君の世界の入り方 4
翌朝、フローリングの上に敷いた布団の中で眼を覚ました。すぐに起き上がりベッドの上を覗き込む。まるっと胎児のように丸まった彼女がこちらを向いて眠っていた。……まだぐっすりと眠っていることにほっとし、カーテン越しに青く染まる仄明るい空気の中、彼女をじっと見下ろした。
鼻の下まで布団を被っていて、顔は半分くらいしか出ていない。寝方がそのまま子供のそれで、格好も表情も子供っぽくなる。小さい時もこんな風に眠っていたのかなと思うと胸の奥がやわらいだ。
パーカーの袖口が布団から覗いていた。その袖口から、ほんの少し、第一関節くらい僅かに指先が覗いていた。何となくそのちょこんと顔を覗かせた指先に小指をそっと絡めた。指と指が触れ、薄い体温を仄かに伝え合う。……五秒ほどそのままでいると、その微かなあたたかさが気に入ったのか彼女がぴくんとほんの僅かに指を曲げた。絡めた小指を引き寄せるように、「これは自分のなの」とでも言いたげに。……とても小さくてかわいい生き物が自分だけに懐いてくれたような感覚に陥って、込み上げた熱を逃がすため天を仰いで深く息を吐いた。寝ている時もこのひとは駄目だ。いろんな意味で駄目だ。
何とかいろいろとやり過ごしそっと絡めた指を解くと、「んん」と小さく声を漏らした彼女がぼんやりと眼を開けた。寝起きの瞬間でも深い色合いに奥で輝く眼はいつもと同じで、その黒目がちな眼が一度ゆっくりと瞬きする。
「おはよう、みーさん」
「……おはよお……」
すぐそばに手があることが不思議だったのか彼女はまだ眠気が覚めないまま不思議そうな顔をした。
「て……どうしたの?」
「ん、みーさんの指の破壊力が凄まじくてちょっとね」
「……私のゆび、そんなに力あった?」
あったよ。
あるんだよ。
きちんと服を着てから下りてくることを約束させてから先に階下へ下りた。すっかり明るく染まったリビングにカーテンを開けさらに光を取り入れる。冷蔵庫からいくつか見繕い取り出したところですっと滑る音がして襖が開いた。
「……」
「ーーー」
睥睨して。視線を手元に落とす。
僅かに寝癖を付けた橘が、頭を少し掻きながら起床していた。
「……御影先輩は?」
「……」
答えず、フライパンにベーコンと卵をするりと割り落とす。卵は三つ。全部少し半熟が残るくらいの七割熟。彼女が好きな焼き加減。
「ーーーおはよう、橘くん」
軽い足音と共に彼女が下りて来た。振り返ると橘がうれしそうな顔で彼女を見ていた。当初の予定通り彼女は出かけるので外出用の格好。やわらかい色合いの白いフレアロングスカートにブラウス。吉野と会うんだよと、だいぶ前からうれしそうに言っていた。
「おはようございます、御影先輩。本当、泊めてくれてありがとうございます」
「いいえ」
「今日、先輩出かけるんですか?」
「うん。先約があって」
「そうですか……」
残念そうな色を隠さないそれに苛っとする。急に押しかけてそれはない。
「あのな、手前、」
「ともり」
やんわりと彼女が口を挟んだ。
「橘くん、だよ。ね?」
「……」
むすっとしたが否定もせず、焼いたパンを皿に乗せた。ベーコンエッグとトーストとサラダ。スープの素でコンスープ。三人分用意したのは受け入れたわけではなく大きく存在を無視して逆にその存在を大きくしたくなかっただけなった。
「いただきます」
「めしあがれ。いただきます」
「……いただきます」
奇妙な食事が、はじまった。




