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君の世界の入り方 14


そうして日常は戻って来た。示談になったあれは、飛行機の距離にある実家に帰らされたらしい。両親や親戚一同に見張られつつ実家の仕事を朝から晩までやらされているようで、もうこちらに来る隙間さえないだろう。

刃物を片手に女の子を襲ったのだ。自営業ならその汚点は致命傷。同じことを繰り返さないよう全力でぎちぎちに見張られるだろう。

あれの世界は彼女にとってどう映っていたのだろうか。ふと思って訊いてみた。ソファーに並んで腰かけいつものコーヒーを飲みながら、彼女は小さく小首を傾げた。

「理解出来なかったし、おもしろいとも思わなかったよ」

あの時の脚本。ーーー返って来た答えは、意外なものだった。

なんてことのないように彼女は続けた。

「でも、それがなにになるの? 理解されない、おもしろくない。そんな映画は星の数ほどあるよ。叩かれて、評価は散々でーーーでも、存在してる。……ねえともり」

映画で一番怖いことを知ってる? と、彼女が問う。

「『誰にも観てもらえない』こと。その世界に、何の結果も生まれないこと。……つまらない、おもしろかった、感動した、出来なかった……プラスであれマイナスであれ、観てもらうことでその世界はひとりぼっちじゃなくなる。でもね、観てもらえなければ何の言葉ももらえない。その映画を世界を呪うような言葉でさえもらえない。それが一番、怖いこと」

小さく彼女は微笑った。首元の傷も脚の傷ももう絆創膏で済む程度になっており、痕は残らないらしい。その件については心底ほっとしている。残ったって彼女の存在は変わりないが、残らない方が断然いい。

「『理解されない』……別にそれは悪くないんだよ。さみしいかもしれない。悔しいかもしれない。でも、悪いことなんかじゃない。……堂々と胸を張って、自分の世界を掲げればよかったんだ。その先でのびるか、折れるか、それは自分次第。……だってそういうものでしょ。いろいろなことが、そういうものでしょ」

それは映画という芸術を、世界を、心の底から愛しその空気の中で生きる彼女の心からの言葉だった。本心の声だった。

彼女は、もしかしたら真野も、理解した上でライディングしたわけでも、カメラを回したわけでもなかったのだ。

理解出来ない世界を前に、『自分ならばこうする』と堂々と示してみせたのだ。ーーー世界を、見せたのだ。

それがあれの思う世界と合致した。……ひょっとしたらきっと、何かが違えば、いい撮影仲間として今もまだ一緒に自主制作をしていたのかもしれない。

彼女に焦がれて、求めて、でももう二度と手をのばすことは赦されない。

躊躇うことなくその意思を刈り取った彼女。

まだ持っている。自分はまだ彼女に焦がれる気持ちも求める気持ちも手をのばす権利も取り上げられず持っている。ーーー赦されている。彼女のそばで生きる権利を。

それが今、『まだ彼女がここにいるから』という限定付きだったとしても。

「そういえばさ、みーさん。最近ずっと長袖だし家でも脚出さないしストールも巻いてるけど暑くないの?」

「暑いよ。けどまだ残ってるんだもん」

唇を尖らせて彼女がうめいた。ここ数日全然素肌を見ないと思ったらどうやらそういうことらしい。

「ああ、まだ残ってるんだね。やった、うれしい」

「鬼畜! 外出る時すっごく気を使うんだからね!」

「見えたっていいのに。虫除けになるよ」

「そんなことしなくったってそんな寄って来ませんっ」

「いやいや、みーさんが気付いてないだけで身近なところにもしぶといのがいるから。早く来ないかな。そしたら見せるのに」

「誰よ……まあいいや、誰にしたって見せませんっ。絶対!」

「そう? 残念……じゃあ俺が見る。見せて」

「だから誰にも見せないって!」

「俺は特別。だって俺が付けたんだもん」

「尚更見せない!」

「拒否。鑑賞するまでが慰謝料です。ほらストール外してー」

「はずさないでっ」

綺麗な青色のストールを解く。

サイズの合わないパーカーは、やはり気に入ったのかこの間「いつ返すかわからないけど借りてていい?」と訊かれもちろんとうなずいた。

肌にも物にも、少しずつ少しずつ、自分が加わってゆく。

彼女の世界に踏み込んでゆく。

現れた少しだけ薄くなった痕を指先で撫で、蕩けた幸せにふは、と微笑った。




〈 君の世界の入り方 君と僕の戦い方 〉




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