をあとにした。やれやれ、と息を吐くとぱたんと蕪木は雑誌を閉じる。やっぱり避けてたなこいつ。

「蕪木は挿木が苦手だなあー」

「……選ぶ言動があんまり好きじゃない」

「ああ、なるほど」

挿木は軽薄なところがある。軽薄そうに見えるだけでなく本当に軽薄なのだ。仕方ない、とあきらめあいつは軽いから、となあなあに過ごすのが専らだが、蕪木にとってそれは少し苦しいことらしい。極端に避けているわけではないが(むしろ挿木の方は蕪木を気に入っているし)、家に遊びに行きたい、という挿木の言葉を蕪木はいつも躱していた。

「映画、今月おもしろそうなのあった?」

「ある。これ。……このシリーズみーさん好きだから」

「ああ、これね。おもしろいよな。行くの?」

「行く。約束した」

だから予習してたと、特集ページを開く。主演俳優のインタビュー記事が載っていたり過去の物語のあらすじが載っていたり。なるほどね、とうなずく。

「もし御影さんがさ、忙しくてつい約束忘れちゃってたらどうする?」

「もし?」

「もし」

あのひと、約束するひとは多そうだけど忘れるタイプじゃなさそうだな、と思いながらもそう言うと、蕪木は考えるようふわりと視線を虚空に向ける。

「んー……さっきと一緒。何度も謝って罪悪感に押し潰されそうなみーさんを膝の上。重いよね重いよねごめんなさい約束もごめんなさいってあわあわしたりしょんぼりしたりするみーさんを特等席からずっと眺める」

「うわあ……」

「みーさんがさらにいっぱいいっぱいになって、くたくたに疲れ果てて精魂尽きるまでたっぷり愉しんで、」

「愉しんで?」

「次の日の夕飯は俺の好物になる」

微笑ましいのか生々しいのか。いや、完全に後者だ。

「約束守られても破られても蕪木は幸せ者だな」

「うん。そう」

まっすぐうなずく友人にやれやれと笑う。本当、幸せそうでいいなと、そんな風に思った。




「みーさん、映画だけど……」

「あ、うん! 今日編集室のスケジュール決まったんだ。だからともりに合わせられるよ」

「そう? じゃあその二日でいい? その日俺二限までだから、お昼どこかで食べてから行こうか」

「うんっ。ふは、楽しみだね」

「……」

「ん? どうしたの、ともり」

「んーん。……ねえみーさん」

「なあに?」

「幸せをさらに実感したいからみーさんを膝の上に乗せたい」

「えええ……嫌だよ、重いよ……」




〈 約束と対処法 約束と選択 〉




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