君の世界の入り方 2
「ーーーで、なに、あれ。みーさんの後輩なの」
「うん。二個下の子で今四年生ーーーともり、自分で出来るよ」
「いいから。……で、その後輩がみーさんに何の用なの?」
「ん、んん、くすぐったい。くすぐったいともりくするったい」
「いい子だから大人しくして。ほら、左足も」
浴室の椅子に彼女を座らせて片足ずつ足の裏を洗っていく。部屋着のショートパンツ姿だったので裾を捲る必要はなく、すらりとした脹脛に触れて足を軽く持ち上げた。……脚を出したまま訪問者に対応しては駄目だとあとで教育しよう。
足の裏を洗われてふわふわ騒ぐ彼女は、バランスを崩すことが怖かったのか手をのばしてこちらの肩に掴まった。細い指がシャツを掴み、必死にしがみ付いて来る。素直に役得だなとよろこぶことにしてゆっくり丁寧に洗った。
「で、何の用なの?」
「ん……うーん……」
「な、ん、の、用なの?」
「ふあっ」
シャワーを止めスタンドにかけタオルで足を包む。片手でそうしてもう片方の手で脚をなぞった。綺麗でなめらかな脚を。あれがこの脚線を見たのかと思うと腸が煮えくり返ってくる。
「か……かのじょ、に、」
「彼女になってくれって? 俺に止める権利はないけどあんな無理矢理力付くで奪って来る下種にみーさんは絶対にやらない」
「ちが、ちがう、かのじょ、いたんだけど……」
「いたんだけど?」
「……浮気、されちゃったみたいで……」
「ふうん」
「……ともりおこってる?」
「腸煮えくり返ってる」
「ご、ごめ……」
「みーさんにじゃなくて。……まあ、それでみーさん頼りにしに来たのはわかった」
他に相手いるだろうとかそういうのは本人に直接だ。
両足とも吹き終わり、再び彼女を抱き上げた。脱衣所に下ろし、彼女がしっかりと立ったのを確認する。
「とりあえず着替えて来て。外出用に」
「え、外でるの?」
「出るよ。近くのファミレスに行く」
「落ち着いてはなせるかな?」
「話させる。……長袖のシャツにジーンズににしてね。あとPC用の眼鏡もかけてきて」
「? うん」
わかった、と小首を傾げながらも彼女はうなずいた。
言われた通り長袖のカジュアルな白シャツにジーンズに眼鏡をかけて二階から降りて来た彼女を階段下で出迎えてその胸元に手をのばした。シャツの一番上まできっちりとボタンをとめる。
「え。なんで?」
「何でも」
「第一ボタンは外しちゃ駄目?」
「第一ボタンも外しちゃ駄目」
「そ、そうなの」
いつも通り流された彼女の髪を目立たないようにヘアゴムで纏めた。するりと髪に触れると少しくすぐったそうに肩をすくめる。
「ともり?」
「ん、これでまだまし」
「私、人前に出れないレベルで今酷い?」
「そういうのじゃないんだけどね」
最後に自分のパーカーを着せた。華奢で小柄な彼女が着ると当然ながらもだぶだぶで、指先がほんの少ししか出ない袖口を眼をぱちくりさせて見下ろす彼女の小さな頭にフードを被せた。身体のラインをわかりにくくするためチャックも途中まで閉じる。
「……ともり?」
きょとんとした黒目がちな眼がフードの下からまっすぐに見上げてきた。これはこれで別の意味で破壊力がある。どうしたものかと悩んだが結局解決策は見付からず、小首を傾げた彼女の頭をフード越しにやさしく撫でた。おいで、と、ほんの少しだけ覗く指先を握ってリビングへと誘う。
がちゃりとドアを開けるとダイニングの椅子に座っていたそれがぱっと顔を上げた。
「御影せんっ、ぱい……」
うれしそうに勢いよく彼女を呼ぼうとしたが、現れた彼女の格好を見てその声は下がった。深い深い海の底の光を内包したような彼女だけの眼はほぼ無色のレンズ越しでもまったく翳りを見せなかったが、「何も通さず見させない」というこちらの意思をまっすぐに伝えていたし、フードに隠したふわりと色を変える艶やかな髪も「お前には見せない」と現れていて、身体のラインを隠し露出の一切ない格好も、明らかに男物だとわかるパーカーも、その華奢な手を握る自分も、その全てが「それ」を拒絶させている。零度どころか温度を含ませずそれを見ると、怯んだように目を逸らされた。彼女が選んだ格好ではないということはわかっているだろう。が、こちらが指示したのであろう格好を言われるがまま纏う彼女の姿にわかる意味もあるはずだ。
「外出るぞ。話があるならファミレスで聞く」
「え……」
「さっさと出ろ」
「ちょ……ちょっと待ってくれよ、ここで聞いてくれっ」
「絶対に聞かない」
「ーーーっ、御影先輩! お願いです、しばらくここに置いてください!」
がばりと頭を下げたそれの頭を思い切り踏み付けたくなった。彼女と手を繋いでいなければ本当にそうしていたかもしれない。




